目覚めと天界の三女神
「ん? 俺は………………………………ん?」
ベッドから身を起こしたクロは夕日が差し込む一室で記憶を辿る。
文官さんに鉛筆を出して……う~ん、いまいち思い出せないが……ん?
クロの視線に映ったのは椅子に腰かけながら眠るビスチェと、ベッドに腕を置き眠るシャロンの姿であった。
「ああ、魔力欠乏でダウンしたのか?」
「違うよ……クロはソーマと上級魔力回復ポーションを口にして魔力過剰になったんだ」
声の先にはエルフェリーンがおり微笑みを浮かべている。それは心底安心したのか優しい笑みであり夕日を浴びた表情に、クロは薄っすらとだが光に包まれていた事を思い出す。
「師匠が支えてくれていましたよね?」
「そうだぜ~クロは僕よりも大きいからね~大人モードで抱き締めてあげたんだぜ~それなのに気を失って、丸二日も寝ていたからね~お寝坊過ぎだぜ~」
「丸二日ですか……」
「ああ、鑑定で魔力が安定していると伝えたのにみんなは心配して白亜は泣き出すし、ビスチェは責任を感じて神に祈り出すし、シャロンとメルフェルンもずっと傍について離れないし、僕だってすっごく心配したぜ~」
「それはすみません……」
「いや、クロは悪くないし、ビスチェの行動も本来なら間違っていなかった。悪いのはソーマを飲んだ時にポーションを飲むと錬金反応が起きると注意しなかった僕だよ……」
そう口にすると、ポロポロと涙を流し始めるエルフェリーン。
「あのソーマは完璧に仕上げたソーマではなくて、クロに褒美として持たせ僕に届けさせようとした物なんだよ。簡単にいうなら錬金素材としては一流のソーマだね。
完璧に完成させたソーマなら錬金術に使うには一度分解し再構成させ劣化させる必要があるけど、貰ったソーマは初めから錬金に合うように劣化させていたんだよ。その結果、クロ自体が錬金釜として作用した……
注意していれば防げる事故だよ……」
話しながらクロから視線を外し俯くエルフェリーン。
「それでも今は生きていますから……ん? 精霊?」
視界の隅に映った宙を平泳ぎで進むカエルの形をした精霊の姿に微笑みを浮かべるクロ。
≪どこですか? 私にはまだよく見えませんが……≫
上から降ってきた文字に天井を見上げるクロは、糸が張り巡らされハンモックにうつ伏せ状態のアイリーンと視線を合わせる。
「そんな所で見張るなよ……」
≪クロ先輩の寝顔は可愛かったですよ~それにシャロンさんとビスチェさんがずっと付きっきりでしたね~愛されていますね~≫
上から降って来る文字に苦笑いを浮かべ寝息を立てる二人へと視線を向け、迷惑を掛けたと思いながら足元のふくらみに気が付くクロ。
「これって……やっぱり白亜か……」
薄い毛布を捲ると寝息を立てている白亜がおり、優しく体を撫でると眠りながらも尻尾を揺らす。
「何だが色んな人に迷惑を掛けたな……」
「迷惑ではなく心配だね。若干二人には迷惑を掛けているけどね~」
そう言いながら部屋へと入って来たエルファーレと執事服を着るキリッとしたインキュバス。手にはトレーを持ち冷たい果実水が乗っている。
「目覚められましたか……良かったです……」
執事服の男が涙に潤みながらも「果実水は如何ですか?」と声に出し「頂きます」と口にして受け取るクロは誰だろうと頭を巡らせながら口に含み飲み込む。
「あははは、やっぱり気が付かないか~彼はメルフェルンだよ~」
悪戯っぽく微笑みながら口にした言葉に目を見開くクロ。
「はっ? えっ!? ええええええっ!!!」
驚きの声を上げて目を見開くクロに、メルフェルンは涙を拭いながら微笑む。
「はい……魔力を過剰に体に通した副作用のようです……サキュバスは魔力を糧に生きますからその魔力に影響されたようで……」
「一週間もすれば元に戻るだろうから、そんなに悲しい顔をしないでおくれよ」
「そ、そうですか……元に戻れるのなら良かったです……」
「私的には良くないのですが……トイレの時に毎回戸惑いますし、お風呂も……」
安堵していたクロにメルフェルンが複雑そうな顔をして口にし、手を合わせ謝罪するクロ。
「メルフェルンがクロの魔力を吸って男に変わったのは過剰なクロの魔力を体に通したからね~同じようにメルフェルンから過剰な魔力を通したシャロンも、ね」
エルファーレの言葉にシャロンへと視線を向けるクロ。シャロンはすでに起きていたのか顔を上げ涙で濡れながらも微笑みを浮かべ、その胸には大きなもの付いており顔を引き攣らせるクロ。
「良かった……本当に良かったです……」
そう言いながら飛びついてきたシャロンを受け止め果実水がこぼれない様バランスをとるクロ。
