謁見と真っ赤なシャロン
クロさんは見てくれているかな……
ドレスに着替え男装のメルフェルンに手を引かれながら謁見の間に現れたシャロン。他にも第一王女から第四王女までが勢揃いし来賓である第二王女ルスティールへと頭を下げる。
「とても……お美しいです……」
ぽつりと呟いた第二王女ルスティールは謁見の間に据えられた玉座に座る女帝カリフェルよりもドレスに着替え化粧を施されたシャロンを瞳で捉え息を漏らす。
これがサキュバス……
女帝カリフェルの遺伝子を継ぐ三姉妹はとても美しく、その中でも男として生を享けたシャロンは取り分け美を受け継いでいた。サキュバスの中で極稀に生を享けるインキュバスは美というものに特化している。それは大輪のバラの中でも特に目立ち庇護欲を高ぶらせ強い雌を引き付けるためだと言われている。
そして、一時的ではあるがそのインキュバスがサキュバスへと変わった事で三姉妹が嫉妬するほどの美しさを………………
「シャロンさまが……」
「インキュバスであるシャロンさまが……」
「これ以上の美が存在するはずがない……」
「なんと美しいのだ……」
静まり返った謁見の間から漏れる賛美の言葉に顔を歪めるメルフェルン。どれもシャロンへと向けられた言葉だと理解しておりメルフェルンにとっても誇らしいはずなのに不思議と嫌悪感が湧いていた。
シャロンさまが美しいのは当たり前なのに……何を今更……
メルフェルンは会場を見渡し同類であるサキュバスの貴族や数少ない他種族の者たちへ冷めた視線を向けつつ危険人物がいないか注意を向ける。中にはインキュバスと変わり視線が合うと色目を向けて来るサキュバスの貴族もいるが、一切興味がないとばかりに無表情で視線を走らせる。
怪しい動きはないようですが……どうしてクロさまはシャロンさまを見ないで荷物を下ろし続けているのでしょうかっ!! これほど美しい若いサキュバスは他にいるはずもないのに、クロさまがシャロンさまを見なければシャロンさまが覚悟した気持ちもっ! くっ!? 何で私がこんなにも悔しい思いを……
鋭い視線でアイテムボックスから木箱を下ろし積み上げるクロへと殺気の籠った視線を送るメルフェルンに、一部のサキュバスや獣人たちの女性が心を踊らせたのは仕方のない事だろう。
「シャロンお兄ちゃんが一番きれいです!」
「そんなのは当たり前じゃない! まさか旅をして性別を変えて戻って来るとは思わなかったけど、お姉ちゃんは嬉しいわ! もうアレルギーの事を気にしなくてもいいのよね!」
第三皇女のキョルシーは兄に大きな胸が付いたことよりも再開できた事が嬉しいらしく微笑みを絶やさず、第二皇女キュアーゼは性別が変わり戻って来た弟が可愛いらしく前向きに話を進める。
「彼方たち、もう少しだけ声を抑えなさい。シャロンが可愛いのは世界の法則に則った事なのよ……それよりも、今は国交を結ぶことになるだろう何とか王女殿下の顔を覚えなさい」
マイペースに二人を叱責する第一皇女キャスリーンはそう口にしながらも、紫のスーツを着るメルフェルンを視界に入れながら目の保養になると笑みを浮かべる。
「はぁ……この子たちはまったく……私が若ければ……おっふぉん! 第二王女ルスティールさん、多くの交易品を間近で見てもいいかしら?」
咳払いをして場を整える女帝カリフェルからの言葉に我に返った第二王女ルスティールは静かに頷くと、真っ先に動いたのはメルフェルンであった。本来ならシャロンをエスコートする役目とそれに伴う護衛のはずであったが、シャロンから離れ拳を握り締め歩みを進めるメルフェルンは急ぐように歩き最後の荷物を積み上げたクロの前に立つ。
「クロさま……それもお仕事かもしれませんが少しはシャロンさまを見て下さいませんか?」
メルフェルンからの予想外の言葉に目を丸めるクロ。
「シャロンを?」
