収穫祭中の冒険者ギルド
ドランを見送ったクロたちは王都へと転移していた。
「思ったよりも混んでないですね」
ルビーがいうように王都への入り口の門には長い列ができるのだが、本日は収穫祭が行われる事もあってか並んでいる者たちは少ない。その代わりといっては何だが王都を囲む高い城壁の外では地方から出てきた者や他国の商人たちが屋台や露天を勝手に作り商売をしている。
「肉が焼ける香りなのだ!」
「キュウキュウ~」
露天から肉の焼ける香りが流れ反応するキャロットと白亜に、クロはさっき朝食を食べたばかりだろうと思いながら背負ったリュックに話し掛ける。
「今日の目的は師匠がお世話になっている所への挨拶もあるからな。それに収穫祭は王都の中の方が多くの屋台があるからそっちの方がお勧めだぞ」
「それもあるけど、ここらの屋台はお腹を壊す可能性もあるからやめておきなさい。屋台も許可書が必要なのよ。ここらの屋台は地方から来た無許可営業が多いはずよ」
ビスチェの言葉に顔を背ける屋台の主人たち。事実、営業許可を受けているものは王都内で営業しておりここにある屋台や露天の者たちは許可書の審査に落ちた者が多く、お腹を壊す可能性もあるのだろう。
「だそうだ。中に入って用事を済ませてから食べような」
「わかったのだ!」
「キュウキュウ~」
キャロットと白亜から元気な返事が聞けたクロたちは足を進め、門の前で警備隊たちに挨拶をすると何やら走り出す警備兵とシスターを目に入る。
「あはは、どうやら教会に報告しに走ったようだね」
「警備兵も走りましたが王宮へ報告に走ったのでしょうか?」
「前もそうだったね。ガラスを買いに来た時はハミルが突然現れたからね~」
「監視されているようで少し嫌ね……」
目を細め警備兵に視線を移すビスチェと、あからさまに目を背ける警備兵。
「彼らは上からの命令には逆らえないからね~」
「申し訳ありません。エルフェリーンさまたちを監視するような事を……王宮からの命令は絶対ですので……」
警備隊の隊長だろう貫禄のある兵士から頭を下げられ苦笑いを浮かべるクロとルビー。エルフェリーンはというと笑顔を向け「いいよ、いいよ~今日は収穫祭だし細かい事は気にしないよ~」と手をフリフリする。
「それにお城にも行く予定だし、迎えに来てくれると思えばいいさ」
「ありがとうございます。せめて収穫祭を楽しんで下さい」
「ああ、そうするよ~」
簡単な入国検査を終え大きな門を抜けると活気ある声が響き、前に来た時よりも多くの屋台が並ぶ光景にアイリーンが文字を浮かせる。
≪お祭り感がありますね~≫
「収穫祭と新年際は近隣の町からも出稼ぎに来るから屋台が倍以上に増えるんです! メリリさんも来れば良かったのに残念です」
「王都には入りづらいとか言っていたけど、指名手配とかされてないですよね?」
「どうかな? ギルドへ行くといったら留守番をしますと言ったから……そういう時期は誰にでも一度や二度はあるよ~」
「いやいや、ないだろ……なあ、ビスチェもそう思うだろ?」
「えっと……そ、そうね……有ったり無かったりするわね……」
ビスチェが何とも言えないような表情で顔を逸らし、察するクロとルビーにアイリーン。
「ほら、ここだと通行の迷惑になるから進むよ~まずはギルドに挨拶したら錬金ギルドと王宮に教会へ顔を出すからね~」
エルフェリーンが先を進み後に続くクロたち。多くの人が昼間から酒を飲み屋台で購入した軽食を口に入れ盛り上がっている。
「エルフェリーンさま! 良かったらうちの屋台を食べて行っておくれよ!」
「良かったらこれを持って行ってくれ!」
「今年は小麦も果実も豊作で、これをお持ち下さい!」
「クロ! 魚の屋台なのだ!」
屋台の店主たちから声を掛けられその度に焼きたての肉や果実を受け取るエルフェリーン。キャロットは串に刺した魚を焼いている屋台の煙に誘われクロの腕を取りそちらに引きずろうとする。