≪これは男の娘の誕生ですよ! リアルTSとか初めて見ますよ! グヒヒヒヒ、異世界は最高ですね!≫
ひとりの変態から舞い降りる文字を視界に入れ更に顔を引き攣らせるクロは、抱き着いてくるシャロンに頬を染めるのであった。
「ふぅ……まさか、劣化版ソーマを飲んだ後に上級魔力回復ポーションを飲むとか、エルフェリーンは錬金をまともに教えてないのかしら……見ているこっちがヒヤヒヤしたわ」
天界から鏡を使いクロを見つめていた女神ベステルは安堵の表情を浮かべる。
「ヒヤヒヤしたではないですよ……はぁ……クロ自身が錬金釜としての器になり、結果として体内で錬成する事態になりました。恐らくは魔力創造というスキルが錬金術のトリガーになったのかもしれませんが……」
大きくため息を吐き説明する叡智の神ウィキール。
「女神ベステルさまがぁ劣化版ソーマを送った時にぃ説明すべきだったかとぉ……」
愛の女神フウリンが口にしながらジト目を向ける。
「そうかもしれないけど、ソーマ自体が魔力を高めるのよ! その魔力を高めた状態で魔力枯渇を起こすまで魔力を使う? あれは欲に狩られカレー粉や文具を大量に売ったクロが悪いわ! そう、クロが悪いわ!」
「その前にも色々と魔力創造していたのも事実だか、あちらの世界の定価額に合わせて売っていましたが……」
「良心的な価格だと思いますよぉ~カレー粉なんてぇ、こちらの世界には存在しない物を銅貨二枚で売ってくれぇ、作り方まで見せていましたぁ~欲に狩られた者の所業ではありませんよぉ~」
「うっ、そ、それを言われると確かにそうだけど……」
「ウイスキーや日本酒に白ワインも多く創造していましたね……これはこちらへ奉納する分もあったと考えるべきではないでしょうか?」
「そ、そうね……どれも百本以上魔力創造していたし、こちらに奉納する分のストックもあったかもしれないわね……」
顔を引き攣らせる女神ベステル。毎週、女神ベステルたちへ送られる酒の殆どはこの三つの酒が多い。他にも叡智の神ウィキールと愛の女神フウリンの好きな梅酒やカクテルもある程度は事前に魔力創造でアイテムボックスに収納されているが、奉納されているのは先の三種類である。
「もしぃ、クロがぁ魔力暴走を起こしぃ破裂していたらと思うとぉぞっとしますぅ~」
「ああ、酒が飲めなくなるというよりも、あの島国の半数は爆風で吹き飛んだかもしれん……ソーマの力で増幅された魔力でどれだけの被害がでたか……それはエルファーレの所業を見れば明らかです」
「海底を引き上げて島国を繋いだわね……あれだってかなり危険な行為よ。クロの魔力をサキュバスとインキュバスを使いドレインして、エルファーレに送り海底に干渉して……おかげでクロが助かったけど二人の性別が入れ替わるとか……
あーもうっ! 私の理解を超えるような事態を起こさないで欲しいわね!」
「恐らくですが、インキュバスのシャロンは男として生まれた落ちた事に違和感があったのでしょう。サキュバニア帝国の中でもインキュバスと呼ばれる男は極少数。そして、インキュバスへと姿を変えたメルフェルンは主であるシャロンが襲われた事を気にしていた事により自身が男へと変わり身代わりになれ」
「それは違いますぅ~シャロンちゃんは男でありながらぁクロを慕っていましたしぃ、メルフェルンちゃんはシャロンちゃんを慕っていましたぁ~これは愛の力による奇跡ですぅ~愛の力に過剰な魔力とぉ、ちょっとした欲望が膨れ上がった結果なのですぅ~」
笑顔を浮かべながら愛の力だという愛の女神フウリンにジト目を向ける女神ベステル。理論的に考えていた叡智の神ウィキールも同じようにジト目を向けているとテーブルが薄っすらとした光を放ち、現われる日本酒にウイスキーと梅酒にカクテル数種。
「女神ベステルさまが悪いのに奉納してくるとは……クロという男はどうしようもないお人好しだな……はぁ……」
「あら、メモが付いているわね……何々、シャロンとメルフェルンの性別は本当に戻るのですか? もし自然と戻らない様なら戻し方を教えて頂けると嬉しいです。だって……」
日本酒の瓶に括り付けられたメモ用紙を読み上げた女神ベステルは鏡を通して二人を見つめる微笑みを浮かべる。
「六日と二時間で戻るわよ……これは教えない方が面白くなるかしら」
鏡を通して見ている地上では祭壇に手を合わせるクロが映り、その後ろにぴったりとくっ付くシャロンの姿に悪い笑みを浮かべるのであった。
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