宴会の終わりに
「あの、バブリーンさんを起こした方がいいですかね?」
夜空の下で宴会と化していた広場では空いた皿や火の後始末などが行われており、その間も眠り続けるバブリーンの姿にクロが酒に酔い顔を赤くするエルファーレに問いかける。
「うん? そのまま寝かせておけばいいよ~水龍は強い存在だからね~」
「古龍種の白夜も同じで、どんなにだらしない姿をしていても近づく者はいないからね~襲われるのは子供のうちだけさ」
「いやいや、師匠。どう見ても子供……」
「それは人化しているからさ。バブバブが水龍の姿になれば無駄に大きいし、ドラゴニュートのお嬢ちゃんが獲ってきた魚よりも遥かに大きいからね~」
その言葉に顔を引き攣らせるクロ。キャロットが獲ってきたサメは頭から尻尾まで五メートルは軽く超えていたのだ。それよりも遥かに大きいと聞くと昼間見た大きな顔は首までしか出ていなかったのだろうと推測できる。
「そ、そんなに大きいのですか?」
「ああ、水龍だからね。蛇のように長い胴体を持ち、手と足はあるけど身をくねらせて泳ぐ姿は美しいぜ~背ビレに光が当たると七色に輝き、虹よりも美しく輝くんだよ!」
酒で顔を赤くしながらも嬉しそうに話すエルファーレに、クロは親友なのだろうと思い信頼関係があるのだろうと推測する。
「古龍種の水龍の背ビレは不思議な構造をしているからね~ドレスを作ると夜会に引っ張りだこになるぜ~僕は夜会とか参加したくないけど自慢げに着ていた王妃がいたっけ。もう昔過ぎて忘れたけどさ」
エルフェリーンが物を忘れるのは日常的な事なのでいつかは解らないが、昔と付ける辺り相当昔の事なのだろうとクロは思う。
「それは夜の虹と称された吸血の王妃のお話ですか?」
皿を片付けていたメルフェルンが目を輝かせ口にすると、エルフェリーンは腕を組み考え込む姿をしながら口を開く。
「そうかもしれないね~白い髪に赤い目が印象的だった気がしたし、夜会の虹と呼ばれていたかな? あはははは、忘れちゃったよ~吸血息の事なら今度ラルフに聞けばわかるかもね~」
笑って誤魔化すエルフェリーンにメルフェルンは少し残念そうな表情を浮かべるも、皿の片づけに戻り褐色エルフの女性たちからキラキラとした瞳を向けられている。
「メルフェルンさんがモテていますね~」
その言葉は背後から聞こえ、振り向くと楽しそうに笑いワインを傾けるシャロンとビスチェの姿があった。二人とも自分のペースでお酒を飲み、まわりを観察しながら互いに言葉を交わしている。
「そろそろお開きにするからな~」
「そうね~うふふ、今日のお酒は何だか美味しいわ~」
「はい、僕も美味しいです。あんなに怖そうな顔をした魚が美味しかったのはビックリしました。ふっくらとした身がとてもサッパリ頂けて……明日は帝国に里帰りですが、僕だとみんなに解ってもらえるかな。ふふ、楽しみです」
性別が男から女へと一時的に変化しているシャロンは悪戯っ子のような笑みを浮かべるが、その表情は妖艶さがあり心音が高くなるクロ。
≪まるで悪女ですね……≫
浮かぶ文字にコクリと反応するとシャロンは手を前に出し高速で振り、それとリンクするように顔を横に振る。
「悪女だなんて酷いですよ。僕は一時的に女の体に変わっているだけで立派な男ですから………………」
「そうよ! 悪女っていうのは私のママみたいに拳ひとつで暴れまわるエルフをいうのよ! 森の賢者と呼ばれるエルフがどれだけ無法者と勘違いされているか……あれが悪女よ!」
ビスチェの言葉にキュロットがイナゴを殴る姿を思い出すクロ。硬い外殻に覆われているイナゴを素手で殴る姿はある種の美しさがあったが、ビスチェのように精霊や魔術を使って優雅に戦う姿の方がエルフらしいと思えるとクロは思う。
「眠いのだ……」
「キュウキュウ……ふわぁ~~~~~」
