迎える準備と鍛冶禁止令
「申し訳ありません。寒くなるとどうしても動きが悪くなり春まで寝てしまっても構わないという気になり……申し訳ありません」
遅れて起きて来たメリリは深く頭を下げる。
彼女の種族はラミアであり魔化した姿は下半身が蛇という特徴で元々温暖な場所で育ったこともあり、雪が降る時期は暖かな南方で過ごすことが多かったのだ。メイドとして働いていた時は門番という職業柄、門の近くで過ごしていたのだがこことは違い雪が降る事はなく日差しを受けて活動可能な気温であり、今のように一桁台の室温になると動きが悪く下手したらそのまま春まで眠り続けるのである。
「昨晩は寒かったですからね。そうなると何か対策を考えないとですね」
メリリの分のフレンチトーストを焼くクロの言葉に顔を上げ驚いた表情へと変わる。
「た、対策ですか!?」
「はい、例えばこれとか」
そう言いながら魔力創造でカイロを作り出すとメリリへと手渡し封を開けて振るよう言葉にする。
「ああ、少しずつ温かくなってきました」
「それはカイロといって鉄が酸素と結合して酸化鉄になる過程で熱を発するのですが、」
「さっぱりです。さっぱり解りません」
「えっと、地肌に直接当てないようにして下さいね。低温火傷する恐れがありますから」
「低温火傷ですか?」
「えっと……熱いものに触れれば火傷しますよね。低温火傷はあまり熱くない温度でも長時間触れ続けると火傷する事ですね。ポケットに入れて使うといいですよ。後は腰や背中に布を巻いて張るとかですね」
「なるほど……これなら温かく過ごせそうです」
クロへと微笑みを向けるメリリに出来上がったフレンチトーストの皿を渡すと、顔を近づけ匂いを堪能しテーブル席へと向かう。
「うっぷ、食べ過ぎたのだ……」
「くっ、またクロさまの料理を食べ過ぎてしまいました……」
キャロットはフレンチトーストを七枚食べポトフも三度おかわりしお腹を摩り、メルフェルンは気を付けていながらもフレンチトーストを五枚食べポトフを二度おかわりして昨日と同じくソファーの上で置物となっている。
他の者たちもおかわりはしたが食べ過ぎるという事はなく各自の仕事へと向かい、ビスチェは薬草畑へアイリーンは罠を確認にエルフェリーンはポーション作りへ向かい、リビングで頬を膨らませるルビー。
白亜は背中がかゆいのか一生懸命腕を伸ばしているが届くことはなく何度も挑戦を繰り返している。
「ちょっと風邪を引いたからと鍛冶禁止は酷いと思います……」
頬を膨らませるルビーは昨晩まで風邪を引き、その原因がアマダンタイトとミスリルの合金の短剣作りによる寝不足だと知ったクロは師であるエルフェリーンに鍛冶禁止を直談判したのだ。
「クロが心配するのならルビーは二日間鍛冶禁止だよ」
「ええええええええええっ!? そんな……」
「えへへへ、クロを心配させたらダメだからね~」
「俺としては師匠の徹夜も禁止にして欲しいのですが……」
「それはそれ、これはこれだぜ~僕は自分が倒れるほど頑張る事はないからね~眠い時はちゃんと寝るし、寝ずに頑張るとしたらここにいる家族の為にかな~」
「わ、私もクロさんの短剣を作るために……」
「だからこそ、無理せずに鍛冶をしてくれ。熱はすぐに下がったが鍛冶をしている時に寝落ちでもされたらどれほど危険か」
「確かに熱い鉄を叩いている時に寝ちゃったら一大事だぜ~鍛冶になるかもしれないし、足の上にでも落としたら大火傷だぜ~」
クロとエルフェリーンの正論に何も言えなくなったルビーは俯き「確かにそうですが……」と悔しそうな顔をする。
「集中して事に当たるのはいいけどな、今は寝不足と体調を整えような」
「はい………………」
小さな返事にこれなら大丈夫だろうと思うクロ。
「あむあむ、美味しいですぅ~」
フレンチトーストを口に入れながら話を耳にするメリリはシリアスな空気をぶち壊し表情を蕩けさせる。
