フレンチなトースト
翌朝はぐっと気温が冷え吐く息も白くなり暖炉に薪を入れて火を入れるクロ。短剣型の魔剣に魔力を込めると刀身がオレンジに輝き、それで薪を撫でるように火を移す。
「本当に便利な魔剣だよな~」
「私としては炎の魔剣で暖炉に火を入れる方が驚きなのですが……」
暖炉の前にしゃがみ薪に火をつけていたクロは後ろからの声に振り返るとルビーの姿があり、体調も回復したのか笑顔で微笑む。
「昨日は風邪を引いてすみませんでした」
頭を下げるルビーにクロは立ち上がり「そんなの気にするなよ」と声を掛けるとキッチンへ向かい竈に火を入れる。
「いま温かい飲み物を入れるから飲むだろ?」
「はい、お願いします」
湯を沸かしカップに粉末のコーヒーを淹れると香りが広がり、ルビーのものには砂糖と牛乳を追加する。
「ほい、まだ熱いからな~」
「ありがとうございます。コーヒーですね……」
「飲みやすいように砂糖と牛乳は入れたが、紅茶の方が良かったか?」
「いえ、コーヒーも好きですよ。クロ先輩のようにそのままは苦くて嫌ですが……暖かいです……」
両手で持ちコーヒーの温かさと気遣いに感謝しながら口にするルビー。クロはキッチンへ戻ると朝食の準備に入る。
ほどなくするとメルフェルンが階段から降りて来て手伝いを申し出てキッチンに立ち、シャロンも朝の挨拶をすると外へとランニングに出かける。
「シャロンさんも早起きなのですね」
窓の外を走るシャロンに目を向け呟くと、テーブルに皿を用意し始めたメルフェルンが口を開く。
「もちろんです。シャロンさまは常に強くあろうと努力しております。勉学に限らず体を鍛える事は精神を鍛える事という女王陛下の言葉を胸に影ながら努力し続けております」
自慢気に話すメルフェルンにルビーは大切に育てられているのだと思い、一国の王子であるという事を思い出す。
「よく考えたらシャロンさまは王子様ですし、キャロライナさんはお姫様ですよね」
「それを言うならビスチェさまもエルフの里のお姫さまですね」
「確かに……白亜ちゃんも七大竜王の娘ですし、クロ先輩は異世界人で、エルフェリーン師匠は世界に七人のハイエルフ……ここは凄い人の集まりですね……」
「一般人は私とルビーさまぐらいですね」
「一般人ですし、さまは付けなくても……」
「いえ、ここはメイドとして区別しなくてはなりませんので、ルビーさまと呼ばせていただきます」
微笑みながら口にしたメルフェルンは料理を取りにルビーの元を去り、それを名残惜しそうに見つめるルビー。
「あら、早いじゃない。もう体は大丈夫なの?」
「はい、ご迷惑をお掛けしました」
ビスチェが階段から降りてくるともう起きているルビーを発見し声を掛け、迷惑を掛けたと思っているルビーは立ち上がり頭を下げる。
「別に迷惑だなんて思ってないわよ」
そう言いながらルビーに近づき額と額を付け合わせるビスチェ。急に目の前に典型的美人であるエルフ顔が接近し驚くが「熱はないわね」と口にするとビル―の隣へと腰を下ろす。
「熱も内容で安心したわ。それにしてもアイリーンの治癒魔法は凄いわね」
「状態異常を回復する魔法をかけるといわれたのですが、その事ですか?」
「ええ、体を癒したり呪いを跳ね返したりする魔法は、威力はどうであれ一般的に広まっているのだけれどね。病気を治す魔法はあまり広まっていないのよ。教会でも極秘されている魔法もあるけど、それは病魔に対するもので熱を軽減させるたり咳を抑えたりする程度なの。完全に完治させるのは凄いわ」
ビスチェがいうように病気に対して魔法が使われることは少なく、その代わりに使われてきたのは薬師ギルドで作る薬である。錬金術とも被る部分が多くビスチェは陰ながら風邪に効くとされている薬草や木の実を用意していたのだ。
「玉子酒とお粥を食べた後に少しだけウイスキーを飲んでからアイリーンさんに魔法を使って頂きました。状態回復魔法という種類の魔法で、体にいる悪いものと毒素を排出させて治すそうです。熱が出るのは体の中にいる何とかっていうのが戦っている影響なのだそうで、原因となるものを排出させて何とかを落ち着かせていると聞きましたが、意味が解りませんでした」
「多分だけど免疫かな」
テーブルにポトフを入れた鍋を置くクロからの言葉に二人が振り向き、ビスチェはクロへと詰め寄る。
