眠れぬ夜空
「やっぱりクロの作る料理がいいのだ!」
「キュウキュウ~」
「た、確かに美味しいわね……」
「うんうん、焼きおにぎりは大好きだぜ~この香ばしい醤油の香りが最高だよ!」
「まわりはカリカリとした硬さなのに、中身がフワフワとして美味しいです」
「こちらは味噌が塗ってありますし、こっちは醤油味よりもコクがあって甘みが、美味しいです!」
焼きおにぎりと魚の串焼きにワカメスープと、蒸した肉と野菜のドレッシング和えを料理したクロ。いつものメンバーにエルファーレを加え、夜空が浮かぶ屋上の見晴らしの良い場所で夕食を共にしていた。
「この米というものはカレーにも合うし、醤油や味噌とも相性がいいね。片手で持って食べられるのは便利でいいね。はふはふ……味も香りも申し分ないよ~」
焼きおにぎりを頬張り表情を崩すエルファーレに、クロもひとつを口にして満足気に頷く。
「クロさん、本当に美味しいのですが体はもう大丈夫なのですか?」
クロを見つめ話し掛けたのはシャロンであり、一時的に強い魔力を体に通したことにより女性へと姿を変えた姿にクロの心臓は跳ねあがる。
「あ、ああ、大丈夫だし、それよりもシャロンこそ大丈夫なのか?」
「はい、問題はないですね。それに一時的な事かもしれませんが、メルフェルン」
「はっ!」
魚の串焼きを食べていた執事姿のメルフェルンが立ち上がりシャロンへ近づくと、微笑みを浮かべたシャロンは息を整えるとメルフェルンの肩や頬に軽く触れる。
「どうですか! 女性恐怖症が発症しません!」
ドヤ顔で話すシャロンにクロは優しい目をしながらうんうんと頷く。が、クロは思う。男性を触って鼻血を出していたシャロンが女性へと変わり、メルフェルンが男性に変わっているのだから、外見が女性でも男性を触っているんだぞ。と……
「シャロンさま、やはり私が男性の姿をしているから触れるのだと思いますが……」
やや渋めの声でメルフェルンがそう口にするがシャロンは微笑みながら頭を優しく撫でる。
「それでも大きな一歩だと僕は思うよ……前に心配するメルフェルンが助け起こそうとして振り払った事があるだろ……あの時は本当に申し訳ないと思ったんだ……でも、今はこうして触れられるからね! これは大きな一歩だよ!」
そう言いながらメルフェルンに抱き着くシャロン。メルフェルンは目頭が熱くなりホロリと流れ落ちる涙。
ただ、若干腰が引けていた……
「はい、私も嬉しく思うのですが、その、あの、」
「ほらほら、そろそろシャロンは離れてやれって、食事中だぞ」
クロの言葉にシャロンは微笑みながら離れ焼きおにぎりに齧り付く。メルフェルンはゆっくりとその場に座るとクロへと視線を向け、いい所に邪魔をという感情と助けてくれたという感情が入り混じり、複雑そうな表情で焼きおにぎりを口にする。
≪いや~今後が楽しみですね~私は焼き肉のタレの焼きおにぎりが美味しいと思いますよ~≫
ニヤニヤとしながら文字を飛ばすアイリーンにクロは何とも言えない表情で目の前の文字を手で掴むと、網で焼いている焼きおにぎりの横に置き燃え上がる魔糸文字。
「くう~ん」
弱々しい鳴き声が聞こえて一同が振り向くと屋上への入り口から幼いフェンリル。両親フェンリルがこちらを向き軽く頭を下げるが、入ってはいけない場所だと認識しているのか向かって来る事はない。
「ほら、おいで。特別だからね~」
エルファーレが手招きすると幼いフェンリルは一直線に走り出し、両親フェンリルも尻尾を振りながら一直線に向かう。
≪わわわわわ、こっちなの!?≫
幼いフェンリルがエルファーレの横に座るアイリーンに突貫し油断していた事もありそのま真後ろに倒れ、両親フェンリルはクロの元へと向かい飛びつくことはなかったが背筋を伸ばしたお座りをしてへっへへっへとクロを見つめる。
(美味そう! 不思議肉! 匂い! 不思議肉! 美味そう!)
断片的に送られて来る念話に焼いている焼きおにぎりを皿に取り二匹の前に置き、アイテムボックスから取り出した缶入りのドックフードも開封し皿に乗せる。
「まだ熱いからな~」
「わふん!」
二匹が嬉しそうに尻尾を振りドックフードを口にし、焼きおにぎりを食べハフハフと熱い息を吐き出す。
(クロ先輩、こちらにもドックフードをプリーズです!)
