ルビー風邪を引く
メルフェルンがメイドとして加わってから一週間が経過すると気温はぐっと下がり雪がちらつく日も増え始め、錬金工房『草原の若葉』の敷地から見える風景も白く変わり五センチほどの雪が積り冬の訪れを感じるクロたち。
「雪が降っているのに温かいのは不思議ですね……」
そう口にしたルビーは結界に囲まれたドーム状の天井を見上げる。
「この結界のおかげで庭に雪が積もらないからな~俺も初めて見た時は驚いたよ」
「師匠の結界はドラゴンだって簡単には壊せないほどの強固な結界なのよ。王城よりも遥かに強固な結界が施してあるわ」
腕組みをしながらドヤ顔をするビスチェに≪流石エルフェリーンさまですね~≫と文字を浮かせるアイリーン。
「雪も頂上以外は自然と落ちるから雪下ろしの手間もなくて楽だし、雨は通すから暖かい日は注意しなさいよ。晴れているのに雪が解けて水が落ちてくるからね」
「ああ、だから雨の時は敷地内が濡れていたのですね」
「ええ、雨は菜園に必要だもの。恵みの雨は精霊たちも喜ぶからね」
ビスチェのまわりでキラキラと光る姿に精霊たちが何かを話しているのだろうと思うクロは、ビスチェから頬を赤くしているルビーへと視線を変える。
「なあ、今日のルビーは顔が赤くないか?」
「へ? 顔が赤いですか?」
本人には自覚がないらしく自分の手で頬に手を当てるルビー。そんなルビーの額に手を伸ばしたアイリーンは驚きの声を上げ文字を浮かべる。
「えっ!?」 ≪結構な熱がありますよ!≫
その言葉にビスチェが手を伸ばし驚き、クロも手を伸ばすがサッと避けるルビーとクロの手を掴むビスチェ。
「乙女の額に軽々しく触れようとするんじゃないわよ!」
腕を捻って肩の関節を極められタップするクロ。ビスチェはドヤ顔で鼻息を吹かせ、アイリーンはルビーをお姫様抱っこして屋敷へと足を進める。
「えっと、これぐらい大丈夫ですよ」
≪安静にすべきですね~それにクロさんがお粥を作ってくれますから楽しみにしましょうね~≫
まるで子供をあやすように文字を浮かべるアイリーンに、ルビーは抵抗する事なくベッドへと運ばれるのだった。
「ルビーの夕食はお粥にして、他は……」
「ハンバーグがいいのだ!」
「キュウキュウ!」
クロが米を研ぎ水に浸していると後ろから食べたいメニューを口にするキャロットと白亜。振り返らずに「それは昨日食べただろ~」と口にするクロはアイテムボックスに入っている食材と相談しながら夕食を決める。
「ハンバーグを食べると強くなった気がするのだ!」
「キュウキュウ!」
「それは気のせいだからな~キノコが多くあるから……」
「キノコハンバーグなのだ!」
「キュウキュウ!」
両手を上げてハンバーグと叫ぶキャロットと白亜に困った顔をしながらも、玉子酒は風邪に効くと思い出すクロ。
「玉子酒にするか」
その言葉に反応するキャロットは声を上げる。
「玉子酒ハンバーグにするのだ!」
「キュウキュウ!!」
キャロットと白亜の叫びに一瞬玉子酒ハンバーグが頭に浮かぶも、風邪を引いた時にハンバーグはないだろと頭を横に数度振り、砂糖と日本酒に玉子を取り出す。
「日本酒を温めて、卵を割って砂糖を入れて、」
「ハンバーグを入れるのだ!」
「キュウキュウ~」
キャロットと白亜はどうしてもハンバーグが食べたいらしく手を合わせてクロを拝む。背後から感じる圧力に大きくため息を吐いたクロはハンバーグも作るが、野菜をたっぷり入れたものにしようと脳内で趣味レーションをする。
「よし、温まったらよく混ぜた砂糖と卵を入れた器に入れながら混ぜて玉子酒の完成だな。キャロットはこれをルビーに届けてくれ。ついでに何か食べたいものがあるか聞いてきてくれ」
「任せるのだ!」
「キュウキュウ!」
玉子酒を入れたカップを受け取るとキャロットと白亜は走り出しルビーの部屋へと向かう。その間にクロは玉ねぎを炒め、ほうれん草やニンジンを茹でて野菜を多く入れたハンバーグを作り始める。
「聞いて来たのだ!」
「キュウキュウ~」
階段を一歩飛ばしで降りて来たキャロットと滑空して降りて来た白亜は大きな口を開く。