「おいおい、さっき言ったばかりだろ~先に用事を済ませてからだ」
「こんがりと焼けていて美味しそうなのだ……」
あまり現金を使う文化のないキャロットは一番お金を出してくれそうなクロを選んだのだろうが、クロは首を縦に振る事はなく用事を先に済ませようと当初の予定通りに足を進める。
「もう少し我慢したら屋台を回ろうな」
「キュウキュウ~」
「わ、わかったのだ……白亜さまもいっているのだ……お腹が空いた方が美味しいのだ……」
白亜からの説得もあり足を進めるキャロット。名残惜しそうに魚を焼いている屋台から視線を外して前を向く。
「クロはキャロットの手をそのまま握っていた方がいいかもね。逸れたら探すのが大変だぜ~」
両手に肉串やら果実やらを受け取ったエルフェリーンがクロの手を離さないキャロットに笑顔を向け、確かにと思うクロ。ビスチェがやや口を尖らせるが、この人の多い中で迷っては確かに見つける事が難しいだろうと口をはさむことはなかった。
「わかったのだ! クロは迷子に気を付けるのだ!」
「俺が迷子になると思っているのかよ……」
キャロットの元気な言葉にそうじゃないだろと思いながらも手の温もりに不思議と安心感を覚えるクロ。
「妹がいたらこんな感じなのかもな……」
小さな呟き、その声は屋台の呼び込みなどの喧騒にかき消された。
冒険者ギルドへと到着した一行はウエスタン風のドアを開き中へと入ると、広い室内には冒険者は居らず受付へ視線を向けると猫耳の受付嬢にニッコリと微笑まれる。
「冒険者がいないのだ!」
「収穫祭の日に冒険をするのは護衛任務で仕方なく動く者や、緊急の依頼でもない限り祭りを楽しむものよ」
「そうなのです! だから私だけ受付で……後の職員はみんな……うぅぅぅぅ……」
こちらの話を聞いていたのか猫耳の受付嬢はデスクに頭を伏せながら涙声を上げ、顔を見合わせる『草原の若葉』たち。
「それは気の毒だったねぇ。そんな君にはこれを上げよう」
そう言いながら受付嬢に近づき先ほど頂いた肉串や皮を剥いた果実をアイテムボックスから取り出すエルフェリーン。
「ふわぁ~ありがとうございます!」
笑顔で受け取った受付嬢は猫耳をぴくぴくとさせながら口に入れる。
「美味そうなのだ!」
まだ手を繋いでいた事もあり振り向きクロへ目の前で声にするキャロットと背中のリュックから「キュウキュウ」と叫ぶ白亜。
「屋台料理はその場の空気を楽しむものでもあるから、もう少し我慢だ。それに朝食を食べてからそれほど時間も経ってないだろ」
「お腹が空いてから食べるとより美味しく感じますよね」
クロとルビーの説得に「うぅぅぅ」と今度はキャロットがうなり声を上げ背中のリュックからは悲しそうな「キュゥ……」という鳴き声が耳に入るが心を鬼にして、アイテムボックスからどぶろくと採れたての果実を入れたバスケットを取り出すクロ。
「あの、これは自分たちが作った酒と庭先で採れた果実です。良かったらギルドマスターたちと分けて下さい」
「良かったらでいいなら、分けないでひとり占めしますが」
「そこは分けて下さいよ……」
「にゃはははは、そうします。ギルドマスターに用があるのなら、この先のワイン販売所にいると思いますからそこへ立ち寄って下さい。王都のダンジョンのギルドマスターも居られると思いますので『草原の若葉』の皆様なら大歓迎です!」
言い終わるとカットされた果実を口にして顔を蕩けさせる受付嬢。
「次は、」
「助けて下さい!」
エルフェリーンが次の場所を口にしようとした所で叫び声が響き入口へと視線を向けると、肩で息をする少女の姿があり、先ほどの叫びに驚き受付嬢が果実を喉に詰まらせるのであった。
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