主の責任
「シャロンさまが小さい時からお世話をしてきましたが、うううう、今回だって城を飛び出して、うううう、一人でここまで来る心算だったのですよ……グリフォンのフェンフェンが付いているとしても危険な旅なのは変わらないというのに……クロという人物がどのような人か見極めて、シャロンさまを説得して連れて帰ろうと思ったのですが……この緑色したお茶は苦いですね……」
緑茶を口にしたメルフェルンは涙を流しながらもメリリに口を開く。
「それでクロさまはどうでしたか? シャロンさまを騙していましたか? 嫌な奴でしたか?」
「それは………………」
両手で包み込むように手にした温かい緑茶を入れたカップを見つめ、クロという人物について思い出すメルフェルン。
クロという人物は危険です……同性であるシャロンさまの友人である事は認めるとしても、シャロンさまの目は恋する乙女ではないですか……あんな瞳を向けているのは初めて見ますし、可憐で美しく凛々しいシャロンさまが一時の気の迷いで告白でもしたらきっとお受けするはずです……シャロンさまほど優れたインキュバスを他国、いえ、男に譲るなどサキュバニア帝国の威信に関わります!!
シャロンさまの幸せを常々考えてきた自分としてはそれも良いかもしれませんが、クロという人物は多くの女性に囲まれている現状から察するに、ライバルも多いはず……
昨晩も思いましたがビスチェというエルフにルビーというドワーフがクロを見る視線は明らかに心が籠っておりましたし、アイリーンという世界初のアラクネ種の瞳は何やら複雑そうでよくわかりませんでしたが……何かありそうです。エルフェリーンさまは心から気を許していそうですし、キャロットと呼ばれているドラゴニュートは何も考えていないような顔をしていますがああいうタイプが一番危険です。本能の赴くままに行動し輪を乱すはずです!
白亜ちゃんは完全に懐いている所を見ると可愛いのですが、伝説の七大竜王の白夜さまのご息女と考えると………………考えてもよくわかりませんが、癒されます!
ああ、目の前の双月はクロの事をどう思っているのでしょうか? 魔力創造なる力で出されるお酒と料理に手懐けられただけなのでしょうか? 同じメイドとして婚期を心配してしましますが、どうせならシャロンさまの身の安全の為にもメリリさまがクロと婚約でもして頂ければ………………それではシャロンさまが涙する事に……
くっ!? いったいどうすれば円満な解決に導けるのでしょうか……
「あの~途中から声が漏れていますけど……私としては吝かでもないのですが……」
「えっ!? いや、あの、あはははは……」
笑って誤魔化すメルフェルンにメリリは両手で頬を押さえ身をくねらせる。
「メルフェルン」
「ふふぇっ!? シャ、シャロンさま!? ど、どうしてここに……」
急に名を呼ばれ驚き裏声になるメルフェルンに、メリリは空気を読んで笑いを堪えシャロンへと一礼してキッチンの方へと姿を消し、シャロンはメルフェルンの正面のソファーに座ると腰を落とす。
「どうしてここにか……僕はクロさんに手を上げた事に怒っていたけど、クロさんは俺が悪いと言っていましたからこれ以上怒る心算はないです……ですが、あの時クロさんがメルフェルンを助け、その前には転びそうになった僕に身を挺して助けてくれました。そんなクロさんはメルフェルンが凹むだろうからフォローしてくれと……いや、僕だってメルフェルンが心配で……」
「シャロンさま! 不甲斐ない私の為に涙を流すのはやめて下さい! この度の事はすべて私が悪いのです……クロという人物に嫉妬し、お優しいシャロンさまに甘え、助けられたのに暴力を振るい謝罪すら真面にできなかった私が悪いのです! ですか、涙を」
メイドエプロンに常備しているハンカチを差し出すメルフェルンは、シャロンが話の途中から涙を流し口にした事に衝撃を受けていた。それにシャロン自身がメルフェルンを心配して探し追い掛けて来た事に感銘を受け、止まりかけていた涙の勢いが増す。
「それはメルフェルンが使うといいよ」
「いえ、シャロンさまに使って頂きたいのです! 私はメリリさまから頂いたものがありますから……」
勝手に貰った事にするメルフェルンの言葉にキッチン奥から返せよ! と心の中でツッコミを入れるメリリの事は置いて置くとしても、小さな二人の溝は埋まったのだろう。その証拠に二人は笑い、いつもの主人とメイドとしての距離感に落ち着いている。
「あの、シャロンさま、クロさまに謝罪がしたいので涙が治まったら付き合ってもらえませんか?」
「もちろんだよ! 僕も一緒に謝るからね!」
「そ、それはダメです! この度の事は、」
