緊急依頼とシャロンの旅
「はぁはぁ……死ぬかと思ったのにゃ……思いました……で、何か急事でもあったのですか?」
果実を喉に詰まらせていた受付嬢にクロがアイテムボックスから出したジュースで流し込み落ち着きを取り戻し、肩で息をしていた少女も落ち着いたのかクロから同じジュースを受け取ると一気に飲み干して口を開く。
「あ、あの、冒険者さまを雇いたいのです!」
「それでは依頼内容を窺います。が、本日は収穫祭という事もあり冒険者は酒を飲んで楽しんでいますので、依頼を受けてくれる冒険者がいるかどうか……」
「あう……それは困ります……父が持病の腰痛で教会に運ばれて……屋台を手伝って頂けないかと依頼しに来たのですが……」
互いに困り顔になる両者は揃ってクロへと視線を向ける。
「あの、図々しいお願いかもしれませんが引き受けてくれませんか? あまり多くの報酬は出せないかもしれませんが、ウォルタ村のみんなから頼まれ……もし、魚が売れなかったら、待っている村の者たちに合わせる顔がありません!」
「ああ、ウォルタ村はここから南下した場所にある大きな池のある村ですね」
「はい……池で採れた魚を収穫祭で焼き売って、農具や服に塩を買うのですが……父が腰を……一匹も売れなければ凍らせた魚は腐って……」
俯きがちに話す少女は途中から涙を流しはじめ、困ったクロは後頭部を掻きながらどうにかならないかと思案していると声を上げるエルフェリーン。
「う~ん、それならクロが適任だね!」
「そうね! クロに任せなさい! ただの魚の塩焼きじゃなく、もっと美味しい料理にしてくれるわ!」
「私も叔父に挨拶をしたら手伝いますね!」
≪私もウエイトレスをやって見たかったです!≫
そんな声を掛けられた少女は涙を流しながら顔を上げる。
「引き受けてくれるのですか……」
もう外堀が埋まった状態で断れるほどクロの神経が図太い事はなく、「やるからには全部売り切ろうな」と声を掛けると少女は頭を下げお礼を言うのだった。
「では、依頼書はこちらになりますね。『草原の若葉』の皆様が持って来た魚を料理して売り切る。期限は収穫祭が行われる三日間。報酬は如何ほどに致しましょうか?」
話を聞きながらも依頼書を製作していた猫耳の受付嬢が報酬額を決めるべく少女へと声を掛ける。
「えっと、一日銀貨二枚……ダメですか?」
「収穫祭の日に銀貨二枚は、ちょっと少ないのでは……」
「いや、二枚で大丈夫です。魚料理ならアイリーンが捌くのが得意だし、料理法も色々あるから何とかなると思うぞ」
「ありがとうございます!」
腰を屈め少女と目を合わせるクロに少女は深く頭を下げお礼を叫ぶ。ちなみに銀貨二枚は日本円で二万ほどであり、クロ一人だけならそれなりの報酬になるが『草原の若葉』全員だと六人分の報酬となり、一人当たり銅貨四十枚。日本円で四千円である。
「それじゃ、僕が王宮と錬金ギルドに教会のお土産を持って行くから……王宮分はここで渡せるかな」
エルフェリーンは視界に入った窓に顔をくっ付けこちらを見つめて来る姉妹の姿に笑顔で手を振り、皆がそれに気が付き振り向くと慌てて顔を隠す姉妹。
「ハミルとアリルがいたからね~王宮分はここで渡せるよ~」
慌てて隠れた王女姉妹が入口から現れ、走り寄る妹のアリル王女はクロへと抱き着き笑顔を向ける。
「こらっ! ちゃんと挨拶をしないとダメですよ!」
姉のハミル王女に怒られクロから離れスカートの裾を持ちカーテシーをして頭を下げるアリル王女。その横で同じ仕草をするハミル王女。ややぷっくりとしているが太り過ぎという事もないだろう。
「お久しぶりだね~そろそろ来る頃だと思ったよ~」
やや皮肉めいたエルフェリーンの言葉にハミル王女とアリル王女は笑顔を向ける。
「はい、エルフェリーンさま方には収穫祭を楽しんで頂きたいですから」
皮肉とは取らなかったハミル王女は笑顔を向け、アリル王女に至ってはクロに抱き着き、受付嬢は猫耳をぺったりと頭に付け震え、少女もやって来たのが王族と知りガクガクと震えだす。
「今日は商人の娘風の服を着てきましたので、お忍びです!」