「ルビーは喜んでいたのだ! それとハンバーグがいいと言っていたのだ! 後はウイスキーも飲みたいそうなのだ!」
「キュウキュウ!」
「ハンバーグはキャロットと白亜が食べたいものだろう? 風邪を引いているのにウイスキーが飲みたいというのもあれだが……」
「ううう……ハンバーグが食べたいと言っていたのだ……」
「キュゥゥ」
噓がばれて悲しそうな声でハンバーグが食べたいという一人と一匹に、クロはすでに作り始めている野菜入りハンバーグのタネを見せると目を輝かせる。
「ハンバーグなのだ!」
「キュウキュウ!!」
「野菜もたっぷり入れて作るからな~」
「それでもハンバーグなのだ!」
「キュウキュウ!」
喜んだ一人と一匹は抱き合いながらお風呂へと消えて行き、ボウルに入れたひき肉に茹でたホウレンソウとニンジンを細かく切り加え、炒めた玉ねぎと牛乳に玉子とパン粉を入れたものと混ぜ、塩コショウを振るとメリリとメルフェルンが部屋から現れキッチンへとやって来るとクロへと微笑む。
「手伝いますね~」
「私も手伝います!」
微笑むメリリに対して、ややムッとしながらもメルフェルンは手を洗いハンバーグを捏ねる作業へと移り、クロは手を洗うとハンバーグの付け合わせを作るべくポテトを揚げ、メリリに大根おろしを作るように指示を出す。
「粘り気が出るまで混ぜて下さいね」
「畏まりました。うんしょ、うんしょ」
力を込めハンバーグのタネを捏ねるメルフェルン。
「うふふ、大根おろしとは面白いですね。他の野菜も摩り下ろしてソースにすれば無限の可能性を感じますね」
ご機嫌に大根をおろすメリリにクロは揚げ上がったポテトフライに塩をまぶすとアイテムボックスへと収納する。次に土鍋で水を吸わせていた米を竈に置き火を入れて行き、長ネギを多めに輪切りにして卵を用意するとハンバーグのタネが完成し、メルフェルンと一緒に成形し焼いて行く。
「野菜が多く入っているので崩れやすく、あまりいじらない方が綺麗に焼けますよ」
「はい……気を付けます……」
真剣にフライパンに置かれたハンバーグを見つめるメルフェルン。クロはお粥を混ぜながらハンバーグの焼き方を指導し、米が柔らかくなったことを確認すると粉末の鳥ガラを入れ塩とカットした多くの長ネギを入れ、最後に溶いた玉子を入れて蓋をして蒸らす。
「こっちはこれでよしっと、後はサラダとロールパンを焼いて……ウイスキーも持って行った方が良いかな……」
小さく呟いた声に顔を出すアイリーン。但し、頭上から文字と本人が下りて来て文字をクロの目の前に浮かせる。
≪ウイスキーも欲しいそうですよ~ぐっすり寝れば治るそうです≫
「うおっ!? 上から脅かすな!」
≪えへへ、それは申し訳ないです≫
「何で笑顔で謝罪するかな……はぁ……それよりも思ったんだが、魔法で風邪は治せないのか?」
「やだなぁ治せますよ~ん?…………………………………」
「いやいや、ん? じゃなくて治してやればいいだろう」
逆さ吊り状態のまま顎に手を当てて頭を傾けるアイリーンは、手の平と拳を軽く叩きつけ閃いたのか糸を切りキッチンに舞い降りる。
≪最近はクロ先輩が貰ったナイフの仕上げをしていて忙しかったらしいので、ゆっくりと眠れるように風邪を残しておいたのです! どうですか! 完璧な言い訳とクロ先輩が原因だと決めつけましたよ!≫
ビシッとクロを指差すアイリーンにクロは多少の罪悪感を覚えながら口を開く。
「今考えたのだろうけど筋が通っているな……それよりもお粥ができたから運んでやってくれ。その後で寝たら風邪を治してやってくれ」
≪了解です! ああ、少しだけでもいいからウイスキーが欲しいそうですよ≫
大きなため息を吐きながらもアイテムボックスからウイスキーを取り出したクロは瓶をアイリーンに持たせるのだった。
八章の始まりです。エルフェリーンの姉妹の登場し、その国へと向かう草原の若葉たち。といった予定です。
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