食べ過ぎと教会へ
二時間ほどかけて和洋中の玉子焼きを完成させたクロとコック長たち。
鰹節がないので昆布を使った出汁の取り方や、鳥を使った鳥ガラスープの出汁の取り方に、かに玉などの餡かけの作り方なども確りと伝えるとコック長とその弟子たちは色々と応用が利くと喜び、礼を言って自分たちの戦場へと戻って行った。
「暫く玉子焼きは遠慮したいですわね……」
「どれも美味しかったですが、玉子の味は飽きましたわ……」
「オムレツが美味しかったです!」
「名前を書いて頂けたのが気に入ったのね。私はかに玉と呼ばれていた餡の掛かったものが美味しかったです」
王族の女性たちも散々玉子料理を食べ続け貴賓室の一角でソファーに深く体を預け休み、エルフェリーンたちもお腹がいっぱいなのか感想を言う事もなく満足げな表情で消化に専念している。
「食べ過ぎて動けないのなら一人で教会へ顔を出しに行きますが、師匠たちはこのままゆっくりしますか?」
昨晩は逃げ回った挙句に城へと強制連行されたクロは聖女から後で教会へ顔を出すように言われた事を思い出し、一人でも向かうべきだと玉子料理をしながらも気になっていたのだ。
「僕はこのままゆっくりするよ~キャロットと白亜もお腹がいっぱいで寝てしまっているし、ルビーは食べ過ぎてトイレに駆け込んでいるからね~」
「うぷっ……私は中庭の庭園にいる精霊が少し気になるから、気を付けて行きなさいよ」
≪私は一緒に行きます! 子供たちと会えるのは嬉しいですから……≫
アイリーンだけはクロと教会へ行く事を希望し、他の者たちは残りゆっくりと過ごすことを選択する。
「はい! 私もご一緒したいです!」
ぴょんとソファーから降りたアリル王女が元気に手を上げ王妃二人が驚きながらもクロへと視線を向け、その視線を受けたクロはどうしようかと悩みながらもハミル王女へと視線を向けると笑顔を返され、アイリーンに向けるとこちらも笑顔を返す。
「えっと、教会へ行っても楽しい事はないと思いますよ……」
「そうなのですか? 前に行った時は神さまがいっぱいでしたよ?」
クロを見つめ天界へと行った時のことを思い出して口にするアリル王女にハッとする王妃二人。
「そういえば……ありましたね……」
「アルベルタからの報告にありましたが……アルベルタは」
「はい、ここに居ります」
貴賓室の入り口では数名のメイドが待機しており、残した玉子焼きを食べ嬉しそうにしていたのだ。
「今回も神様たちの元へ向かう事になる可能性もあるのですか?」
「おそらくは……前にアリル王女さまが行った時は孫を可愛がるようにチヤホヤしていましたよ。ただ、飲み会に発展する可能性が高く、子供を連れて行くのは……」
「あの時は神さまからお酌され恐縮してしまいました……神さまから進められては断る事も出来ず……」
「日本酒とお寿司を作りましたね……百九柱分用意しましたよ……」
アリル王女の専属メイドであるアルベルタは恐縮した表情で話し、クロも思い出しながら口にしてアリル王女は笑みを浮かべる。
「また神さまに会いたいです! 会ってお礼が言いたいです!」
アリル王女が笑顔で口にした言葉に首を傾ける王妃二人。クロも神さまにお礼を言うようなことがあっただろうかと思案する。
「アリルは神さまにお礼がしたいの?」
「はい、神さまにお願いしました! みんなが仲良く暮らせるようにって、お願いしました! だから、みんな仲良しです!」
アリル王女の願いの純粋さに王妃二人は柔らかい笑みを浮かべ、エルフェリーンもニコニコしながらソファーから体を起こしてアリル王女の横に立ち、その頭を優しく撫でる。
「アリルは優しい良い子だね。僕も常々思っているぜ~みんなで手を取り合い暮らせればいいと……無駄な争いよりも、みんな笑顔で暮らせるのは素敵な事だよ……」
