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帰還を拒否した先で見た世界  作者:
第七章 収穫祭
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メルフェルンの涙



 シャロンが正式に錬金工房『草原の若葉』に迎い入れられ笑顔を浮かべた翌日、シャロンの専属メイドであるメルフェルンは朝食を食べ過ぎソファーに体を預けていた。


「これもクロが作る朝食が美味しいのが悪い……」


 クロとアイリーンにシャロンが冬に向けて薪割をする姿を窓から見ながら、ぽつりと漏らした言葉にメリリは小さく笑う。


「うふふ、そういう意見もありますね~私も気を付けないとすぐに太ってしまいそうです」


 メリリの声に振り向いたメルフェルンは彼女の頭から足先までを何度か往復させ、胸以外は痩せているだろと心の中で悪態をつく。


「ふぅ……いつもあんなにも美味しい料理を作るのですか?」


「そうですね~クロさまは素人料理だと言いますが、私からしたらどの料理も初めて食す料理で最高のものに思えますね。昨日食べた即席ラーメンや粉にお湯を入れて作るスープにレトルトカレーなる料理も美味しいのですが、やはりクロさまが作る料理の方が美味しく感じますね~恐らくですが、愛情が入っているからでしょう!」


 両手を頬に付けながら叫ぶメリリに阿呆かと思いながらも、今朝食べた温かな蕎麦という料理に驚き五杯もおかわりをして食べた事を悔やむ。


「引っ越ししてきたからな。朝食は引っ越し蕎麦にしてみました」


 そういってシャロンとメルフェルンの為に作られた温かい蕎麦を嬉しそうに食べるシャロン。シャロンを見ていたメルフェルンは王宮ではあまり見ない本当の笑顔を嬉しく思うが、その笑顔を引き出したクロという男を危険視していた。


「今朝食べた蕎麦に入っていた山菜などは乾燥し保存していたものを態々水で戻して作っておられましたよ。それに早くから起きて出汁を取りスープを作っておられましたね。天ぷらと呼ばれる料理の下ごしらえは私がしたのですからね~うふふ」


 楽しそうに笑うメリリ。


 この双月もよく笑いますね……私の知る双月は冒険者の中でも気が短く、絡まれれば血の雨が降ると呼ばれ………………

 確かにエビテンなる天ぷらは美味しかったですが……双月といえばギルド襲撃事件で一躍有名になり『悪鬼と剛腕』のライバルとして……先日はその人たちも見たなぁ……悪鬼に剛腕と双月が組んで戦うとか……子供の頃は早く寝ないと悪鬼と剛腕が街を襲いに来るぞとよく言われたっけ……その伝説と肩を並べて戦うとは……

 この目で見たわけではありませんが巨大イナゴを串刺しにしたのがクロというのも……確かに巨大な見た事のない鉄の塔がありましたが……高熱で半分溶けている姿に腰を抜かしましたね……