クロに抱き着いていたアリル王女の言葉に確かにと思う一同。二人ともゴージャスなドレス姿ではなくシンプルなワンピースに麦わら帽子と上着を着て商人の娘として見えるだろう。ただ、新品の衣服でどう見てもお金持ちの商人だという見た目であった。
「とっても可愛いよ~今日はお土産を持ってきているから、付いてきている騎士に渡してもいいかな?」
「マヨですね!」
両手を合わせマヨだと言い切るハミル王女。クロに抱き着いていたアリル王女も「マヨ~」と叫び、クロはアイテムボックスからマヨを五本ほど取り出すと皮袋に入れてアリル王女に手渡す。
「マヨ~マヨ~マーヨマヨ~」
嬉しかったのかマヨを受け取ったアリル王女が歌い出し、一緒に入ってきた騎士とメイドが変装した男女の冒険者にお土産を渡すクロ。
「この命ある限り必ず届けて見せます!」
冒険者の男に扮した騎士から熱い使命感を受け苦笑いを浮かべ、ポカンとしていた少女は急いで来たことを思い出して口を開く。
「あの、急がないと……」
「そうだな。ああ、師匠に教会と錬金ギルドへのお土産を渡しますね」
「うん、僕も置いてきたら屋台を手伝うからね~じゃあ、ハミルとアリルは一緒に行こうか」
エルフェリーンからのお誘いに断れるはずもなく二人は頷き用意してある馬車へと向かい、ルビーは叔父の鍛冶屋へと向かい、クロたちは少女の案内で屋台を目指すのだった。
「フォンフォン、あの町で食料を買うからね」
「クルゥゥゥ」
グリフォンを連れこっそりと旅だったシャロンは、二日間ほど休憩を入れながらも飛び続けある街を目の前にしていた。そこは連邦国の端に位置する街でここさえ抜ければエルフェリーンの工房のあるターベスト王国となる国境の小さな町である。
大地に降り立ったグリフォンから降りたシャロンは綱を引きながら町の入り口を目指し歩き始め、まわりには人気はなく刈り取られた小麦畑がオレンジに輝き麦稈(麦稈)ロールと呼ばれる麦藁をまとめた物が長い影を作る。
「こんな時間にサキュバニア帝国から……シャロンさま?」
長い距離を飛んでいた事もあり顔に布を巻いていたシャロンの瞳に気が付いた街の入り口を守る兵士に声を掛けられる。先日も同じ町に寄った事を覚えていたのか膝を付く兵士に苦笑いしながら布を取るシャロン。
「覚えていてくれたのですね。また同じ宿屋に泊まりたいのですが、空いているでしょうか?」
「はい、この時期なら問題ないかと、あと二週間もすればターベスト王国の収穫祭を終えた者たちでこのまちも賑わいますが、今なら閑古鳥が鳴いていますよ」
「それは良かった……」
「カリフェル閣下は御一緒ではないのですか?」
「今はお忍びでね……」
「そうですか……この街の治安は良い方ですがお気をつけて下さい。もし困った事があれば我らにご相談なりして下さい」
顔を起こして胸を張る兵士に小さく頭を下げ感謝を示すシャロン。
「お、おい! あれ!」
城門の上で監視をしていた兵士が声を上げシャロンと膝を付いていた兵士が視線を向けると、そこには新たなグリフォンの姿がありその背にはメイドを乗せている。
「シャロンさま~~~~~!」
叫ぶメイドの姿にシャロンは片手で顔を隠して大きなため息を吐き、慌ててグリフォンから降り感動の再開でもしたいのか両手を上げて走り寄る。
「シャロンさま!」
ギュッと抱き着くメイド。
「勝手にグリフォンを持ち出してはダメですよ! それに何やら毛量が増えたような……ふさふさして……獣臭が……って! フォンフォン!?」
メイドが抱き着いたのはグリフォンのフォンフォンであり、シャロンは紐を引いていた事もあり位置を素早く変えたのだ。
「メルフェルンはどうして付いて来たんだよ……」
「私はシャロン殿下の専属メイドですから、置いて行かれては困ります!」
グリフォンから顔を放し笑顔を浮かべる専属メイドのメルフェルン。その笑顔をベロリと舐めるグリフォンのフォンフォンにシャロンは安心感を覚えながらも笑みを浮かべるのだった。
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