甘酢と二人の昼食
「お~い、新たな油淋鶏が完成したから持って行ってくれ!」
「こっちもかまぼこが完成した! みんなで食べるがいい!」
鳥と魚の料理担当の叫びが響き多くの褐色エルフが熱々の料理を口にして歓声を上げ、食事会場はいつの間にか大宴会へと変化していた。
クロの持って来た酒に感動するエルファーレや褐色エルフたちに、ヤシ酒を飲むビスチェはフルーツや鳥の丸焼きを口にして褐色エルフとこの近くで採れる薬草について会話を弾ませ、アイリーンに抱かれている幼いフェンリルはキャロットに抱かれている白亜が気になるのか、アイリーンに与えられたかまぼこを口に咥え白亜へと向ける。
「白亜さまにプレゼントしたいのだな!」
かまぼこを咥えたままコクコクと頭を縦に振る幼いフェンリルに怖がっていた白亜は、キャロットから降りると恐る恐る手を伸ばしかまぼこを手に取ると「キャン!」と嬉しそうな鳴き声と尻尾を振い、それを口にすると更に大きく尻尾を振り白亜のまわりを走り出す。
「キュウキュウ~」
「キャンキャン」
白亜が鳴き声を上げると幼いフェンリルは急ブレーキをして停止しゆっくりと白亜が歩み寄るとへっへとしながらお座りの体制になり、互いに鼻を近づけスンスンと匂いを嗅ぎ合う姿にアイリーンとキャロットが微笑ましく見つめ、褐色エルフたちも初めて見る光景に固唾を飲んで見守る。
≪白亜ちゃんとフェンリルが可愛いですね!≫
「プレゼントで下に付くのはよくある事なのだ! ドラゴニュートの村でもハーピィたちが魚を送りによく来るのだ!」
「どちらも愛らしく可愛いですね」
幼いフェンリルが頬を白亜にスリスリと擦り付けると、負けじと白亜もスリスリと擦り付け互いに認め合ったのかじゃれ合う姿にエルファーレが微笑み口を開く。
「白亜とフェンリルの子が仲良くなったね~鳥料理と魚料理の派閥もこうやって仲良くして欲しいものだけど……」
「そうかい? ライバル視することで美味しい料理が食べられると思うけどなぁ。クロが作った油淋鶏とかまぼこはどちらもお酒に合って美味しいぜ~もちろん蒸した魚とこんがりと焼けた鳥も美味しいよ」
「エルフェリーンがいう事は尤もだけど……私たち姉妹のように別々に暮らすようになったらと思うとね……」
「それは……」
表情を曇らせる二人の前に熱々の油淋鶏とかまぼこが届けられ、話を聞いていた給仕係の褐色エルフが取り分けようとするが、クロが先に料理に手を出して二人に取り分ける。
「それなら、こういうのはどうですか?」
取り皿にかまぼこを乗せ、その上に油淋鶏を乗せるクロ。
「えっ!? 折角の料理が同じ味になっちゃうよ!」
「それは作った者への冒涜じゃ……でも、美味しそうだね~」
二人とも一瞬驚くもエルフェリーンは酸味と甘みのある油淋鶏のタレの掛かったかまぼこを口に入れると「美味い!」と声を上げ、エルファーレも口に入れるとハフハフしながら表情を蕩けさせる。
「かまぼこにも合う味だね! 鳥肉にも魚にも合うとは驚いたよ!」
「油淋鶏のタレは卑怯なぐらい何にでも合いますから。それにかまぼこは蒸さずに揚げればさつま揚げになりますし、更に油淋鶏のタレに合うと思いますよ」
「それって、鳥料理にも魚料理にも合うってことだね!」
「そうですね。炒めた野菜でも合いますし、玉子焼きでも牡蠣にも合うと思いますよ」
クロが言うように甘酢餡はどんな料理にも合う事はもちろんだが、酸味のある味は揚げ物と相性が良い。酢豚に天津飯に油淋鶏はもちろんの事、肉団子や餡かけ焼きそばに、鯉などを丸のまま豪快に唐揚げにしたものへ豪快に餡を掛ける料理などバリエーションは様々である。
「凄い! 凄いね! この味付けは何にでも合う万能の味付けだよ! みんなの仲も取り持ってくれるかな?」
目をキラキラさせながら話すエルファーレに、クロは給仕をしていた肉料理担当と魚料理担当の褐色エルフに視線を向ける。
「あの、少しは良い話をしているので聞いてもらえませんか?」
