仕留めたツリーエルク
潰した葡萄を樽に詰め終わった所で白亜に抱き着かれ顔をペロペロと舐められるクロ。ザラザラとした舌に慌てて脇に手を入れ抱き上げ離す。
「おいおい、頼むからそれは止めてくれ……」
「キュウキュウ~」
「白亜さまは美味しいと言っているのだ。今のクロはブドウ味で美味しいのだ!」
白亜がもっと舐めさせろと口を開けて舌を出すが、腕を伸ばし距離を取るクロ。
「クロ甘~い」
「本当だ! クロ甘~い」
「クロはブドウ味~」
いつの間にやら妖精たちに集られ、頬やら首やら額やらを舐められ身を震わす。
「おい、こら、擽ったいだろ! 舐めるな!」
クロが身悶えると妖精たちは「わぁ~」と叫びながら飛び立ち逃げる。
「まったく悪戯好きな妖精たちめ……白亜も足が真っ赤だしお風呂かな……」
≪そこは任せて下さい!≫
アイリーンの文字がクロの目の前に現れると同時にクロと白亜へ光が降り注ぎベタベタとした感覚が消え、髪や服についていた葡萄の果汁が綺麗に消え失せる。
「おお、ありがとな」
≪いえいえ、クロさんにはいつもお世話になっていますし、その服を浄化魔法で洗濯するのは私ですから~それに、妖精のキスなどという珍しいものも見れましたしぃ~≫
「妖精からキスを送られると良い事があると耳にした事がありますよ~」
両手を合わせたメリリが嬉しそうにクロへ声を掛け、それを見たビスチェは唇を尖らせる。
「私も聞いた事がありますよ! 妖精のキスは幸せを呼ぶ……何か良い事があるかもしれませんね!」
「だと良いがな……」
腕を伸ばしていたクロは白亜を優しく抱き頭を撫でると、近くにいたキャロットへと渡し片づけを開始する。
「選別してダメだった葡萄は肥料になるから後で地面に埋めるわよ!」
やや不機嫌に言い放つビスチェにクロが返事を返しアイテムボックスへと保管し、アイリーンは足を葡萄の果汁で紫にする皆へ浄化魔法を掛け、白亜を抱っこしたまま自身の足をどうにか舐めようとしていたキャロットは小さな絶望を覚える。
「消えたのだ……」
「あははは、そんな事をしないでも葡萄を食べればいいんだよ~ほら、まだまだいっぱい獲ってあるぜ~」
エルフェリーンが自身のアイテムボックスに入れていた葡萄を取り出すと嬉しそうに白亜を抱いていない方の手で受け取り口に運び、白亜が欲しがると二人で仲良く食べ始める。
「もう終わったのかの?」
そう言いながらやってきたのはロザリアとラルフ。いつもの赤いドレスと執事服で登場し、陰からは巨大な枝の様なものが徐々に姿を現す。
≪凄い……あの巨大鹿を仕留めたのですか……≫
徐々に姿を現した鹿はツリーエルクと呼ばれる種の中でも異変種なのか毛並みが白くサイズも倍以上大きく、バスサイズのそれが姿を現すと白亜は食べていた葡萄を落としキャロットは落とした葡萄を口に入れる。
「大きいな……」
≪大きい割に機敏ですぐに姿を消して仕留められなかったヤツです! いつか罠に嵌ると思っていましたが、ロザリアさんとラルフさんに先を越され……≫
悔しそうに文字を浮かせるアイリーンに悪戯っ子のような笑みを浮かべるロザリア。
「気配を消すのは得意じゃからな。この鹿は巨大な角で風や気配を感じ取るのじゃ。小さな空の動きや香りまで分かると言われておる」
「経験の違いですな。アイリーン殿にもすぐに狩れるようになりますよ。それよりも血抜きと解体ですな」
≪それは私が手伝います! こちらへ運んでもらってもいいですか?≫
いつの間にか裏庭へと向かう屋敷の横に居りロザリアを手招きする。
「それなら俺が、」