「二日ぐらいあっという間だからさ。そうそう、今日は僕の姉妹が来るからね~」
突然の発言にエルフェリーンに視線が集まる。
「師匠の姉妹ですか? そうなると世界に七人のハイエルフ……」
「ああそうだぜ~僕の姉妹は世界に散らばり離れて暮らしているからね~久しぶりに念話が送られて来たけど雑音が混じってよく聞き取れなかったんだ。もしかしたら磁場やマナが乱れているのかもしれないね~」
エルフェリーンは適当に答えるがクロは立ち上がり客を迎える準備を始める。
「私も早く食べ終えた方が良さそうですね。ふわぁぁぁ、サクサクとしながらもシットリで甘く美味しいです……はぁ……あと一口で……あむっ! 美味しいです……美味しかったです……」
最後の一口を食べ終えると数秒の現実逃避をした後に立ち上がり自身が使った食器をキッチンへと運ぶ。
「とても美味しかったです。また食べたい料理ぶっちぎりの一位です!」
お茶の準備をするクロへフレンチトーストの感想を述べるメリリ。
「皆さんにも気に入って頂きましたから、また今度作りますね」
「はい! 楽しみにしています! もし可能なら明日でも、今夜でも、昼食でも!」
余程気に入ったのかクロに詰め寄りテンションを上げるメリリ。クロはお茶請けにアイテムボックスから個包装された煎餅やチョコにクッキーを用意しており、それら数個が床に散らばる。
「これは申し訳ありません」
「いえいえ、自分がもっと注意していれば……ん? こら、白亜は勝手に食べない。さっき朝食を食べたばかりだろう」
「キュウゥゥゥ」
チョコを手に持ち消え入りそうな声を上げ涙目でクロを見つめてくる白亜。
「はぁ……一つだけだからな」
「キュウ!」
「では、私も!」
二人で床から拾い上げた個包装されたチョコを口に入れると微笑みを浮かべる。
「キュウ~キュウ~」
「うふふ、甘くて香り高くて美味しいですね~」
白亜を抱き上げたメリリは赤ちゃんをあやすように話し掛け、ご機嫌な鳴き声を上げる白亜。
「お茶菓子はこれで準備ができたし、後はお湯を火にかけてお茶の準備に、」
「おっ、来たみたいだぜ~僕は迎えに行ってくるぜ~」
ソファーから起き上がると走り外へと向かうエルフェリーン。慌ててクロがソファーに掛けてあったコートを手に取り声を掛け追い掛ける。
「師匠! 外は寒いのでコートを」
「すぐ戻るからいいよ~」
その言葉を信じコートは壁に掛け急ぎお茶の準備を進めるクロ。
「エルフェリーンさまのご姉妹とはどのような方なのでしょうか?」
テーブルを拭くために布を水で濡らすメリリにクロは口を開く。
「自分も会った事がないですね。師匠の姉妹ですから……小さくて明るい方でしょうか?」
エルフェリーンの容姿を思い浮かべ、金髪のセミロングの髪にまだ幼さの残る少女が二人に増え肩を組む姿が脳内に浮かび上がり、思わず笑い声を上げそうになるクロ。
「クロ先輩! 鍛冶については諦めますが、その、どんなナイフの形を妄想したり、エンチャントする魔術を選んだり、鞘のデッサンをしたりしてもいいですよね! いいですよね!」
いつの間にかすぐ後ろに詰め寄っていたルビーは捲し立てるように声を上げ、その迫力にクロは思わず「お、おう」と声に出しパッと笑顔を咲かせるルビー。
「うふふ、ルビーさまは本当に鍛冶が大好きなのですね~」
「はい! 以前は研ぎぐらいしかやらせて貰えませんでしたから、鉄からナイフを削り出したり、エンチャントを覚えたり、自分が作った物を武器として使って頂けるのは嬉しいです! イナゴ退治の時も自分が作った短剣でクロ先輩が戦う姿は見ていて嬉しかったですから!」
頬を染めながらテンションを上げ早口で捲し立てるルビーに、クロは鼻を掻きながらも炎の魔剣として鍛えられ受け取った短剣をもっと丁寧に扱おうと思うのであった。
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