営業開始と宣伝方法
三枚に下ろした魚に塩を振り出てきた水分を取り、日本酒と生姜と塩コショウを入れた液に漬け込み十五分ほど寝かせ、片栗粉を付け油で揚げる。それをバットに網を敷いたものの上に乗せて油を切る。バットの下には火のついた炭が置かれ冷える事はなく温かいままお客に販売ができる。
「こんな感じですね。味はどうですか?」
試作品を口にする母親のマイラと娘のエイラはさっくりとした魚の唐揚げを口に入れると目を見開き、次を口にしてハフハフと息を漏らしながら熱を逃がして夢中で半身を食べ終える。
「美味しい! これ美味しい! 今までの魚の串焼きよりも、ずっと美味しい!」
「本当に美味しです……これなら皆さんに喜んでもらえそうです……」
少女のエイラは両手を上げて喜び、母親であるマイラは涙を流しそれを手で拭う。
「これは売れるのだ!」
「キュウキュウ~」
キャロットと白亜もご機嫌に魚の唐揚げを口に入れる。
「このバットで油を切って下に敷いた炭のお陰で温かいまま提供ができます。バットは熱いので注意して下さいね」
「は、はい」
「あとはこの紙のカップに二つ入れて串を付けて売りましょう。串焼き用の串を使えますね」
紙コップはクロが魔力創造したもので、それに添える串は串焼き用の物を使用し手で持ち食べられるようにしたのだ。
「人が集まるまでは魚の下処理と揚げ方を練習しましょう」
「はい、宜しくお願いします」
≪私も食べたいのですが……手がこれで……≫
魚を三枚に下ろしていたアイリーンから文字が飛び、クロは串に刺した魚の唐揚げを冷ますと口に向ける。
≪サクサクで美味しいですね! 生姜の風味で生臭みがありませんし、身がふっくらとして美味しいです≫
頬を軽く染めたアイリーンにビスチェが口を尖らせながらも、ナイフで魚の頭を切り落とす。
「ビスチェも食べるか?」
クロなりに気を使い声を掛けると振り向きコクリと頭を下げるビスチェ。串に新たな魚の唐揚げを差して息を拭き冷ますと、ビスチェの口元に運ぶ。
「あむ……お、美味しいわね……鳥と違ってふっくらしているわ……」
赤くしながらも最後まで口に入れたビスチェに、クロは満足げに頷き作業に戻る。
「それでは揚げていきましょう」
「はい、お願いします」
「下味を付けた魚に片栗粉をまぶし一度に入れ過ぎないように注意して下さいね。一度に入れ過ぎると油の温度が下がり衣がベチャベチャになったり剝がれやすくなったりします。逆に油の温度が上がり過ぎると焦げたり、火災の原因になったりしますからね」
「そ、それは気を付けないとですね……」
「あとは、こまめに浮いている剥がれた衣や沈んでいる衣も取りましょう。それらも焦げると風味が損なわれますから」
「はい……あの、鍋を増やして何を揚げて……骨?」
マイラが言うように唐揚げを揚げる鍋と油を切るバットの間には小さな鍋が置かれ、その中にはアイリーンが取り除いていた魚の背骨が粉を付けられ揚げられているのだ。初めて見た者には不思議に思うだろう。
「ああ、これは骨煎餅といって、中骨がもったいないので同じように粉を付けて揚げたものです。揚げるのに時間が掛かるので別の鍋にして低温でじっくり揚げます。最後に塩を振って揚がったら試食して下さいね」
「骨まで料理するのですか……凄いですね! これなら捨てていた部分まで商品になります!」
「試食して美味しかったらにしましょうね」
「はい……ですが、これなら売り上げも……」
村の期待を背負い商売にきたマイラにとっては収入が増える事は大きく、塩や農具に服と買いたい物は多くあるのだ。収入が増えれば買える量も増え、村の皆が喜ぶ姿が頭に過る。
「これがみんな売れれば、今年の冬は暖かく過ごせるね!」
「そうね……クロさんたちのお陰です……うぅぅぅ……」
娘のエイラの言葉に涙を流す母親のマイラ。小麦などが豊作でも税金と自身たちで食べる量を覗けば売りに出すほどの小麦はなく、こうして魚を育て村単位の希望を背負い出稼ぎに来ている者は多い。服などは高級品であり買っても中古品なのだが、それでも多く買って帰れればと期待しているのだ。
「まずは売らないとですね……ここは場所がな……」
