依頼の屋台へ
少女に手を引かれ屋台を目指すクロたちは、まだ午前中だというのに人の多さに驚いていた。収穫祭が大々的に行われることは知っていたが近隣の町や村から多くの人が集まり出店や屋台を並べ大通りはもちろんのこと裏路地にまで店が続き、それを楽しむ人々は誰もが笑い時には小さな争い事が起きるが、稲穂を持った女神の仮装や笛を持ち奏でる音色が聞こえると叫び声を上げて豊作を喜んでいる。
ただ、ビスチェだけはこの人の多い状況が苦手らしくクロのシャツの裾を持ち、時折クイクイと引き不満を口にする。
「人が多すぎて臭い! あっ、また誰かの足を踏んだ!」
「踏んだ報告かよ……ほらほら、追わないと逸れるぞ」
その都度、クロが軽く慰め先を進む少女を追う。迷子になりそうなキャロットはアイリーンが確りと糸で誘導しており、リュックに入れた白亜を大事に抱えるキャロットはキョロキョロと美味しそうな屋台を見ながら足を進める。
「やっと人通りが少なくなったな」
「風の精霊にお願いして通行人を吹き飛ばせば良かったわ!」
「頼むからやめてくれ……」
「お母さん! 冒険者さんたち雇えたよ!」
少女が到着したのかひとつの屋台に駆け込み声を上げると、中年の女性が笑顔を浮かべながら手の平サイズの魚に串を差したものを持ち炭火で焼いているのが目に入る。
「魚を串に刺して焼いているけど、そんな屋台ばっかりね」
ビスチェの言葉にクロはまわりを見るとここら一帯は魚を焼いている屋台が多く、煙が上がりそれが目にきて涙を流すキャロット。
「煙いのだ……でもいい匂いなのだ」
キャロットらしい感想を言いながら少女が向かった屋台に顔を出すクロたち。
「あの、雇われた者ですが、何を手伝えばいいでしょうか?」
クロの顔を見た屋台の女性が目をぱちくりさせビスチェに視線を固めたまま数秒固まり、娘が「お母さん!」と叫ぶと「び、ビスチェさま……」と一言漏らして頭を下げる。
「貴女の娘の依頼を受けた『草原の若葉』よ! 何をすればいいか教えてなさい!
そうじゃないと依頼が達成できないわ!」
腰に手を当て仁王立ちで声を上げるビスチェ。横で苦笑いをするクロは話の成り行きを耳に入れながらも焼いている魚の串焼きに視線を向ける。
「はい、あの、五年ほど前ですが、村が魔物に襲われた時に助けて頂いたマイラです。あの時は本当にありがとうございました。この子はまだ幼く忘れていると思いますが、夫や村の者たちを守って頂きありがとうございました」
「ええっ!! そうなの! お姉さん凄い!」
「私は凄いのよ! でも、忘れていたわ……それよりも、何をすればいいかを教えなさい!」
「あの、夫が腰を悪くして教会に運ばれたので、その間だけでも……助けて下さい!」
「お願いします!」
母と娘で頭を下げる姿にクロが慌てて口を開く。
「それよりも魚が焦げます! まずはそちらに行きますから魚を見て下さい!」
「は、はいぃぃぃ」
急ぎ顔を上げて魚を裏返す母親。どうやらあまり料理をしないタイプのようでぎこちない動きで串の向きを変え、色々と察するクロとアイリーン。
中へ入り母親から事情を聴きながら塩焼きの魚を口に入れるキャロットが顔を歪め「苦いのだ」と口にし、白亜もクロへ目で訴え焦げている部分を取って欲しいのだろう。
「いつもは夫が魚を焼くのですが……腰の治療に向かい……教会へは近くにいた男たちが担ぎ運んでくれ……魚売れないと村が……村が……どんな顔で戻ればいいか……」
事情を説明しながら涙を流す母親のマイラの言葉に娘も不安なのか、その手を握りクロへ視線を向ける。
「お兄ちゃんお願い! 村の為にお魚を焼いて下さい!」
「ああ、それなら串焼きよりも売れる料理があるが、それにしないか?」
「串焼きよりも焼ける料理?」