二人の料理担当は互いに油淋鶏とかまぼこを口にしており話を聞いていなかったのかキョトンとした表情でクロへと向き直り、口のまわりに付いた甘酢餡を舌で舐め取ると笑顔を向ける。
「これは凄いですね! 酸味と甘みが食欲を引き立てます!」
「肉料理以外にも試してみたくなる味付けです!」
「こちらも魚料理以外で試してみたいです! キノコや牡蠣にイカなども合うと思います!」
「山菜にも合うはずです! これは研究のし甲斐がありますよ!」
テンションを上げ話す二人に表情は晴れやかで、新たな味にチャレンジするのだろう。
「クロ、ありがとう! 鳥料理派も魚料理派もこの味を前にしたら争い所ではないようだよ! これからは挑戦の時代の始まりだ! このタレに合う最高の料理を完成させるんだ!」
大声で叫ぶエルファーレに多くの褐色エルフたちが腕を振り上げ歓声を口にする。
「解決して良かったぜ~クロは偉いよ!」
エルフェリーンから褒められたクロだったがその表情はあまり明るくはなかった。それもそうだろう。少し考えれば解るのだがこれは先延ばしの案であり、新たにエビ派や牡蠣派などが名乗りを上げる可能性もあるのだ。
そして、それを炊きつけているのがエルファーレでありエルファーレ自体がその事を理解して反省しなければ事態は収まらないだろう。
「明日から甘酢餡の日々が始まりそうですね……」
横に座るシャロンの言葉にクロは深く頷くのであった。
「今頃はあちらも昼食を取っておられるのでしょうか……」
メリリは病み上がりのルビーに昼食を用意していた。レトルトの玉子のお粥とレトルトのカレーを湯煎し、お湯を入れて十五分で完成する米にインスタントのワカメスープである。
クロが置いて行ったものであり簡単に作れるレトルト食品を多用するメリリ。自身でもそれなりに料理ができるのだが、それなりはそれなりであり味付けは塩のみで焼いたものというのが定番である。
「お湯で温めるだけで美味しいのですからクロさまがいた世界は素晴らしいですね! 冒険者時代にこれらの食糧があればどれほど楽だったか……」
今でも冒険者の食事といえば硬い無発酵パンと干し肉が基本で、冒険者の中には干した野菜やその場で調達をする者もいるがそれはごく少数である。メリリも干し肉を口にしながら硬いパンを齧り水を口にし、口内で柔らかくなるまで戻すという食事の仕方で過ごしていたのだ。
「う~ん、久しぶりにいっぱい寝ましたが、逆に疲れるものですね」
伸びをしながらキッチンへと現れたルビーにメリリは会釈をすると、温めた玉子粥とワカメスープをトレーに乗せテーブルへと運ぶ。
「こちらはクロさまが用意してくれた玉子のお粥と呼ばれるものです。柔らかく食べやすいのですがちゃんと噛んで食べて下さいね。それとワカメを使ったスープだそうですよ」
「何というか風邪など引くものではないと痛感しました……」
「ウイスキーはダメですからね」
「ううう、はい……夜には少しぐらい飲めますよね?」
「それは……そうですね! 夜は二人で飲みましょう!」
両手を合わせ微笑むメリリにルビーはパッと表情を明るくしてお粥に匙を入れる。
「あむあむ……えっ!? 思っていたよりも美味しいです! 塩気もあって鳥の風味を感じますよ!」
「口に合って良かったです! 私はこちらを頂きますね!」
そう言いながら白米を皿に盛りレトルトカレーをかけるメリリ。部屋中に広がるカレーの香りに匙が停止しキッチンを見つめるルビー。
「カレーですか!? ひとりだけカレーですか!? ずるいですよ!」
「申し訳ありません。ですが、病み上がりにはお粥がいいとクロさまが……ですので、夕食は期待して下さいね!」
カレーをテーブルに運び笑顔でスプーンを入れるメリリに、ルビーちょっとだけ悲しい気持ちになるのであった。
もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。
誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。
お読み頂きありがとうございます。