屋台の終わりとシャロンの旅
空にオレンジの色が差し始めると糸を使って魚を三枚に下ろしていたアイリーンから文字が飛び、忙しく魚を上げていたクロはやっと終わりの時が近づいた事に喜びを覚える。
「マイラさん! 魚が残り少ないようですがアイテムバッグに入れた凍った魚は他にないですよね?」
「はいぃぃぃぃ!? あれだけあった凍った魚が終わるのですかっ!?」
≪二千匹までは数えましたが、そこからは無心で三枚に下ろしました……≫
「風の精霊も魚はしばらく見たくないと言っているわね……」
「私も骨を取る作業はもうしたくないです……骨ぐらい一緒に食べたら良いのですよ!」
マイラが驚きの声を上げて揚げ作業から離れアイテムバックに在庫量を確認しに動き、笑顔で売り子をしていたエルフェリーンが声を上げる。
「魚の唐揚げはもうすぐ終わるからね~いや~疲れたね~」
後半は横にいるクロに話し掛けながら笑顔を見せるエルフェリーン。桶に入れ下味を付けている魚とアイリーンが捌いている魚にエイラとビスチェにルビーが毛抜きで骨を抜いている魚を見て在庫量を計算するクロ。
「アイテムバッグには残りはありません! 快挙です! 五千匹の魚が売れました……」
≪じゃあ、これが五千匹目ですね……はぁ……疲れました……≫
最後の一匹を捌き終えたアイリーンは黒く染まり始めた空を眺め、その半身を受け取ったルビーとエイラは毛抜きを使い骨を引き抜き、ビスチェが下味を付けた樽へと入れる。
「残りは十五匹分だから五十枚だな。骨煎餅はまだまだ作れるが……」
「それなら早く教えた方がいいわね」
下味を付けた樽をクロの横へと運んだビスチェが列を作る客たちへと視線を向ける。
「アイリーン、悪いが糸で売り切れだと分かるように屋台の上に文字を浮かべてくれるか」
≪任せて下さい! そっちの任務の方が私向きですね!≫
笑顔で引き受けたアイリーンが屋台の上に≪クロの魚唐揚げ売り切れ!!!≫と文字を浮かべると、列を作っていた冒険者や酒飲みたちから非難の声が上がる。
「ふざけるな! どれだけ待ったと思ってるんだ!」
「そうだそうだ! あれだけ自慢されたら食いたくなるだろ!」
「お前はさっきも食ってただろうが!」
「何だと!?」
そんな声が上がり始めると笑顔のビスチェと接客をしていたエルフェリーンが歩き屋台の前に向かう。
「在庫がないから売れないのよ! 文句があるなら掛かって来なさい!」
「僕も祭りは楽しむべきだと思うぜ~暴れたいのなら何でもアリでお相手するぜ~」
笑顔を浮かべる二人に冒険者たちはビクリと体を震わせて数歩後退し、中には素早く土下座の姿勢を取る者や悲鳴を上げる屈強な男たち。
「帝国潰しに暴風のビスチェが相手してくれるとは見物のし甲斐があるってもんだ!」
「若い連中は『草原の若葉』を舐めている奴もいるからな! いい機会だし挑戦してボロボロに負けて来い!」
無料のワイン片手に叫んだのは王都の冒険者ギルドマスターと王都のダンジョンを任されているギルドマスターであり、その言葉に顔を青ざめる冒険者たち。
「そこは止める所だろ……」
魚を揚げ続けるクロの言葉は静まり返っていた場に良く響き、笑い声を上げるギルドマスターの二人とまわりの祭りを楽しむ者たち。
「売り切れとは残念なのである……」
「筋肉仲間のクロ殿が作る料理に興味があったが……」
日も落ち気温がぐっと下がり始めたのに上半身裸で現れたのは『ザ・パワー』の冒険者たち。彼らは以前のダンジョン採取でお世話になった事もありクロが声を掛けようとしたが、フラッシュバックする苦い思い出……
「ふっふっふ……またクロにあ~んしにきたのね!」
≪クロ先輩との熱い友情がまた見られると思うと、胸が熱くなりますよ~≫
腐ったエルフと前世でも腐っていたアラクネの言葉に苦笑いを浮かべるクロは、アイテムバックを大事に抱えたマイラの後ろに回ると「あとはお願いします」と口にしてその場を離れる。
「えっ!? あ、はい……どうしたのでしょうか?」
「トラウマを払拭するのは大変ですからねぇ……」
ルビーが逃げ出したクロを見つめ言葉を漏らし、鼻息を荒くしていた腐った二人は並んでいた客の対応に戻り、残りの唐揚げも見事完売するのであった。
シャロンとメルフェルンがターベスト王国へと入り二日が過ぎグリフォンは高度を下げ小さな村に降りると、村人たちが麦を刈り取る姿が目に入り多くの若者から老人たちが汗を流していた。
「この辺りは少し寒いですね」
本来ならこの村には寄らず山を越える予定であったのだが、黒い雲が遠目に見え無理せず村で一泊する事にしたのだ。
「あの山からの季節風が雪を連れて来ると母さんも言っていたよ」
グリフォンから降りた二人は手綱を引きながら歩き村の門へ向かうと麦を刈っていた子供たちが声を上げる。
「すげー魔物使いだ!」
「ばか! あれは神獣と呼ばれるグリフォンさまだよ!」
「おっきな鳥さん!」
「ん? あれってシャロンさま!?」
子供たちの叫びに麦刈りをしていた大人たちも視線を向け、シャロンの名を叫ぶコボルトの少年は鎌を手に手を振る。
「シャロンさま、あの方とはお知り合いなのですか?」
手を振る少年を訝し気に見つめるメルフェルンにシャロンも空いている手を振り返す。
「ロンダル! 久しぶりってほどじゃないけど久しぶりだね!」
笑顔を向けるシャロンにロンダルが近づき頭を下げ、大きな声でコボルトの子供たちにはグリフォンに近づかないよう注意を促すポンニル。
「ほらほら、子供たちは麦刈りだ! 悪い子はグリフォンに食べられちまうからな!」
集まり始めた子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、ロンダルはシャロンと握手を交わす。
「この村に泊まるのですか?」
「あの雲だからね。できれば泊まりたいのだが宿屋はあるかな?」
山の上に黒く広がる雲へと視線を向けるシャロン。
「ならうちに来ればいいわよ! エルフェリーンさまのような大きな屋敷じゃないけど二人ぐらい泊められるわ!」
ツインテールを揺らしながら現れたチーランダの言葉に「お願いできますか」と返すシャロン。
「クロみたいに料理が得意じゃないけどね」
「クロさんの料理は別格ですから……王宮でもクロさんほどの料理は出ませんよ」
チーランダとシャロンで笑い合っているとロンダルのお腹からキュウと小さく鳴り顔を染めポンニルも含めて笑い合う。
「もうすぐ終わるからロンダルは家に案内してきな。長老には友人が一泊すると伝えなよ」
「はい、ではシャロンさんに、えっと……」
「メルフェルンです」
「メルフェルンさん、行きましょう」
「ああ、お願いするね。それにしても『若葉の使い』たちの村だったとは助かったよ」
「小さな村ですからあまり持て成しもできないと思いますが、ゆっくりして下さいね」
そう言いながら村へ向かうのだった。
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