「この魚は皮が薄く皮ごと食べられ、骨があまりないので串焼きに適していると思うのですが……」
マイラの言葉に頷くクロは白亜からの視線に耐え兼ね焦げた塩焼きを手で解しておりその事は理解している。
「丁寧な下処理は村でして凍らせてここまで持って来たんですよね。身は柔らかいですし、骨があまりないのならそれこそ唐揚げ向きです。中骨は骨煎餅にすれば酒の肴にもピッタリですよ。それにまわりの屋台も魚の串焼きをやっているのなら差別化をしないと売り切るのは難しいのでは?」
クロの「売り切るのは難しいのでは?」という言葉に絶句するマイラ。娘も涙目になり二人してビスチェへと祈るような視線を向ける。
「クロに任せておけばいいのよ! クロはゴリゴリ係だけど私が知る限り一番の料理人だからね!」
ニッコリと笑いながら焦げた串焼きを口にして顔を歪めるビスチェ。
「そ、それなら……お願いします! どうか、どうか、村のみんなで捌いた魚をお願いします!」
「お願いします!」
二人から頭を下げられ「任せろ!」と声にするクロは屋台を見つめ、それに合う大きさの鍋とアルミ製の四角いトレーに網を魔力創造で作り出す。
「アイリーンは魚を三枚に下ろして頭はカットな。マイラさんは俺の横で作り方を覚えて下さい。ビスチェと君はこの毛抜きを使ってあばら骨を取ってくれ」
依頼を受けた少女とビスチェに毛抜きを笑顔で渡すクロ。
「私も何かしたいのだ!」
「キュウキュウ~」
声を上げるキャロットと白亜にクロは油を入れながら考えていると、「クロ!」と大きな声が掛かる。
油を入れる手を止め振り向くとドワーフの冒険者が二人おり、手には木製のカップと魚の串がありニッカリと笑顔を向けて来る。
「クロも屋台を出したのか! ひとつくれ!」
「それよりも渡したいものがあるぞ!」
「あら、『熱い鉄』の二人じゃない。まだ営業してないわよ」
クロに代わり受け答えをするビスチェは毛抜きを使いアイリーンが糸で三枚に下ろした魚の骨を抜き、隣で依頼した少女も指で骨の位置を確認しながらあばら骨を抜く。
「まだなのか……」
「酒は売ってないのか? ウイスキーは売ってないのか?」
肩を落とすドワーフAとウイスキーを思い出したドワーフBは目を輝かせ……
「頼むからそんな少年のような目で見ないでくれ……酒は基本的に売れないからな。ほれ、内緒にしてくれよ」
そう言いながらアイテムボックスからウイスキーの瓶を取り出すクロに『熱い鉄』の二人は互いに頷き合う。
「ありがたい。後で工房に戻り打った物を持ってこよう」
「素材がいいからな。最高の一本になるはずだ!」
ウイスキーの瓶を受け取った二人は頭を下げるとその場を後にする。
「クロさんはドワーフの人とも仲が良いのですね……」
「マイラさんはドワーフが苦手ですか?」
「いえ、そんな事はありませんが、顔が怖い方が多いので……」
「私は大丈夫だよ! ドワーフのおじさんは顔が怖いけど優しい人が多いよ!」
少女の言葉に目を丸める母親のマイラ。少女は先ほど冒険者ギルドへ向かう際に道を尋ねドワーフの男に優しく教えられたのだ。
「そうなの……エイラは大物になりそうね!」
「うん! ドラゴンのお姉ちゃんぐらい大きくなる!」
キャロットへと視線を向けて話す少女に「そこまで大きくなられると少し困るわぁ~」と笑う母親のマイラ。
「大きい事は良い事なのだ!」
「キュウキュウ~」
「白亜さまも大きくなるのだ! ちびっ子も大きくなると良いのだ!」
≪私も一部だけでいいから大きくなりたいですね~≫
魚を三枚に下ろしていたアイリーンの文字が浮かび目を逸らすクロ。ビスチェとアイリーンは互いに胸を見つめ小さくため息を漏らすのだった。
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