クロが軽くぼやき周りを見渡すと、警備隊が遠目に見え町中というよりは城門に近く人通りは少ない。それでも魚の焼ける煙に誘われてやって来る客もいるのだが見慣れない料理を確認すると離れて行き、売り上げはまだゼロである。
「なあ、キャロット」
「何なのだ?」
「キュウ?」
ひとりで暇をしていたキャロットはアイリーンが糸を使い三枚に下ろす姿を見つめており、クロに声を掛けられ振り向きリュックを前にしている事もあり白亜も鳴き声を上げる。
「あそこの門で警備している人たちにこれをタダで配って来てくれ」
「タダで配って来る? もったいないのだ! それなら私が食べるのだ!」
「キュウキュウ!」
タダで配るとは何事かと強い瞳を向けるキャロットと白亜。露店の親子も驚きの表情をするが、目の前に文字が浮かぶ。
≪タダで配って味を宣伝するのですね。門番さんの所なら人が通り食べている唐揚げに感心を持つかもしれませんね。休憩時間に仲間を連れて来てくれるかもしれませんよ≫
文字を読み上げるキャロットは「策士なのだ……」と関心の声を上げ、クロから受け取ると走って門番たちの所へと向かう。
「売り上げの為の投資です。あとは知り合いの冒険者でも通れば……おっ! お~い!」
クロの視線の先にはコボルトの女性三人組がおり、クロの声に耳をピクリと反応させるとダッシュでこちらに向かって来る。
「よお! クロがついにお店を出したんだね!」
「今日は依頼だよ。それよりもこれを食べてくれ」
カップに入れた魚の唐揚げを渡すクロ。受け取った冒険者の『疾走する尻尾』たちは初めて見る魚の唐揚げに戸惑う事なく口に入れる。
「何これウマッ!」
「サクサクしてる魚だな!」
「これは酒に合わない訳がない!」
「だろ、良かったら買わないか? 価格は二枚で銅貨五枚だ」
クロの作戦に引っ掛かった『疾走する尻尾』たちは顔を見合わせて口を開く。
「それなら十個! 前にお世話になった冒険者と落ち合うからさ、そいつらの分も今買わせてよ」
「おお、毎度あり! すぐに用意するから、これはサービスだ」
そう言って骨煎餅を三本入れた紙コップを渡すと疑う事なく口に入れる三名。以前、ダンジョンでクロの料理を口にしていた事もあるのだろうが、エルフェリーンがリーダーを務める『草原の若葉』が出す料理は美味しいはずという先入観と信頼からか口に入れると魚の唐揚げを食べた時よりもリアクションが良く、両手で頬を押さえる『疾走する尻尾』たち。
「これ美味いよ! 本当に美味いよ!」
「サクサクしていて塩味が濃くて!」
「これは売ってないの? これも十個欲しい! 私の分として十個欲しい!」
「なっ!? それなら私も十個買うよ!」
「私も個人的に買います!」
骨煎餅が気に入ったようで口々に追加注文をする『疾走する尻尾』たち。すると後ろからキャロットが戻り元気に口を開く。
「警備のおっさんから追加注文なのだ! 魚の唐揚げを十五個なのだ!」
「キュウキュウ~」
大声で使い注文を叫ぶキャロットと嬉しそうに鳴く白亜に、マイラは急いでトングを使い紙コップに魚の唐揚げを入れて串を添える。
「風の精霊よ。凍った氷だけを砕き魚をここへ」
下処理をして凍らせた魚を閉じ込めた氷のブロックを、精霊魔法を使い魚だけを切り出し水を入れた桶に入れるビスチェ。アイリーンも急ぎ三枚に下ろし頭と中骨を分け、毛抜きを使いあばら骨を丁寧に抜く少女のエイラ。
「ここの魚料理は美味いのかい?」
キャロットの叫びにも宣伝効果があったらしく、近くで魚を買ったおばちゃんたちが興味を持ったのか顔を出す。
「クロの料理したものにハズレはないからな」
「買って損はないよ」
『疾走する尻尾』たちの言葉に「それなら買おうかしら……」と財布を取り出す主婦たち。
「ひとつ銅貨五枚です」
クロも接客をはじめ、「味見にどうぞ」と骨煎餅を勧める。
「骨を食べさせるのかい!?」と驚いていたが、口に入れるとサックリとした味わいに主婦たちは驚きながらも追加で注文を入れるのだった。
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