腰痛の父とシャロンの旅
天界から戻ったクロたちは聖女と共に二階から降りると教皇の話も終わったようでひそひそと話す声の中を進み、昨日会った依頼人に声を掛けられた。
「クロさん!」
その声は基本静かな教会内で響き視線を集めるが、子供の声という事もありすぐに関心をなくす民たち。一部のシスターなどは使徒と勘違いしているのか瞳を向けたままであるが、声を上げたエイラが駆け寄りクロは手を振りながら再会を喜ぶ。
「おう、昨日ぶりだな」
≪昨日はお疲れ様ですね~あれ? マイラさんは?≫
「お母さんはお父さんのお見舞いに来てるの……」
「ああ、腰を痛めたとか言ってたな……」
「うん……回復魔法も一度じゃ効果がないぐらい悪いみたいで……最悪はお母さんと二人で帰ってお父さんは良くなってから帰って来るかもって……」
話しながらも次第に俯き涙が流れるエイラに膝を折ったアイリーンは優しく頭を撫でる。
≪それならお姉ちゃんが観てあげよう! お姉ちゃんは凄い回復魔法が仕えますからね~≫
顔を上げたエイラが涙で滲んだ瞳で浮かぶ文字を捉えるとアイリーンに抱き着き「ありがとう」と口にして更に涙の量が増え、そのまま抱き上げるとエイラの案内で教会内を進む。
「ここの部屋にいます……」
エイラに案内され辿り着いた部屋にノックをするとドアはすぐに開き、中にはシスター二人とベッドに横になり回復魔法を掛けられている男と、昨日一緒に屋台を頑張ったマイラの姿があった。
「クロさんにアイリーンさん!? 聖女さまに王女さまもっ!? えっ、あの、どうなさったのですか?」
驚きの声を上げるマイラに聖女が人差し指を立てて唇に当てると「すみません」と声を上げて頭を下げる。
≪エイラちゃんから話は聞きましたよ~回復魔法なら私に任せて下さい!≫
「昨日は浄化魔法を受けましたが……アイリーンさんは回復魔法も使えるのですか?」
≪ふっふっふ、これでも私はそこそこ凄いんです!≫
浮かんだ文字に笑いを堪えるクロ。施術をしていたシスター二人は訝し気な表情を浮かべるが聖女は以前エリアヒールを使った場にいた事もあり、シスター二人に視線を送り下がるよう指示を出す。
「ううう、お嬢さんたちが昨日屋台を手伝ってくれたと聞いたが……おお、暖かい光だ……」
苦痛に顔を歪めていたエイラの父にアイリーンがエクスヒールを唱えると柔らかな光に覆われ驚きの声を上げる。
「これは温かくて……ん? 痛みが……」
うつ伏せだった男がベッドから起き上がると腰の調子を確かめる痛みがない事に驚き、マイラはそんな夫に抱き着きエイラもアイリーンから離れ父に抱き着く。
「貴方!」
「お父さんが立った! お父さんが立ったよ!」
二人に抱き着かれた男はアイリーンに向け頭を下げ、マイラとエイラも抱き着きながら頭を下げる。
「アイリーンさんありがとうございます……」
「アイリーンお姉ちゃんありがとう!」
≪いえいえ、ちょっと回復魔法が得意なだけですから~≫
微笑みながら文字を浮かせるアイリーン。その様子を同じく微笑みながら見つめるアリル王女とメイドのアルベルタ。聖女も同じく微笑みを浮かべるが、顔を引き攣らせたのは回復魔法を使っていたシスターの二人。
「あ、あの、今のは回復魔法が得意というレベルではないと思うのですが……」
「ハイヒールよりも強い魔力を感じましたが……」
≪エクスヒールと呼ばれる回復魔法ですね~腕が千切れても生えてきますよ~≫
浮いた文字を見つめ目を見開くシスター二人。聖女もやや動揺しているのか近くにいたアリル王女の頭を撫で、アリル王女は目を細める。
「おお、魔獣に噛みつかれた傷跡まで治っているぞ!」
男は自身の袖をめくり驚きの声を上げ涙する妻のマイラ。
「わ、私を守ってくれた傷まで治っているわ……ううう、アイリーンさん、あり、ありがとうございます!」
「良かったね! これでまた薪割ができるね!」
「ははは、そうだな! 父さんも頑張らないとな!」
涙しながらも笑顔を浮かべ喜ぶ一家の姿に小さな感動をするクロはそっと部屋を出て行こうと後退するが、マイラが何かを思い出したのか口を開く。
