久しぶりの我が家は真冬
「寒っ!? って、ここはうちの敷地じゃ……」
獣王国から転移した一行の前には見慣れた屋敷と新築の屋敷に畑や薬草畑が広がり、どう見ても錬金工房『草原の若葉』の敷地内である。結界のおかげで雪は降っていないが所々から溶けた雪が水に変わり水滴が滴り、それ以上に真夏から真冬への転移に着ている服が薄着という事もあり肌寒さに凍え蹲る第三皇女キョルシー。それを優しく抱き締めると女帝カリフェルは自身のアイテムボックスから毛布を取り出し自身とキョルシーを包み込む。
「ほら、早く中へ入ろう。ここじゃ凍えちゃうぜ~」
白い息を吐きながら屋敷へと向かい玄関のドアを開けると、中から声が聞こえメイド服姿のメリリが音もなく現れる。
「これはお帰りなさいませ! 随分と薄着なのですね……早く中へお入り下さい」
温かな部屋の中に入りホッとする一行。クロはすぐに上着を着ると温かいお茶を入れに動き始める。
「クロさま、予定よりも遅い気がしますが、ビスチェさまとアイリーンさまのお姿が見えませんが……」
キッチンへ向かったクロは同じくお茶の準備をするメリリに話し掛けられ、お茶を入れながら状況を説明する。
「それはそれは、色々と大変だったのですね……南国の島で幽霊船にサキュバニア帝国と獣王国へ行く事になるとは……エルフェリーンさまの転移魔法がなければ数日で行き来できる移動距離ではないですね……」
「獣王国へ行った事があるのですか?」
「はい、冒険者見習いぐらいの時に誘拐されまして~その時に助けて頂いたのが獣王国の暗部と呼ばれる暗殺集団ですね~あの頃は怖いもの知らずで色々な方に迷惑を掛けましたよ~」
何やら壮大な人生を経験しているなと思うクロは温かいココアを人数分作り終えリビングへ向かう。
「私も手伝います」
テーブルにココアを置くと執事服姿のメルフェルンが配り、クロは散らかっているリビングに気が付き脱ぎっぱなしの服や空き缶や瓶にお菓子の袋らをアイテボックスへ入れ、普段から用意しているおしぼりでテーブルを拭き、お茶菓子に昔よくお土産で貰った温泉饅頭を魔力創造すると封を開き皆に勧める。
「泥水の様な色だけど……あら、美味しいわね」
「チョコに似た味! クロのチョコに似た味!」
「ふぅ……とても暖かくて甘いですね。クロさんのココアは美味しいです」
「このココアにはウイスキーを入れても合いそうだぜ~どうかな?」
外が寒かったこともありココアを選び作った事は正解だろう。ただ、エルフェリーンがココアにウイスキーを入れたいという発想と、それを見習いブランデーを入れたらどうかしらという視線を向ける女帝カリフェルに困った顔をするクロ。
「ビスチェとアイリーンにキャロットと白亜も回収しないとですよ。それにキョルシーちゃんとカリフェルさまを帰さないと国際問題とかに、」
「ならないわね。それよりもブランデーを入れて欲しいわ」
「これを食べてもいいですか?」
封を開けたお饅頭を掲げるキョルシーにクロは「どうぞ」と言いながら、こっそりウイスキーを入れようとするエルフェリーンに手を重ねる。
「どうしたのか?」
「いえいえ師匠。ココアはいつでも飲めますから、それよりも仲間の回収を……ん?」
「何やら騒がしいと思ったら帰って来たのですね! お帰りなさい!」
元気よく挨拶をするルビーはホカホカ状態で白い湯気を上げており朝からお風呂に入っていたのだろう。まだ乾いていない髪は濡れているが、微笑みながら皆からただいまの声を受ける。
「ほら、もっとよく髪を拭けよ。それよりもルビーもココアを飲むか? 風呂上りなら冷たい方がいいか?」
「はい、冷たい方でお願いします……あれ? ここに私の服が……」
「ああ、それならお客様もいるからアイテムボックスに入れたぞ。飲みっ放しの缶や瓶にゴミも回収したからな」
「う、すみません……それは昨日来ていたやつで……」