エルフェリーンに頭を撫でられ目を細めるアリル王女。
「私もマヨを使い世界の平和を常々祈っているのですが……やはり民への普及を勧めないとですね……マヨを使った料理の普及活動も行わなければ……」
ハミル王女の呟きを耳にしたクロは自分が発端何だと後悔しているが、ハミル王女は卵の量産をすべく動き出しており他国の養鶏業を学び国王を説得して玉子の値段を下げるべく活動している。他にもワインビネガーの量産などにも手を付けておりクロが思っているよりも現実味を帯びているのだ。
「あははは、ハミルは面白いね。玉子が安価になればみんな喜ぶのは間違いないよ~」
「はい、マヨを世界に広めたいと思いま……うぷっ……食べ過ぎました……」
戻って来るものを慌てて押さえ飲み込み、メイドから水を貰い落ち着きを取り戻すハミル王女。どんなに美味しい料理も食べ過ぎるのは体に良くないのである。
「では、アリル王女さまとアイリーンで行ってきますね」
「お待ちください! その前にこちらの玉子料理の味見をっ!」
貴賓室のドアが開きワゴンには先ほど作った様々な玉子料理が置かれ、叫んだコック長はクロを引き留める。
「どうか味見だけでもお願いできませんか!」
「今あるもので再現いたしましたので味見をお願いできませんか!」
弟子たちからも懇願されたクロは苦笑いを浮かべながらも名案が浮かび口を開く。
「それでしたらこれから教会へ行きますから、神さまたちに味見をして頂きましょう!」
そう口にすると頭を下げていたコック長とその弟子二人は顔を上げて目をぱちくりとさせ、クロはアイテムボックスへとワゴンごと収納すると逃げるようにその場を後にする。
アリル王女が天界へと向かった事は内密にされているのだが、一部の者たちには有名な話であり専属メイドのアルベルタが証人となり聖女が極秘に国王と密会し事実であると証言をしているのだ。その一部の者であるコック長とその弟子たちは驚きのあまりにフリーズし、数分間はそのままの姿勢で立ち尽くしたという。
教会へと向かったクロはアリル王女にアイリーンと専属メイドのアルベルタを連れ徒歩で教会を目指す。本日はまだ収穫祭二日目であり貴族であっても馬車の使用が禁止されているエリアが多いのである。
馬車の代わりとしてアリル王女を背負うアイリーンは妹がいたらこんな感じなのかと思いながら嬉しそうに足を進め、それを取り囲むよう冒険者に変装した近衛騎士団も徒歩で付いてきており安全面は問題ないだろう。
正午少し前という事もあり活気付く屋台エリアを進み、教会へと到着すると多くの民が教会から無料提供されているスープやパンを受け取り盛り上がっている。その対応に追われるシスターや子供たちに軽く会釈や手を振り教会内に入ると神聖な空気に包み込まれ、多くの者たちが祈りを捧げる礼拝堂では教皇が説法をしており、ありがたい話に耳を傾けている。
「クロさま、こちらへどうぞ」
ひとりのシスターが慌ててクロへと駆け寄ると案内をしてくれ、教会関係者しか入出できないエリアへと向かうクロたち。二階に上がりひとつの部屋の前で立ち止まったシスターがノックをすると扉が開き、中からは聖女が現れ「お待ちしておりました」と優しい笑みを浮かべる。
「収穫祭は教会もお忙しいのですね」
挨拶を交わすとアリル王女が口を開き微笑む聖女は口を開く。
「そうですね。収穫祭は皆で祝うものですから、教会としては無償で料理を提供し少しでも楽しい時を過ごす御助力をさせて頂いております。昨日頂いた飴も子供たちに配り大変喜んでおりましたよ」
優しい笑みに少し赤みが入った聖女は貴族用の祭壇のある部屋へと移動し、クロたちは何度目かになる天界へと向かうのだった。
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