「あっ!? そうです! 商業ギルドから出していた料理について聞かれまして、魚の唐揚げを商標登録しないかと声を掛けられまして、冒険者ギルドに報酬を受け取ったら商業ギルドの方にも足を運んでもらいたいと……冒険者ギルドの職員には伝えてありましたがどうなさいますか?」
「ん? 魚の唐揚げの商標登録ですか?」
「はい……今朝は色々な方から今日は屋台を出さないのかや、いつ販売するのかと聞かれまして……再販を希望する声を多く頂きました……」
「みんなに美味しかったって! また食べたいって何度も言われたよ!」
「そんなに美味かったのなら俺も食べて見たかったよ」
二人の肩を抱きながら話す男。
「それなら商標登録はしないでレシピだけ伝えてきますよ。みんなで作れるようにすればどこでも唐揚げが売り出されると思いますし、新しい料理がもっと生まれるかもしれませんから」
クロの言葉に目を丸くするマイラ。
「なっ!? 商標登録はするべきですよ! そうすれば唐揚げの利権で大金が……」
「ああ、お金はそれなりにありますから……」
≪これでも私たちは冒険者『草原の若葉』ですからね~定期的に狩る魔物の素材や錬金による薬の販売で儲けていますからね~≫
「王家にも商品を卸していますからその辺の貴族よりもお金を儲けていますね。ですからみなさんで作って頂ければなと……」
「そういう事でしたら……あの、春にはまた屋台を出しますので御助力して頂けませんか?」
「春の祭りですか?」
「新年祭ですね。秋の収穫祭と春の新年祭が大きなお祭りになります」
「そうですね。大変でしたが楽しかったので……ああ、でも、俺たちの師匠は気分屋ですから師匠の許可が下りたら手伝いますよ」
そう言いながらもエルフェリーンが真っ先に引き受けた事を思い出すクロ。
「それはありがとうございます。次は一万匹を売り上げましょう!」
目が金貨になっているマイラに数歩後退するクロとアイリーン。エイラは喜び、男は「それなら魚を育てないとだな」と声に出し笑い出す。
「クロ! やっぱりクロだ!」
「クロ! 飴ありがと!」
「クロ! ありがとー!」
昨日、聖女に預けた飴のお礼を口々に叫ぶ子供たちに「ここは病室だから静かにな~」と声に出すクロ。その言葉に子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行き、クロたちも教会を後にするのだった。
「シャロンさん、また来て下さい!」
「うん! 是非ともまた語り合おうね!」
グリフォンの背に乗ったシャロンと専属メイドのメルフェルンはロンダルに手を振り返す。ロンダルの家で一泊した次の日は山に掛っていた黒く厚い雲も姿を消し、代わりに真っ白く変化した山が視界に入る。
「気を付けなさいよ~」
「エルフェリーンさまに宜しく言って下さいね~」
チーランダとポンニルも大きく叫び手を振り返すシャロンたちはグリフォンの羽ばたきにより上空へと消えて行く。
この山を越えて行けば魔の森……前はワイバーンに何度か襲われたけど、フォンフォンとファンファンがいれば問題ないだろう。早くクロさんに会いたいな……
上空に上がれば気温が下がるが、グリフォンが本能的に施す風の結界により寒さはあれど強風に吹かれ続ける事はなく、厚手のコートと手袋にマフラーといった真冬装備でも十分に耐えられるものであった。
山を越えると白い大地が続き、時折魔物の叫ぶ声や威嚇する鳴き声などが耳に入り身を竦め警戒するが、その鳴き声は地上での縄張り争いが殆どであり上空を行く二人には無縁のものであった。中でも冬眠前のキャッスルベアと呼ばれる十メートルに届く背丈の熊と、リトルフェンリルと呼ばれる白く放電する数匹の狼の戦いを視界に捉えた時は体が硬直し、後ろからはメイドのメルフェルンが悲鳴を上げるほどであった。
そんな危険な森の上空を数時間ほど進み続け荒野が視界に入り、ホッと息を吐くシャロンとグリフォンに抱き着きいつの間にか気を失っていたメイドのメルフェルンは目的地である錬金工房『草原の若葉』へと辿り着くのだった。
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