「いや、影へ入れるのは手間ではないのじゃ。我が行くのじゃ」
ゆっくりと影に沈むツリーエルクが姿を消すとアイリーンの元へ胸を張りやや誇った表情で向うロザリアを見送り夕食を思案するクロ。
あの大きな鹿を料理した方が喜ぶだろうし、多くのフルーツを採ったからそれをソースにして……サラダにも入れ、リンゴのサラダとかどうかな? 好き嫌いが分かれるか? リンゴやオレンジを使ったドレッシングにするのもありかな……
「クロ、クロ、いい加減に気が付きなさいよ!」
クロの袖を引っ張り気が付き振り返ると、ムッとするビスチェの顔が目の前にあり慌てて数歩後退る。
「師匠が明日から王都に向かうって聞いてた? ねえ、聞いてた?」
「いえ、悪い……明日から王都?」
「うん、王家のみんなにも取れたての果実を食べさせてあげたいんだ! きっと喜ぶぜ~それに今年は教会にもお世話になったし、冒険者ギルドにも顔を出してラルフを送りに行くついでもあるからね~」
「助かります……」
エルフェリーンに手を胸に当てて頭を下げるラルフ。
「ついでだし気にしないでよ~そういう訳だからクロも行くだろ?」
「荷物持ちに付いて来なさい! 冬の間の小麦や塩を……クロが作り出してくれるか……」
「私は伯父さんに挨拶と作ったものを見せたいです! 魔剣も作りましたから驚く姿が楽しみです!」
ルビーがお世話になっていた伯父の鍛冶工房の事を口に出し、それならウイスキーを持たせようと思うクロ。
「教会の子供たちも喜ぶからクロも付いて来ること!」
「僕もクロが一緒だと嬉しいな~王女もマヨを欲しがる頃だと思うよ~」
エルフェリーンの言葉にマヨマヨと口にする王女二人の姿を思い出すクロは、今夜マヨを増産しようと思いながら口を開く。
「そうですね。ああ、そろそろ王都も収穫祭の時期ですよね?」
「そうですな……活気のある屋台が並び笑顔で溢れているはずですな」
「うんうん、今年は雨が続くこともなく豊作だと精霊も言っていたぜ~」
「風の精霊は国中を流れているから小麦の色を教えてくれるのよ。金色の実がいっぱいだと私も耳にしたわ!」
エルフェリーンとビスチェが精霊たちから耳にした声を教えてくれ、豊作の知らせに収穫祭が盛り上がるだろうと思いながら夕食のメニューを決めるクロ。
「うちでも収穫祭を……それは昨日したか……ラフルさんとロザリアさんのお別れ会かな」
「数日であったが美味い酒と料理を感謝する。クロ殿の料理と酒は世界中を旅してきたがレベルが違いましたな。特にウイスキーと唐揚げなる酒と料理は最高でした……」
クロへ瞳を向けるラルフは柔らかい笑みを浮かべ、クロの頭の中では夕食に唐揚げを追加する。
「あははは、クロの料理は僕の自慢だからね~」
「ウイスキーもですね!」
「それなら白ワインだって!」
「私はレモンハイが一番です!」
互いに好きなお酒の種類を言い合いながら、今夜は酒に合った料理を出そうと夕食のメニュー編成を考え直すクロ。
「肉も食べたいのだ!」
「キュウキュウ~」
お酒をあまり飲まないキャロットとまだ小さい白亜が声を上げ肉料理を所望し、考え出したクロはツリーエルクを使った料理とオレンジジュースを頭の中で追加し、その頭に着地する妖精たちからは「甘味!」「蜂蜜!」「ケーキ!」と声を上げ、夕食のメニューがどんどん更新されて行く。
「俺はそろそろ夕食の準備に向かいますから、先に失礼します!」
妖精たちを頭に乗せたまま屋敷へと走るクロを見つめる一行は、王都で開かれているだろう収穫祭の話をしながら今夜の料理と酒に期待しながら後を追うのだった。




