サキュバスの国に魔鉄を運ぼう
二日ほどオークの村にお世話になった一行は手を振り転移でサキュバニア帝国へ戻りクロのアイテムボックスに入れた魔鉄を王城の裏庭へと積み上げて行く。
「入れるのも大変でしたが出すのも時間が掛かるわね」
東京タワーサイズの鉄を放出し続けるクロは色気がムンムンのカリフェルと微笑みを浮かべるシャルロが横に付き、遠目には多くのサキュバスたちがキャッキャと見つめている。中には城の窓から身を乗り出し見つめて来る者もおり、魔鉄を排出し続けるクロの姿は物珍しく映ったのだろう。
「クロさんの凄さを解ってもらえそうですね!」
「シャロン……俺としては見世物になっている気分だが……動物園のパンダはこんな気分だったのだろうか……」
ひとり呟くクロは動物園の檻に閉じ困られ鑑賞されるパンダの気持ちが少しだけ理解できたと勝手に思いながら、こちらへ近づくメイドに入れたての紅茶を左手で受け取る。右手はアイテムボックスから出し続ける魔鉄をコントロールする為に位置を指定しているのだ。
「先ほどこちらのメイド長から頂いた紅茶です。ロイヤルフィードと呼ばれる最高級の物ですがお口に合いますか?」
メリリが嬉しそうに感想を求めシャロンが拳を握り締める。
「美味しいですね。香り高いのに渋みがなくて……いつも飲んでいた紅茶とは雲泥の差を感じます」
「うふふ、それは良かったです。お疲れでしたら肩を揉んだり腰を揉んだり、椅子をご用意したしますので何なりとお申し付け下さい」
「ありがとうございます。まだまだ先は長いですからメリリさんも休んで下さいね」
「はい、お気遣いありがとうございます。では、失礼いたします」
クロの前から姿を消したメリリはスキップをしながらエルフェリーンたちの元に向かい、クロが魔力創造で作り出したケーキや饅頭などを口にしながら会話を弾ませていた。
「ん……最高……」
「これがケーキです! 皆さんに食べて頂けて嬉しいです!」
「ん……私たちが交渉した結果……有り難く食べる……」
フランとクランからイナゴ退治が終わったらケーキが食べたいというリクエストを覚えていたクロは、昨晩余った魔力を使いコツコツとケーキをアイテムボックスに入れていたのだ。
「これは美味しいのだ! 凄いのだ! 強いのだ!」
「キュウキュウ~」
「確かに甘く雲を食べているような……あむあむ……これは幸せな気分になりますね……」
ケーキの味に表情を溶かすキャロットとキャロライナ。エルフやオーガたちも表情を溶かしその甘さに驚きながらもどんどん数を減らして行くケーキたち。
≪私的にはモンブランやスイートポテトなどの季節物が食べたいですが、イチゴショートも美味しいですね~≫
「モンブランは栗よね? スイートポテトは芋なの? 芋なの?」
≪はい、サツマイモと呼ばれる甘い芋を使ったお菓子です。あれはしっとりとしながらもお芋の風味とバターのコクに上が香ばしく最高ですね~≫
「それならクロにお願いして蔓芋で作って貰いましょう!」
「うんうん、それは楽しみだね~蔓芋は焼いただけでも美味しいからね~どれほど美味しくなるか楽しみだよ~」
「収穫祭も近いわね。秋は色々と美味しいものが収穫できる季節! クロは何を喜ぶかしら?」
ケーキを食べ終えたビスチェは魔鉄を出し続けるクロへと視線を向け、エルフェリーンやルビーにアイリーンも視線を向けるとクロがそれに気が付いたのか視線を合わせ何かを察したのかシャロンに声を掛ける。
「シャロン、悪い。今からケーキの追加を出すからみんなに持って行ってくれ」
どうやらケーキの追加を強請っているのかと勘違いしたようで、クロは魔力創造を使い新たなホールケーキを作り出す。
「こっちはまだまだ掛かるから二人もケーキを食べてゆっくりして下さい。魔力はまだまだ大丈夫ですので追加を出しますから必要なら声を掛けて下さいね」
「あら、そう……なら、たまには親子でゆっくりしましょうか」
「は、はい……クロさんは無理しないで下さいね」
心配そうに顔を覗き込むシャロンに一瞬ドキッとするも、シャロンは男。シャロンは男。と心の中で反復するクロ。
二人が去りひとりになったクロは魔鉄を放出し続けながら魔力回復ポーションを口に入れ、飛んできた妖精たちがクロの頭や肩に止まりお礼を口にする。