やや気まずそうに答えるルビーにクロは家に帰って来たなぁと実感し、ルビーのアイスココアを作りに動き出す。
「何だか落ち着きますね」
「もうここが家と思えますね」
「あら、あなた達の家は私のお城だから忘れないでね。キョルシーだって寂しがるわよ」
「もぐもぐ、クロのくれたこれも美味しい!」
「お饅頭だね。これは僕も好きだよ。外側がフワフワでずっしりとした黒い豆を甘く煮たあんこを入れているんだ」
「へぇ~これは甘すぎるわね」
「うん? 確かにココアとは合わないね……チョコやクッキーの方が合うかな~」
そう感想を漏らしながらこっそりとウイスキーの瓶をアイテムボックスから取り出しココアに入れるエルフェリーン。目を見開きそれを確認した女帝カリフェルは同じくアイテムボックスからブランデーを取り出しココアに入れ、それを目を見開き目撃者となったルビーはクロが作っているアイスココアにウイスキーを入れようと心に誓う。
「確かにお饅頭には紅茶が合いそうですね」
「私は悪くないと思いますが……緑茶も合うかもしれませんね~うふふ、こうやって皆様が帰って来るとなんだか嬉しいです」
先に席に付いたメリリがココアを飲みお饅頭を口にする。
「僕もだぜ~明日はビスチェたちを迎えに行って海のダンジョンに入ろうか。また幽霊船が来ることもないと思うし、カリフェルもダンジョンに入りたいのだろ?」
「ええ、たまには実践で体を動かさないと感覚が鈍るわ。ダンジョンは緊張感があって常にまわりと仲間に気を配り動くから感覚を鍛えるのには丁度いいもの。キョルシーはクロの傍にいると約束できるなら連れて行くけど」
「はい! クロと一緒! クロにくっつく!」
両手を上げて笑顔を向けその可愛らしさに抱き締める女帝カリフェル。シャロンも微笑ましい光景を見つめ目じりに皺が寄り、メルフェルンも尊い存在である自国の幼い皇女の喜ぶ姿に微笑みを浮かべる。
「ルビーできたぞ~ん? ブランデーの匂い……」
仄かにリビングに香るお酒の匂いに顔を逸らすエルフェリーンと女帝カリフェル。ルビーも何故か顔を背け、犯人が特定できたクロはルビーの前にアイスココアを置くと顔を背けるエルフェリーンと視線を合わせる。
「な、何かな? 僕はブランデーを入れてなんかないぜ~」
「ウイスキーは入れましたよね?」
「あむあむ、あむあむ、あむあむ……」
クロの質問に答えたくないのかお饅頭を口に入れるエルフェリーン。カリフェルもお饅頭を半分に割りキョルシーと分け合い口に入れる。
「はぁ……これじゃビスチェたちを迎えに行けませんね……そうなると、今日はゆっくりしながら……畑の水やりは大丈夫だろうし、妖精さんたちにお土産……特に買い物をしていない……ああ、エルファーレさまたちから頂いた魚や貝を使った料理を出せばいいかな」
「それなら僕も手伝います! クロさんは料理をして僕が切り分けますね」
「はーい、私もお手伝いしたいです! 妖精さんに会ってみたいです!」
「妖精たちは悪戯が好きなの、キョルシーは悪戯されても泣かないかな?」
カリフェルが母親として娘に接する姿にエルフェリーンが笑い頬を膨らませる女帝カリフェル。
「笑ってごめんよ~でもでも、あのカリフェルがちゃんとお母さんをしている事が僕は嬉しいんだぜ~」
「あのって何ですか……私だって女帝と呼ばれていますが母親です。ねぇキョルシー」
「はい、お母さまはお母さま!」
「うふふ、何だか少しだけ羨ましいですね~」
「はい……親子愛をこうして見られるのは羨ましく思います……」
メリリが微笑み、ルビーは両親を亡くしている事もありその光景が眩しく見え、こっそりとウイスキーをアイスココアに注ぎ入れる。
「感動的な事を言いながらウイスキーを入れるのはどうかと思うぞ……」
クロの指摘を耳に入れながらもウイスキーの香りを楽しむルビーなのであった。
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