お腹がいっぱいになり大きな欠伸をする白亜を抱き締め立ち上がったキャロットはそれだけ言うと宿泊している神殿へと足を進め、数名の褐色エルフが後を追いフォローに動き出す。本来であればクロが動くのだが給仕を担当する褐色エルフたちは飲食をしながらも色々とフォローし動いてくれている。
「階段だけ気を付けるようにお願いします」
クロが声を送ると丁寧に立ち止まり頭を下げる褐色エルフの給仕たちはキャロットを追いかける。
「何だか申し訳ないよな……」
≪エルファーレさまが給仕担当に任命してくれたから安心してお酒が飲めますね。ビスチェさんやシャロンさんみたいな美人が酔い潰れていたら襲われる可能性もありますよ~≫
アイリーンがそう文字を浮かせるが本人は軽くワインを一杯だけ飲み、そこからはアジフライを満足のいくまで食べ料理を手伝っていた。過去に壮絶な生存競争を勝ち抜いていた事もあり、外での飲酒は本能的に控えているのかもしれない。
「アイリーンも気を付けろよな。って、何で飛び去るんだか……師匠は大丈夫ですか?」
糸を宙に引っ掛け逃げるように飛び去るアイリーンからエルフェリーンへ視線を向けると、二人は肩を寄せ合い寝息を立てていた。
「こう見ると本当にそっくりな姉妹だな……よし! 二人を運ぶか」
立ち上がりシールドを展開したクロは優しくエルフェリーンを持ち上げシールドに乗せ、エルファーレも同様にシールドに乗せる。
「クロさま、エルファーレさまをお送りして頂き感謝致します」
「いえいえ、どうせ師匠の送りもありますから」
褐色エルフからの言葉にクロが対応している姿をじっと見つめるシャロン。その横で白ワインを口にしていたビスチェもグラスを止めて竹やぶに消えて行くクロの姿を見つめる。
「エルフェリーンさまが少し羨ましいですね……」
「そ、そうね……移動が楽そうだわ」
「いえ、僕が言いたいのはそうではなくてですね……いえ、いいです……」
「私はクロのシールドに乗って運ばれたいわ! クロなら落とすような事はしないと思うし、あの階段を何段も上るのは面倒だわ!」
「ビスチェさんは素直でいいですね……」
その言葉に竹藪からシャロンへと視線を向けたビスチェはニヤリと口角を上げる。
「任せなさい! 私がクロにお願いしてあげるわね!」
頬を染めるビスチェの頼もしい言葉にお酒で赤くなった頬が更に赤みが差すシャロン。その様子を視界に入れながらも皿の片付けを進めるメルフェルンは奥歯を深く噛み絞める。
「な、何か作戦があるのですか?」
「え? ないわよ。普通にお願いすればいいのよ!」
その何の根拠もない自信に驚くシャロンは残っていたワインを流し込むと、戻って来るクロが視界に入りすぐさまビスチェに視線を向ける。
「大丈夫! 任せなさい!」
頼もしくもあり不安な気持ちをグッと抑え、クロが向かって来る足音を耳に入れ高鳴る心音。
「クロ! 抱っこ!」と言いながら両手を広げるビスチェ。
予想外の行動と言葉にあんぐりと口を開けるシャロン。
「は? 飲み過ぎたのか?」
一瞬だけ驚いた表情をしたクロだったがシールドを展開すると、ビスチェの手を引きシールドを器用に扱い座らせる。
「ほら、シャロンも来なさ……逃げたわ……」
ビスチェが声を掛けるとシャロンは両手で顔を抑えながら走り出し、呆気に取られるクロとビスチェ。
「急にどうしたんだ?」
「シャロンにはシャロンの事情があるんじゃない? トイレとか……」
色々と台無しにするビスチェだったがシールドに体を倒すと、「出発!」と声を出して指先を進行方向へと伸ばす。
「そうだな……」
シールドを押しながら歩き出すクロはシャロンが漏らしていないか心配しながら足を進めるのであった。
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