シャロンの為に
「女性恐怖症とは……大変なものを抱えているのな……そうだ、これ飲んでおけよ」
アイテムボックスから取り出したのは血増ポーションと呼ばれる回復薬で、失った血を体内で作り出す回復薬である。大量出血した時などに飲むポーションであり三十分ほど鼻血が止まらなかったシャルロに必要なポーションだろう。
「これは……ありがとうございます……」
ソファーに横になりながらクロから受け取ったポーションを一気に飲み干し生臭い味に顔を歪め、クロは更にアイテムボックスからペットボトル入りの紅茶の封を開け差し出す。
「ほれ、口直しだ」
「はい……ありがとうございます……こんなに気を使って頂き申し訳ないです……」
「そんなの気にすんなよ。ここは助け合い暮らしている錬金工房『草原の若葉』だからな。ビスチェは薬草や畑の管理をして、アイリーンは狩り堪能だし、ルビーは鍛冶を担当してこの前は俺にナイフを打ってくれたぞ。白亜は癒し担当だし、キャロットは……何かしてたっけ?」
「風呂掃除をしているのだ! それに白亜さまの巫女なのだ!」
腰に手を当てドヤ顔をするキャロットだが頭に乗せ白亜を乗せている事もあり滑稽に見えシャルロは小さく笑う。
「じゃあ、白亜さまの巫女はお風呂掃除を頼むな」
「任せるのだ!」
白亜を頭に乗せたまま風呂場へと走るキャルロットを見送り、クロは昼食の支度をするべくキッチンへと向かう。
「ねえ、シャルロは女性恐怖症なのよね?」
「はい……自分では治そうと努力を色々としましたが……女性に触れると鼻血が出てしまい……」
≪サキュバニア帝国は女性が極端に多い国だと耳にした事があるのですが……≫
「はい、サキュバス自体が九割型女として生を受けます。他にも獣人や少数ですが人族もいますが……サキュバスが多いですね……」
≪大変な境遇……何か力になれたらいいのですが……≫
「カリフェルとは手を取っていたし大丈夫なのよね?」
ビスチェはシャロンがここへ来た時の事を思い出し、母親であるカリフェルの手を取り馬車を降りるエスコートを目撃していたのだ。
「はい、母さんは大丈夫です……他にも姉と妹がいて大丈夫なのですが、他の女性は……」
「何だか大変ね~今日からアイリーンと握手する事から始めるといいわ! 回復魔法を掛けながら握手すれば死ぬことはないだろうし、徐々に慣らせていけば治るかもしれないわね!」
その言葉に複雑そうな顔をするシャルロ。アイリーンはニコニコとしながらもある妙案が頭に浮かびニヤリと口角を上げ、その表情に気が付いたシャルロはソファーに寝そべりながらも距離を取ろうと後ろへ体を逃がす。
≪例えばですけど、女装した男性とかはどうなのですか? 鼻血は出ますか?≫
逃げ出そうとしていたシャルロはアイリーンの宙に浮かぶ文字を目で追うと、考え込みながら俯き、改めて顔を上げるとこの場にいる男へと視線を向ける。
「ぼ、僕ですか!? 僕は女装とか嫌ですよ!」
ロンダルは会話の流れから事態を察して拒否反応を起こすが、コボルトの獣人である彼の身長はやや低く、あどけなさの残る表情はその筋の女性からは人気があり、ポーションを届ける『若葉の遣い』は人気があるのだ。もちろん、姉御肌のポンニルや笑顔を絶やさないチーランダも人気があり、王都の冒険者たちからは良く話し掛けられる名物チームでもある。
「ロンダルの女装とか絶対面白いよ!」
「面白いって、主旨が違うだろ!」
「だが、シャロン殿下の治療の為なら協力してやれ。これはチームリーダー命令だ! もし治ったらそれでいいし、治らなかったらクロが女装すればいいしな。ガハハハ」
豪快に笑いながら話すポンニルに、ビスチェとアイリーンは妄想が膨らみ鼻息を荒くしながらも自然と瞳を合わせ頷き合う。
「あ、あの、それはちょっと……ロンダルくんも躊躇っていますしやめませんか?」
シャロンはおしぼりを鼻に当てながらもソファーから体を起こし、困った顔をするロンダルに迷惑を掛けて申し訳ないと目を閉じて会釈をする。
「それならクロが女装ね! いや、ここは二人とも女装させましょう! 私とアイリーンでクロを女装させるから、ポンニルとチーランダはロンダルを女装させる! どっちが美人に仕上がるか勝負よ!」
≪何やら楽しくなってきましたね!≫
「いや、あの、僕は……」
「ロンダルにはツインテールだと思う!」
「そうかい? 私は貴族がするようなクルクル髪型にドレスを着せてみたいな」
そっとリビングを離れようと一歩ずつ後退るロンダルだったが、「どうしたのだ?」と後ろから声を掛けられ振り向くとキャロットの姿があり、「捕まえて!」と叫ぶチーランダの声に素早く反応し抱き締められるロンダル。大きな胸に挟まれ手足をバタバタさせるが身長差があり床に足が付かず逃げる事は叶わなかった。
「ナイスキャロット!」
「さぁ、お着替えしましょうかね~」
ポンニルとチーランダが手をワキワキさせながらキャロットに確保されぐったりとしたロンダルを確保すると、ゲストルームとして開放している一室へと連れ去る。
「あ、あの、止めた方が……」
「何を今更いっているのかしら? これは貴方の為でもあるし、新しい試みなの。もしかしたらクロはここの誰よりも美人になるかもしれないわ!」
≪人の可能性を潰すのは良くないです! さぁ、新しい扉を開けるのです!≫
ビスチェとアイリーンは立ち上がりキッチンへと走りあっという間に糸で拘束されるクロ。口には猿轡が巻かれアイリーンの糸で上へと運ばれ、ビスチェの部屋へと拉致されるクロを見ながら、シャロンは申し訳なく思いながらも少しだけワクワクしていた。
「で、こうなったと……」
「うううう、酷いです……」
リビングには腰に手を当て仁王立ちで不機嫌な顔をするクロ。魔糸で作られたドレスを着込みクロのトレードマークである黒髪は魔糸で作られたセミロングのかつらを被せられており、目が吊り上がっている事から気の強いお嬢様に見えなくもない。
一方、ロンダルはコボルト特有の青い犬耳をペタリとしながらも、幼い顔立ちにひらひら多めなグリーンのAラインドレス(ビスチェのお古)を着て涙目であり、一部の女性たちからは保護欲を刺激されていた。
「可愛くなったのだ! こんな妹が欲しかったのだ! クロはいらないのだ!」
「きゅうきゅう~」
キャロットはロンダルの頭を優しく撫で、白亜はクロがお母さんになったと喜び偽乳に飛びつき頭をグリグリと押し付ける。
「思った以上に二人とも似合っているのが腹立たしいわ!」
≪ロンダルちゃんは私よりも可愛いです……≫
「ツインテールに無限の可能性を感じるわね!」
「何というか……これからはロンダルの事を甘やかしそうで怖いね……」
各々が感想を言い合うなか、シャロンは二人の姿をキラキラとした瞳を向けており心の中では僕も女装をしたらあんなにも綺麗になれるのだろうか……と、新たな一面が姿を現すのだった。
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