 しかもそれが全て魔鉄だとかで細かくしてサキュバニア帝国に運びましたがクロ一人のアイテムボックスに全て入るとか、驚いて顎が外れそうになりましたよ……

 料理ができて、戦いができて、シャロンさまの心を掴むとか……今だってシャロンさまと薪割をして楽しそうに……


 窓から見えるクロとシャロンは薪割をしながら話しをしており、その場にアイリーンもいるのだがそれは目に入っていないのか悔しそうに奥歯を噛み絞める。


 本来であれば私が薪割をしてシャロンさまと親交を深められるというのに……


「そろそろお腹が落ち着きましたか? もしそうであればお茶でも入れますが」


「えっと、はい、いただきます」


 窓から視線を戻したメルフェルンは自身のお腹に手を当てながら応えると嬉しそうな表情でキッチンへと去るメリリ。

 アルベルタは視線を窓に戻すと衝撃の光景を目にする。


 クロがシャロンの下敷きになっており、思わずソファーから立ち上がり血走った瞳で見つめると、窓へと駆け寄り勢いよく窓を開け、窓枠に足を掛けるとこちらに振り向くクロ。


「クロさん! 大丈夫ですか!?」


「俺は大丈夫だが、あっちが大丈夫じゃなさそうだぞ」


≪ありゃりゃ、今、窓枠に頭をぶつけましたね……あれは痛いですよ~それよりも、ほらほら、続きをどうぞどうぞ!≫


「どうぞじゃねーよ! 早く行って回復魔法をかけてやれ、ったく……はぁ……」


 アイリーンも血走った瞳でシャロンがクロを押し倒す所を見つめており、それを手を振って追い払うクロ。


≪仕方がないですね~≫


 総文字を残して窓枠に頭を強打したメルフェルンへと駆けつけるアイリーンは頭を押さえて涙目になっているメルフェルンへとハイヒールをかけ暖かい光に包まれる。


「ううう、こんなに痛いのは久しぶりです……回復魔法をありがとうございます……」


 立ち上がったメルフェルンは視線を押し倒されていたクロへと殺気の籠った瞳を向けるが、二人は既に立ち上がっており睨まれるクロは首を傾げ、そんなクロへと詰め寄ろうと歩を進める。


「薪が転がっていて危ないですよ!」


「気を付けてメルフェ、わぁ!?」


 二人の注意を無視してクロへと血走った瞳を向けていたメルフェルンは薪に躓き体制を崩し、慌ててクロが抱きとめる。


「大丈夫ですか?」


 抱き締める形になりながらも転倒を免れたメルフェルンは口をパクパクと動かし取り乱しており、クロに抱き締められたまま誤作動を繰り返している。


「僕の次はメルフェルンが救われたね!」


 嬉しそうに話すシャロンも先ほど薪で転び、クロが咄嗟とっさに助けたのだがバランスを崩し覆いかぶさる形になったのだ。


≪メイドにまで手を出すとは流石ですね~≫


 アイリーンからの文字が飛び慌ててクロはメルフェルンから離れようとするが、頬に痛みを感じ鋭い平手打ちがクロの頬を捉える。


「にゃにゃにゃにをするのですか! この変態! シャロンさま、危険人物から離れますよ!」


 素早くシャロンの手を引こうとするがその手は空を切り唖然とするメルフェルン。


「メルフェルン! クロさんは転びそうになったメルフェルンを救ってくれたのに、どうして頬を叩いた! クロさんに謝れ!」


 いつもはポヤポヤとしているシャロンの口から出たとは思えない怒声にメルフェルンは固まり、クロは綺麗に手形のついた頬を摩りながらも口を開く。


「いや、今のは俺が悪いって。シャロンが転んだ時に素早く薪を片付けるべきだったからな」


「いえ、暴力を振るったのはメルフェルンです!」


「それでも未婚の女性に抱き着いたと思われたら俺が悪いって……イテテ……だからそんなに怖い顔をするなよ……」


「は、はい……でも、クロさんに謝るべきだと……」


≪安心して下さい。クロ先輩は叩かれても喜ぶタイプです!≫


 アイリーンから飛んできた文字を掴み明後日の方向へ投げるクロ。メルフェルンは小さな声で「すみません……」と呟くと屋敷へと逃げ出すように走り出す。


「クロさんすみません……僕が気を付けていれば……」


「ああ、気にすんなよ。ただ、メルフェルンさんは凹んでそうだからフォローしてやれよ」


 頬を撫でながら口にするクロは落ちている薪を拾い集めながらアイテムボックスへと入れ、アイリーンが糸を飛ばし遠隔ヒールを施すと手を軽く上げ「おお、痛みが引いた。助かったよ」と礼を述べる。


≪私も良いものが見られましたからね~≫


 アイリーンはどこまで行ってもアイリーンであった……





「まったく何をやっているのですか……はい、緑茶です」


 リビングへと戻ったメルフェルンを迎えたメリリは湯気の上がる緑茶をテーブルへと置くと、一連の事を見ていたのか呆れた声を上げる。


「うっさいですよ……ああ、もう最低です……クロさんに抱き締められ、シャロンさまには手を避けられ……どんな顔をしてお世話をすればいいのか……」


 ソファーに腰かけ自然と流れて来る涙にメリリがハンカチを手渡され、はじめて泣いている事に気が付いたメルフェルンは涙を拭う。


「シャロンさまが手を避けたのは女性恐怖症だからでしょう。それにクロさんは転びそうになった貴女を助けたのですよ」


「わかっています。わかっていますよ! だけど………………うえぇぇぇぇぇぇぇん」


「貴女は子供ですか……はぁ……ココアの方が良かったですかね……まったく、同じメイドとして情けないですね……」


 声を上げて泣くメルフェルンにリビングに入って来たシャロンは、複雑な表情を浮かべながらその泣き声を耳にするのだった。





 もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。

 

 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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