「はい……あまり大きな声では言えませんが、シャロンさまはむぅーむぅーむぅー」
メルフェルンを追って来たシャロンに後ろから口を押えられ慌てる姿に思わず吹き出すクロ。真っ赤な顔のシャロンは潤んだ瞳でメルフェルンの口を押え続け、何とか払いのける。
「ぷはっ!? シャロンさま!? えっ、何で!」
「メルフェルン、ダメ! ダメだからね! 今話そうとしていた事は言わないで! 絶対! 絶対だよ!」
真っ赤な顔でメルフェルンに詰め寄るシャロンの迫力にメルフェルンはコクコクと頷きながら息を整える。
「だ、そうだ。わかったな!」
振り向きビシッとメルフェルンから指差されたクロはどうしろと思いながらも、後ろから顔を赤くしてクロを見つめるシャロンの姿に一瞬見惚れるも頭を横に振る。
「あのあの、クロ? チョコのクロ?」
クロの袖を引っ張り下から聞こえた声に視線を下げると、先ほどまで謁見のステージで笑顔を向けていた第三皇女キョルシーの姿がありクロは膝を折り口を開く。
「初めましてチョコのクロです。ではチョコをどうぞ」
アイテムボックスから取り出した個包装された小さなチョコを手渡すと第三皇女キョルシーは「わーい!」と子供らしいリアクションを取り心配するメイドと近衛兵が睨みを利かせるがシャロンが手で静止させ口に入る小さなチョコ。
「ふふふ、おいしいです!」
笑顔の幼女にクロも微笑みを浮かべ、近くにいたシャロンやメルフェルンも笑顔を浮かべるが、ひとりジト目を向ける第二皇女のキュアーゼ。
「やっぱりあんたが……」
小さな声を漏らし殺気の籠った瞳を向ける第二皇女キュアーゼ。その後ろでは絨毯を広げデザインや触り心地を確かめる第一皇女と女王陛下。
「えっと、これで以上かな。ですよね?」
「はい、確かにこの壺を入れた箱で終わりです。この度は本当に助かりました」
「いえいえ、困った時はお互い様ですから」
「お互い様というよりも頼りっきりにゃ~本当に感謝するのにゃ~」
「それならお礼は提案した師匠に言って下さい。ああ、あと商船はどこに出しましょうか。船の修理をどこでするとかはまだ聞いていませんがサキュバニア帝国で直すのですか?」
「それにゃ~それが一番の問題にゃのにゃ~オークの国で直せればと思っているのにゃ~」
自慢の髭を指先で弄りながら口を開く船長のニャロンブース。
「では、商船は入れたままという事ですね」
「頼むのにゃ~船を直さにゃければ獣王国にも帰れにゃいのにゃ~」
「ん? ここまではエルフェリーンさまの転移で来たのでしょう? なら、転移でまた帰ればいいじゃない」
広げた絨毯の美しい柄を確かめながら口にする女帝カリフェル。その横で同じく絨毯の柄をキラキラした瞳を向けるエルフェリーンは「別に送れるぜ~」と声に出す。
「なら、そうしましょうか。そうなると、ここでの交渉が終わったらエルファーレさんの島に立ち寄ってから獣王国ですね……その前に一度戻ってルビーとメリリさんが無事か確認して、ああ、バブリーンさんとの宴会もあったな……」
これからの予定を立てるクロに女帝カリフェルの耳がピクピクと動き視線をクロへと向け微笑む。
「あら、あらあら、それなら早く国交を結んで文章ないとね! 宰相とキャスで話し合い契約書を作りなさい。最後に私が確認するから気を抜いた仕事をしない事ね!」
何やらご機嫌に仕事を第一皇女のキャスリーンと宰相に押し付ける女帝カリフェル。第二王女ルスティールは「宜しくお願いします」と両名に頭を下げ互いに手を握り合う。
「あの、それってやっぱり……」
「うふふ、一緒に騒いで盛り上がりましょうね!」
どうやらバブリーンを持て成す宴会に笑顔で参加を希望する女帝カリフェルなのであった。
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