「免疫って何かしら? 私も興味があるわ!」
詰め寄るビスチェに一歩下がるクロは「朝食の後に教えるから」と言葉を残しキッチンへと去って行く。
「もうっ! いま知りたかったのに!」
「いつも思いますがクロ先輩とビスチェさんの会話は面白いですね」
その言葉にキョトンとした表情を浮かべるビスチェは数度瞬きをすると椅子に腰掛け直す。
「そ、そうかしら?」
「はい、仲の良い姉弟みたいに見えますよ」
「そ、そう………………良い匂いがするわ!」
気まずそうな表情をしていたビスチェは流れて来たバターと甘い香りに立ち上がるキッチンを見つめ、ルビーも甘い香りに鼻をヒクヒクとさせ、吹き抜けの上からは糸を出しながら降りて来るアイリーンの姿があり、階段を二段飛ばして降りて来るキャロットや、その手に抱かれる白亜もバターと甘い香りに誘われ席に付く。
「すごく良い香りがしてきましたが……」
玄関からランニングを終え帰って来たシャロンが口にすると、大きな欠伸をしながら現れたエルフェリーンが皆に挨拶をして席に付く。
「パンケーキかな? フレンチトーストかな?」
「きっと美味しい物なのだ!」
「キュウキュウ!」
甘い香りに朝からテンションを上げる一同にメルフェルンがスープを取り分ける。
「このウインナーと呼ばれるものも美味しいですよね」
「お酒の肴にぴったりだよね~パキっと割れて肉汁が迸り塩気が強くて、僕も好きだぜ~」
「ウインナーも美味しいのだ!」
「キュウキュウ!」
皆が運ばれてくる料理を待っているとメルフェルンが皿を持ち現われ、そこにはフレンチトーストとカリカリに焼かれたベーコンが添えられておりエルフェリーンの前に置かれると香りがより広がり表情を崩す乙女たち。
「絶対に美味しい奴なのだ!」
フレンチトーストにはメイプルシロップと粉糖が振りかけられ、薄っすらと雪の積もった外の景色と重なり微笑みを浮かべるシャロン。キャロットはメイプルシロップとバターの香りに涎を垂らし、抱いている白亜も同様である。
「温かいうちにどうぞ」
オシャレカフェ店員のような口調で給仕するメルフェルンにエルフェリーンはナイフを入れフォークで口に入れると表情が溶け、ビスチェも最初に運ばれてきており同様にだらしない顔へと変化する。
≪くっ!? 待てば出てくると解ってはいても羨ましいですね!≫
「うん、おいひいよ~これはクロの作る料理の中でも三本の指に入るぜ~」
「甘くて香りも良くて、まわりがカリカリなのに中がしっとりとしていて最高……」
エルフ二人を撃沈させたフレンチトーストに生唾を飲み待つ乙女たち。
そこへ新たなフレンチトーストが運ばれルビーとアイリーンの前に置かれると、二人は視線を合わせ無言で頷き合い口に入れ撃沈する。
「これは素晴らしいですね! まるで一点の曇りもないバスターソードのようです!」
≪これこれ、この甘さとサクッとしながらも蕩けるような弾力! それにメイプルの香りと、ベーコンの塩気がまた最高ですね!≫
ルビーはアイリーンが現れたら昨晩のお礼を言う心算だったが、それをも忘れ去らせるフレンチトーストの魅力に酔いしれる。
「お待たせいたしましたシャロンさま」
「別に僕は最後でもいいからさ」
新たに現れたフレンチトーストがキャロットとシャロンの前に置かれ、キャロットは既にナイフとフォークを持ち待ち構えており熱さの確認をすることもなく口に入れハフハフとさせ、白亜はそんなキャロットのお腹に抱き着き大きな口を開ける。シャロンも口では最後でもと言っておきながらも、素早く口に入れキャロット同様にハフハフと熱さに驚きながらフレンチトーストを咀嚼し表情を緩め、メルフェルンはそんなシャロンの表情に微笑みを浮かべる。
「メルフェルンさんもどうぞ」
クロがテーブルにメルフェルンのフレンチトーストを運ぶと礼を言い席に付き表情を溶かす。
「あとはメリリさんだけですが……」
二階で寝ているだろうメリリが早くおりてくる事を願い「おかわり!」と元気よく声を上げるエルフェリーンとキャロットに「ポトフも食べて下さいね」と言いながらも、早く起きて来ないとメリリさんの分も食べられてしまうのではと思いながらキッチンへと戻るのだった。
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