エルフェリーンのいない日常
「はぁ……師匠が王都へ向かって、もう一週間か……」
「そうねぇ……」
「ギギギ……」
クロはすり鉢に入れた薬草をすりこぎ棒でゴリゴリと潰すゴリゴリ係をこなし、ビスチェは花壇に水魔法で生み出した水を撒き、アイリーンはこの世界の文字を覚える為に細い前足を使い薪に文字を彫っていた。
第二王子ダリルと共に王都へ向かった師匠であるエルフェリーンは「少し懲らしめてくるぜ~」と言いながら旅立ったのだ。
次の日の朝に目を覚ましたメイドは自身がした事を次第に思い出して行き、青ざめながらナイフを取り出し自害しようとした所をアイリーンに糸でグルグル巻きにされ止められたのだ。それを見たエルフェリーンは眉間に深い皺を作り操られていた事を説明し、誰に指輪とナイフを貰ったのかを問い質すと、第一王子のお付きの近衛騎士から「これでダリルさまを守ってほしい」と言われた事を思い出し口にしたのだ。
「粛清って、どの程度の人がされると思う?」
「ギギ?」
「さあね。私はエルフだし、人間の考える事は解らないし、興味もないわよ」
花壇の前に設置したテーブルでゴリゴリを薬草を潰すクロの疑問に、ビスチェは興味なく答え、アイリーンは首を傾げる。
「それよりもお腹が空いたわ……」
「ギギギ」
ビスチェの言葉にアイリーンは薪に『お腹が空いた』と異世界言語で書きこむと、それをクロに見せる。
「おお、ちゃんと書けてるぞ」
「ギギギー」
頭を差し出してくるアイリーンにツルツルとした頭を優しく数回撫でると満足したのか文字の練習に戻る。
「お昼は甘い物が食べたいわね……」
「ギギー」
今度は『イチゴパフェ』や『ハニートースト』や『ワッフル』や『シフォンケーキ』と薪に書き込みクロに見せるアイリーン。
「日本語で書いても練習にならないだろうが、ったく……ハニートーストとシフォンケーキなら作れるか? いや、アイスを魔力創造で作ってプリンを乗せれば、それっぽいパフェは作れるかもしれない……か?」
悩みながら口にするクロに顔を近づけるアイリーン。八つある瞳がキラキラと輝き器用に前足を合わせて拝んで来る姿に、後頭部を掻きながら立ち上がる。
「木苺を使ったパフェモドキだからな。あまり期待はするなよ」
「ギギギー」
その場でタップでも踊りだしそうなアイリーンに家の中へ入るクロ。
「ねえねえ、貴女はクロと同じ世界で暮らしていたんでしょ」
「ギギギ」
コクコクと頭を下げ肯定するアイリーン。
「それなら甘くて美味しい料理をいっぱい知っているわよね!」
コクコクを続けるアイリーン。
「それならさ、色々教えてよ! 私の知らない甘味はまだまだ多くあると思うのよ……それって不平等じゃない?」
頭を傾げるアイリーンにビスチェは言葉を続ける。
「いま話していたパフェとかプリンとかも私の直感は甘くて美味しい物だと告げているわ! 他に知っている美味しい物があれば教えてよ。二人でお願いすればきっと作ってくれるわよ」
「ギギギ」
コクコクと頷きながら肯定するアイリーンは記憶にあるスイーツの名前や駄菓子の名前を書き込みはじめる。
「えっとね。こっちの言語で書き込んでくれないかしら……」
日本語で書かれた薪には『クレープ』や『うまい某』や『シュークリーム』や『ポテチ』などが刻まれ、ビスチェは苦笑いしながらもお願いするのだった。
「ギギギギギ」
『魔力創造で出して貰える物を聞くのはどう?』
薪に書かれた文字を読んだビスチェはニンマリと表情を変えると、屋敷へと急いで戻り口を開こうとするが、甘い香りに口を閉じ鼻で息を吸い込む。