「はいよ~って、白亜も欲しいのか?」
「キュウキュウ!」
裾を引っ張り声を上げる白亜。キャロットが立ち上がり腰に手を当てて口を開く。
「白亜さまも食べたいと言っているのだ! 私はいらないのだ!」
「はいよ~二匹で半分個しような~」
皿に移したドックフードを半分に分け片方をアイリーンに渡し、もう片方を白亜の前に置くと鳴き声を上げ口にする二匹。どちらも尻尾を振りながら口に入れ目を細める。
「ふふ、どちらも可愛いですね」
一心不乱にドックフードを食べる二匹を見つめるシャロンに、元男元男元男、すぐに男に戻るすぐに男に戻るすぐに男に戻ると心の中で繰り返すクロ。
そんな二人を見つめながら焼きおにぎりを口にしたビスチェは、あまり食が進まないのか焼きおにぎりを半分ほど食べると夜空を見上げる。
「はぁ……」
もうすぐ満月が近いのか少し欠けた月を見上げるビスチェ。時折、キラキラとした精霊の光が体のまわりを舞い、手を差し出すと光が集まっては消えてゆく。
「はぁ……クロに悪い事しちゃったな……」
風に消える呟きを耳に入れたものはおらず、ひとりため息を吐くビスチェは欠けている月を見つめるのだった。
深夜になりひとり眠れないクロは隣のベットで寝息を立てる男になったメルフェルンを起こさないように忍び足で部屋を出る。
まだ魔力が多くあるのかな……精霊が見えるな……あとで調味料と酒関係に飴を魔力創造するかな……
暗い廊下を泳ぐ魚や薄っすらと白く輝く蝶に似た精霊を横目に進み階段を上がる。
辿り着いた先は夕食をみんなで食べた屋上であり、二つの月が輝き満月以上の明るさもあってか足を進めて設置してある竹のベンチに腰を下ろす。
「やっぱり月が二つある事には慣れないな……星も少なく見えるよ……」
座りながら夜空を見上げたクロは星々の輝きと大空を泳ぐ鯨やそれを追う多くの魚に、精霊だと思われる漂う本や月の明かりを乱反射させるクリスタルに青く美しい鳥などを視界に入れ微笑む。
「地球よりも多くのものが飛んでいるから、空を見るのは飽きないな……」
「そう……」
クロの呟きに反応する声に仰け反っていた体制を戻すと、視界にはビスチェの姿が入り肩には風の精霊だろう鳥が羽を休めている。
「食欲もなかったし、眠れないのか?」
クロの言葉に一瞬目を見開くも顔を伏せるビスチェ。
「クロはみんなを見ているのね……」
「そりゃ、夕食時にずっと溜息を吐いていたからな……焼きおにぎりは好きだと思っていたが……ああ、気にすんなよ」
「はあぁぁぁ!? 気にするなですってっ! 運よく助かったけどクロが死ぬ可能性もあったのよ! それを気にするなって無理に決まって……」
荒げた声が次第に小さくなりその場に蹲るビスチェ。風の精霊が心配そうに頬を流れ落ちる涙を片翼で撫でる。
「でも、助かったしな……俺としては魔力回復ポーションを急いで用意してくれたのが嬉しかったぞ」
クロの言葉に顔を上げるビスチェ。
「それよりもだ。幽霊船に特攻させる方が遥かに嫌なんだが……風の精霊のコントロールは素晴らしい物があるけどな、こっちの意見も聞かずに風で飛ばされるのは恐怖しかないからな……」
「ぷふっ、何よそれ……もう慣れてるでしょ……」
吹き出すように笑うビスチェ。風の精霊はビスチェの頭に移り羽を大きく広げる。
「ビスチェが笑ったから風の精霊も嬉しそうだな」
「ふふ、そうね……精霊契約をすると喜びや悲しみを分け合うの……この子にはお世話になっているから悲しい思いはさせたくないわね……」
立ち上がり手を差し出すとそちらへ移り微笑むビスチェ。月明かりに輝く涙は幻想的な光へと変わり、他の精霊たちも集まると数百匹のホタルの光に囲まれているような優しい輝きがビスチェを包み込む。
ぐぅぅぅぅぅぅ……
その幻想さを打ち壊すお腹の音に頬を染めるビスチェ。クロは余った焼きおにぎりとスープをアイテムボックスから取り出すのであった。
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