「クロありがと~」
「ケーキ美味しいよ~」
「蜂蜜よりもずっと美味しい~」
「そりゃ良かった。妖精さんたちもイナゴ退治の時は大活躍だったな。オーガの傷を治したり、エルフの魔法攻撃の威力を上げたり、色々と補佐してくれていたろ」
「うん! 頑張ったよ~」
「リーダーから絶対に誰も死なせるなって~」
「妖精はいつでも隠れるけどオーガは隠れられないからね~」
ケラケラと笑いながら話す妖精たちに魔力創造で箱入りの某有名店ドーナツを作り出す。
「ケーキとは違うがこれも美味いからな、みんなで分けて食べろよ」
「うん! 分ける~」
「わ~い!」
「運ぶ~」
三人の妖精が長方形の箱を持ち運ぶ姿に癒されながら魔鉄を放出していると、オーガのラライとエルフのフランにクランが入れ替わりに現れ笑みを向ける。
「えへへ、クロ! ありがと~」
「ん……ケーキに感謝……」
「どのケーキも美味しかった!」
「おう、そりゃ良かった。こっちは魔鉄が転がって危ないからなナナイさんたちの方へ……は、危ないな……師匠の所へ行くように。ナナイさんとキュロットさんが睨み合ってるからそっちには行くなよ」
クロがいうようにオーガの長であるナナイとエルフの長であるキュロットは額を付け合わせ睨み合い、どちらのケーキが美味しいか口論というか腕力で決めようとしていた。
「どう考えてもこの赤い果実の乗ったケーキだろ!」
「あら、この黒ケーキの方が濃厚な甘さに加え香りと苦みのバランスが最高よ」
イチゴのホールケーキとチョコのホールケーキを前にゼロ距離で睨み合う長の二人を視界に入れ、ラライたちをそちらではなくエルフェリーンの元へ行くよう指示を出したのだろう。
「うん、妖精さんが面白いお菓子を食べてたよ! 穴が開いてるの!」
「ドーナツだな。あれもケーキに近い味だぞ。待ってろ」
すぐに魔力創造でドーナツを作り出したクロはラライに箱を渡すと向日葵のような笑顔を向ける。
「ありがと~」
ドーナツの箱を両手で掲げて走るラライはエルフェリーンの元へ走り、今度はキラキラとした瞳を向けて来るフランとクラン。
「仲良く食べろよ」
新たにドーナツ入りの箱を魔力創造すると二人もドーナツの箱を掲げて走り出す。
≪クロさんの魔力創造は大人気ですね~≫
そんな文字が目の前に現れ、後ろを向くとアイリーンが笑顔でドーナツを口にしていた。
「俺としてはイナゴ相手に大活躍だったお前の糸の方が凄いと思うがな」
≪東京タワーを異世界に建てる能力の方が遥かに凄いと思いますよ~出現した時は顎が外れるとか思いました≫
「魔力の使い過ぎでぶっ倒れて迷惑を掛けたがな……ロザリアさんが助けてくれなかったら振ってきたガラスや鉄骨で死んでいたかもな」
「うむ、感謝すると良いのじゃ!」
急に会話に混ざってきたロザリアは右手にレアチーズケーキ、左手にドーナツを持ち交互に口に入れ表情を溶かしている。
「どちらも甲乙付け難いのじゃ。シットリとしたチーズのケーキにこのモコモコとした穴の開いた菓子……どちらも美味いのじゃ。クロのいた世界は恐ろしいほどに食が発展しておったのじゃな。それにあの塔じゃ……あれだけの高さの建造物を鉄で作るなどドワーフが見たら目を回すのじゃ」
「ああ、東京タワーですね……あれは俺がいた国で電波を飛ばすためのもので……遠くの人に映像や声を送る施設かな? 建設当時は世界で一番高い鉄塔でしたし、三百三十三メートルの高さがありますね」
≪戦車が材料だと耳にした事がありますね≫
「朝鮮戦争で使ったアメリカの戦車を買い取って鉄骨を作ったんだっけか? その辺は曖昧な記憶だが、巨大イナゴを支えてくれて良かったよ……」
「うむ、あの時は避難も忘れ見上げてしもうたのじゃ……圧巻の大きさじゃったからの~」
巨大イナゴの腹部を貫いた東京タワーを見上げた時の事が鮮明に残っており、それが今では一メートルほどの鉄骨や溶けた鉄くずのようになって自身のアイテムボックスから放出し続けている事に少しの寂しさを感じるクロなのであった。
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