天界帰りと獣王家
「私、昨晩の事は一生忘れません!」
そう言いながらクロの手を握り締める第二王女ルスティール。
「私は早く忘れてくれると嬉しいがな……」
そう言いながら青い顔をする第一王子ルイジアナとコクコクと無言で何度か頭を下げるシスター。
「僕はあまり覚えていませんがチョコが美味しかったよ」
「うんうん、チョコのクロ! チョコのクロ!」
第三王子ルージスと第三皇女キョルシーはクロを左右から挟み込みキャッキャと笑顔を浮かべる。
「私たちも……その、忘れて頂けると……」
「酒の席とはいえ、あのように泥酔するなど……メイドとして……うぷっ」
付いて行ったメイドたちも二日酔いなのか顔を青くし、更には胃から逆流したのか手で押さえてその場を慌てて立ち去るメイドの片割れ。
城の教会へと帰還した一行はやや飲み過ぎた者たちと、調子に乗り飲み過ぎた者たちと、その飲み過ぎた物を介抱するクロと、寝起きの無邪気な子供たちに分かれている。
「あの、よかったらこの状態異常ポーションを飲んで下さい。二日酔いには良く効くと思いますから」
「状態異常ポーションを飲み過ぎに使うのはどうかと思うが……すまない、助かる」
「まったくです。強いお酒ばかり飲むからそうなるのです。メイドたちやシスターまで飲み過ぎて天界で嘔吐するなど……」
「も、申し訳……うぷっ」
シスターが口を押え走り、もう一人のメイドは状態異常ポーションを三本手に取るとシスターを追いそそくさとこの場を去る。
「メイドさんやシスターさんも慣れない場所で飲んで気が動転していたのでしょう」
「まったくだな……ふぅ、緊張のあまり酒を飲むことで自分を騙していたのかもしれんな」
状態異常ポーションを飲み終えた第一王子ルイジアナの顔色が戻り始める。
「はぁ……私はクロさまにどれほどの恩や貸しができたのか……サキュバニア帝国との国交や天界で神々と酒を交わし、その後始末さえ……本当に迷惑を掛け申し訳ありません」
「いえいえ、それよりも、もう遅い時間ですから二人を寝かせないと……」
左右に抱き着いている幼い王子と皇女の頭を撫でながらクロが提案すると手を合わせる第二王女ルスティール。
「ふわぁ~眠くないです……」
「うん……眠くない……です……」
宴会は二時間ほどで終わったのだが、子供特有の知らない人が多くいる環境と食事会というお出かけでテンションを上げ続け今にも体力が尽きそうな状態であり、クロの腰にしがみ付きながらうつらうつらし始めている。
「そうですわね。誰か人を呼びましょう」
そそくさと部屋を出てメイドを探しに出る第二王女ルスティール。
「クロ殿……今日は本当に貴重な体験をさせて頂いた……」
眠りに落ちた第三王子ルージスを抱き上げお礼を口にする第一王子ルイジアナ。クロも第三皇女キョルシーを抱き上げる。
「一緒に行って解ったと思いますが、自分は使徒という立派な存在ではなく神々に自分置いた世界の食事をスキルで作り上げ奉納しているだけです。異世界の食事という珍しい物を創造できるだけですから使徒であると勘違いしないで下さい」
「う、うん? そうか? だが、クロ殿がそういうのならそうなのだろう……美味な酒に手軽に食べられる菓子や料理の神が再現した和食……どれも美味かった……感謝しているのは本心だからな」
「はい、その感謝は受け取ります。来たようですね」
足を音が近づき数名のメイドを連れた第二王女ルスティールが戻り第三皇女キョルシーを受け取るメイド。第三王子ルージスも受け取りメイドたちが去ると、クロも頭を下げて廊下へと足を進める。
「メイドさんやシスターさんには悪い事しちゃったかな……いや、それでも後半は神さまたちと楽しそうにお酒を飲んでいたしな……」
小さく呟きながら足を進め宿泊予定の部屋へと戻ったクロはベッドに体を預けるのだった。
「では、気を付けるのだぞ」
「クロさま、エルフェリーンさま、カリフェル閣下、本当にありがとうございました」
一夜が明け朝食を終えた一行が中庭で獣王国の王族たちがお礼を受けていると、メイドたちは深く頭を下げていた。その手にはクロが手渡したチョコやプリンといった甘味があり多くの尻尾が激しく揺れている。
「メイドたちにまですまないな……」
「いえ、よくして頂きましたし、天界へ行った後は魔力が普段よりも多く感じて……殿下の気に入っていた日本酒とブランデーも部屋に置いてきましたので飲んで下さいね」
「うむ、今日からは二日酔いを気にして飲むとしよう」
「天界で飲み過ぎたのですからお酒の飲み方を学ぶべきですわね」
第二王女ルスティールから厳しい指摘が飛び苦笑いする第一王子ルイジアナ。
「クロ! チョコありがと!」
「はい、美味しいからと言って一度に多く食べてはいけませんからね。一日に三つまでですよ」
「うん、キョルちゃんもまたね!」
「うんうん! ルージルもまた遊ぼうね!」
幼い二人は互いに手を振り合い笑顔で別れを惜しむ姿に、互いの母親同士は微笑みながら頷き合う。もしかしたらこの二人が将来の国交を担い王家として婚約するのかもしれない。
「では、転移するぜ~」
エルフェリーンが天魔の杖を掲げゲートを開くと手を振りながらシャロンとメルフェルンが入り、女帝カリフェルと抱き上げられた第三皇女キョルシーの姿が消え、最後にクロが入り閉じる門。
「うむ、サキュバニア帝国との国交が結ばれたのは良かったが、まさかお前たちが天界へ迎えられるとはな……」
「私も行ってみたかったわ……」
国王と王妃からそう声を掛けられ後頭部を掻く第一王子ルイジアナ。第二王女ルスティールは神々と対峙し思っていた存在とは違う事を知り、ひとり思い出し笑いをする。
「神さま凄かったよ! いっぱいいたよ! 料理も作ってくれたよ!」
王妃に抱き着きテンションを上げて話す第三王子ルージス。その頭を優しく撫でながら天界へ行ったメイドとシスターに視線を向けると恐縮しているのか身を小さくする。
「次にクロ殿が来た時は我も天界へ行けるといいが……」
「その時は誘って下さいね。あなた達もよ」
天界へ行けなかった事が悔しかったのか息子と娘を見つめる国王と王妃。
「もちろんです。あれだけの神々に会えることは命が尽きてもあるかどうか……この体験は一生の宝です」
「転移魔法もそうですが天界へと足を踏み入れ、多くの貴重な体験をさせて頂きました。この経験を生かせるかどうかは解りませんが、胸に刻みたいと思います」
「僕も忘れないよ! キョルちゃんと仲良くなれたもん!」
お金に換えられない体験をした王子たちに優しく微笑む国王と王妃は見送りを終え城へと戻るのであった。
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