「何この香り~甘いのがはっきりと解るわ! 完成したのね!」
甘い香りの出所であるキッチンに向け鋭い視線を向けるビスチェ。
「もう少しだからおとなしく待ってろよ~」
キッチンから聞こえるクロの声にその場で足踏みし始めるビスチェに、クロは急ぎグラスにプリンを乗せ、同じ様に木製の平皿にプリンを乗せた。
ワイングラスの中には木苺のジャムを下に敷き、コーンフレークにイチゴアイスと生の木苺が入れられ、頂上にはプリンが乗り上で震える。
アイリーンは蜘蛛の魔物という事もありガラスの器ではなく食べ易い木製の皿に同じ様に盛り付けたのだ。
それを二つ持って現れたクロの姿に歓声を上げるビスチェ。
「それがパフェって料理なのね! 見るからにカラフルで甘いのがまる解りよ! ガラスの器に入れてる所も何だかオシャレに見えていいわね! さぁ頂戴! 早く頂戴! すぐに食べたいわ!」
早口で捲し立てるビスチェに子供かよと思いながらも「アイリーンも待っているから外に行くぞ」と声をかける。
「そうね! 美味しい物は友達と一緒に食べないとね!」
一週間ほど一緒に暮らし、ビスチェの中でもアイリーンは友人という枠に収まったようである。
「ああ、そうだな……」
スキップで屋敷を出るビスチェの後を追うとテーブルにはアイリーンの姿があり、椅子には座れないがテーブル近くで大きな尻尾を振りながら待つ姿に思わず笑みを漏らすクロ。
「こんな感じにしたけど食べ易い方がいいだろ」
木皿に乗ったパフェプレートを見せると高速で上下するアイリーンの頭部。ビスチェも席に付きクロが持つパフェに視線が固定されていた。
テーブルに置くとビスチェはスプーンを持ちプリンをひと掬いすると口に入れ、アイリーンは木皿に顔を近づけそのまま口にする。
「な、何よこれ! 何でこんなに美味しい物があるのに黙っていたのよ! クロは酷い! こんなの反則よ! あむあむ……苦いのに甘くてプルプルで……あむあむ……おいひぃ~」
文句を言いながらも顔を蕩けさせるビスチェ。アイリーンは無言でパフェプレートと向きあい顔を上げる事はなく口を動かす。
「冷たいものを一気に食べるとアイスクリーム頭痛になるからな。気を付けて食べろよ」
そう声をかけるが既に遅くアイリーンは顔を上げると前足で頭を押さえる。
蜘蛛の魔物でもアイスクリーム頭痛になるのかという、どうでもいい実験結果を得たクロは自身の空腹に何か食べようと思案する。
腹が減ったけどここで更なるスイーツを出したら催促されるだろうな……甘いのよりはしょっぱくて美味しい……コンビニ弁当にするか? それともスナックコーナーの……肉まんとか、もう数年は食べてないな……
魔力創造のスキルを使うと某コンビニの肉まんがホカホカで現れ、下に張り付いている紙を取ると口に運ぶ。
「ギギギギギー」
その姿にアイリーンが叫び、ビスチェもスプーンを止め声を荒げる。
「それは何!? 甘い! 甘いのね! 一人で食べるとかズルイわよ!」
「ひとにスプーンを向けない! 二人はパフェを食べているだろうが……はぁ……それを食べ終わったらな……」
ため息交じりに肉まんを再開すると、今度はビスチェが頭痛を訴えて頭を抱え、アイリーンまで再度前足で頭を抱える姿に、肉まんを吹き出しそうになるクロ。
「ゆっくり食べろよ~」
そう言いながら席を立ったクロは屋敷へと戻りキッチンで人数分の温かいお茶を入れて戻ると、見慣れない痩せた金髪少女とエルフェリーンの姿があり「ただいま~」と大きな声を上げるのだった。
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