「これでも僕の専属メイドが起こした失態だからね。使用人の罪は主の罪だよ」
優しい声で諭すように言葉にしたシャロンに、メルフェルンの涙はしばらく治まる事はなかった。
「クロさま、先ほどは大変失礼を、申し訳ありません」
確りと頭を下げるメルフェルンにクロは困った表情を浮かべ、今は忙しいから後にしてくれと思いながらハンバーグを裏返す。
「クロさま、代わりますね」
メリリが気を使いフライ返しを受け取ると、シャロンもメルフェルンの横で頭を下げておりクロは慌てて口を開く。
「二人とも顔を上げてくれ。さっきの事なら気にしなくてもいいから頭を上げてくれ」
中庭にBBQコンロとレンガを積み作った即席の竈を使い料理をしていたクロは、湯気を上げる羽釜が気になるのかチラチラとそちらを見ながらも謝罪をする二人に頭を起こすよう声にする。
「いえ、メイドの失態は主である僕の失態ですから……」
「勘違いとはいえ、お世話になっているクロさまに手を上げたのは事実です。どうか、相応の処分を宜しくお願い致します」
「わかったから頭を上げてくれ。罰とか急に言われても……」
≪クロ先輩がエロい顔をしていますよ~≫
「あははは、何があったか知らないけど楽しい罰がいいね~」
「エロい事を言った瞬間に遠くへ吹き飛ばすわ!」
「ハンバーグなのだ!」「キュウキュウ~」
アイリーンの文字を遠くへと投げ飛ばしたクロは変な期待を背負い罰について考える。が、アイリーンとビスチェからエロい事という単語に何を言っても遠くへと飛ばされる気がして頭を回転させつつ羽釜を竈から下ろす。
「えっと……それならシャロンの女性恐怖症対策を手伝ってくれ。段階を経てゆっくりと治療する為の犠牲になってくれ」
クロから出た言葉に顔を上げるメルフェルンの目はキラキラと輝いており「お任せ下さい!」と元気な声を上げる。
≪なんだ、ヘタレですね~≫
「ふぅ……精霊たちも、もういいわよ~」
「あははは、シャロンの為にもなって良い判断だよ~」
「ハンバーグが裏返ったのだ!」「キュウキュウ~」
「そろそろウイスキーの用意もしないとですね!」
各々に好き勝手いう者たちに、激辛にしてやろうかと一瞬迷うも玉ねぎを炒め始めるクロ。
「メリリさんはそろそろ蓋をして蒸し焼きにして下さい。ああ、火力は少し弱めて下さいね」
「畏まりました。蓋をして、火は弱く、と」
先日の収穫祭で購入した大きな鉄板版とその蓋を使いハンバーグを蒸し焼きにするメリリ。
「あの、何か手伝う事はありますか?」
「それならテーブルにコップとフォークをお願いします」
「はい、お任せ下さい!」
はきはきとした返事をして動き出すアルベルタにクロは小さなため息を吐き、シャロンは微笑みながらその様子を確認しクロへと口を開く。
「クロさん、寛大な沙汰をありがとうございます」
「罰とか任せるのなら先に行ってくれよ……慣れない事をすると疲れるからさ……」
凝ってもいない肩を回すクロは炒めた玉ねぎにマッシュルームを加えバターを溶かし入れマッシュルームのスライスに砂糖とみりんに酒を入れアルコールを飛ばしハンバーグのソースを作る。
「ご飯もそろそろ炊けたかな」
羽釜の蓋を取ると湯気を上げる炊き立ての米に無言で頷きしゃもじを使って軽く混ぜ、ハンバーグの様子を確認する。
「弾力もあって流れ出る肉汁も透明ですね。これなら中まで火が通っていますよ」
「はい、楽しみです!」
両手を合わせて微笑むメリリに指示を出し、皿に盛ったライスにレタスを敷きそこへハンバーグを盛りオニオンソースを掛け角切りにしたトマトを添える。
「ロコモコでずね!」
ハンバーグにテンションが上がったアイリーンが思わず口に出し慌てて両手で口を押え、「前よりも上手に発生できているな」と口にするクロ。
≪ちょっ!? あ、ありがとうございます……≫
「早くハンバーグを食べるのだ!」「キュウキュウ!!」
「初めて見る料理です……」
「これはハンバーグと言ってクロさんの料理の中でもトップクラスに美味しい料理だよ」
≪それに炊き立てのご飯ですよ! 同じ釜の飯を食う仲という言葉があって、同じ釜のご飯を食べて仲良くなろうという意味がありますからね~メルフェルンさんに気を使っているのだと思いますよ~≫
アイリーンの文字を目で追うメルフェルンとシャロンはクロへと視線を飛ばし、最後に焦げたハンバーグを自身の皿に盛りつける姿に頭を深々と下げるメリリ。
主であるクロがメイドであるメリリの失敗の責任を取ったのであった。
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