冬への備えと来訪者
日中の気温が三十度を軽く超えながらも汗だくで鉈を振り下ろすクロ。少し離れた場所ではアイリーンが切り出したばかりの木を適当な長さに切り分け踊る糸。手を振り回すと糸が煌めき、あっという間に枝が切断され丸太が完成する。
「ふぅ、相変わらずの切れ味だな。白薔薇の庭園よりもよく切れそうな糸だな」
≪ふっふっふ、それは私も思いますが、日本刀には浪漫があるのですよ。確かにクロ先輩がいうように白薔薇の庭園よりも斬れますし自味に扱えますが、ちょっと糸を出すだけで斬れたら……≫
魔力で生成した文字が途切れお腹を押さえるアイリーン。
「どうした?」
≪原因はクロ先輩ですからね! 体を動かさないと太るんですよ! 毎日美味しい料理にお酒を出すから太るんです! 白薔薇の庭園を毎日振って体を動かす必要があるのですよ! 狩りに行けばそれなりにカロリーを消費できますが、獲ってきたお肉を美味しく料理するから……何この悪循環!?≫
どぶろくを気に入ったアイリーンは夕食に並ぶ肉料理の肉を確保する猟師のような役割で、魔物を獲っては解体しそれをクロに料理してもらい一杯飲むのが最近の楽しみであり、体重計などはないのだが体が重く感じたのはクロの作る料理が原因なのではと考えたのだ。
≪そりゃ、美味しい料理の方が嬉しいのですが……揚げ物を少し控えましょうよ……あれば食べてしまいます……≫
「そうだなっ! 少しは低カロリーな料理を作るよっ!」
鉈を振り下ろして薪を量産しながら低カロリーな料理を思案しながら、アイリーンが丸太にした木材に鉈を振り下ろす。
「低カロリーといえばコンニャクだよなっ! 味噌田楽に炒め物に麵の代わりに白滝使ってっ! 昆布はあるけどワカメがないなっ! 春雨とかもいいかもなっ!」
≪春雨いいですね! 春巻きとかも大好きです!≫
目の前に浮かぶ文字にそれは揚げ物だろうと心の中でツッコミを入れ、次の薪をセットするクロ。
「あとは野菜をもりもり食べられるメニューとかっ! サラダに鍋に豆腐を使った料理とかかっ!」
≪それならポテトサラダとすき焼きがいいです! しゃぶしゃぶとかもいいですね~あっさりとポン酢で食べればどぶろくに合いそうですよ~≫
「痩せる気ないだろ……」
薪を拾いながらアイリーンに呆れながら口に出すと、ハッとリアクションを取って顔を横に振る。
≪あります! 痩せます! でも食べたい! これが乙女心なのですよ~だ!≫
機嫌を損ねたのかクロから離れるように足を進め、屋敷とは真逆に進み始めるアイリーン。クロは声を掛けようとするが目の前に飛んできた文字に笑い声を上げた。
≪しゃぶしゃぶをお願いします。美味しそうなお肉を獲ってきます!≫
「それなら頑張って用意しないとだな」
割った薪を集めながら今夜の夕食を考えるのだった。
天井から吊るされたプロペラで地下からの涼しい空気を循環させておりひんやりと過ごしやすく、キャロットと白亜はのんびりとお昼寝中であった。
ひと汗かいたクロは汗を流そうかとも思ったが浴室方面から聞こえるビスチェの鼻歌に気が付き、キッチンへと向かい手を洗いながら夕食の支度を開始する。
「野菜多めの冷しゃぶサラダと春巻きなら魔力創造で出せたな……ん?」
キッチン近くの窓から見える景色には陽炎が立ち上る地面に馬車が見え、魔力を瞳に集中させると三人と大きな帆馬車の姿が目に入る。三名の姿は冒険者ギルドに所属している『若葉の遣い』のポンチーロンの三名で、帆馬車には見た事のない紋章旗が掲げられ、赤いハートには白い翼が生え黒い尻尾が見て取れる。
「あれはどっかの貴族の紋章か?」
ひとり呟くクロだったが隣から声が上がる。
「あれはサキュバニア帝国の紋章旗よ。サキュバスを示すハートと尻尾に、大きな白い翼はグリフォンを示しているわ。あの紋章旗が使えるのはサキュバニア帝国の王族か公爵家か商人の一部ね。国を背負っている人物が乗っているって事よ」
薄っすらと濡れた髪に精霊が風を送りキラキラと輝くビスチェの翡翠色の髪。仄かに香る石鹸の香りにドッキとしながらも「面倒事かな」と口にするクロ。
「どうかしらね。ターベスト王国の王族とは仲良くやれているでしょ」
「それなりにはな……」
「それなりって、マヨでおかしくなった王女の事を思い出しなさいよ。はぁ……私が出向くからクロは師匠に伝えて、って、師匠が走っているわね」
リビングを走り抜けるエルフェリーンの表情は明るくそのまま玄関へと走り去り、ポカンと見つめる二人。後からルビーが顔を出し汗だくの様子を見ると今まで鍛冶をしていたのだろう。
「はぁはぁ、師匠の足の速さは凄いですね……あんなに小さく見えるのに早くて追いつけません……はぁはぁ」
肩で息をするルビーに水を用意すると一気に喉に流し込むルビー。
「師匠の足は速いけど、鍛冶場からここまでそう距離はないのよ。ルビーは運動不足ね。最近は鍛冶ばかりで足腰を動かしていないでしょうから明日からトレーニングね!」
ビスチェの言葉に驚きながらも首を横に振るルビー。
「クロもよ! 最近は薪割で腕と背中が少しだけ逞しくなったけど、足腰を鍛えなさい! 風魔法で攻撃するからそれを避ける訓練ね! あとは長距離を走ってスタミナをつける訓練かしら。ほら、アイリーンも帰ってきたわよ」
エルフェリーンと入れ違いで敷地内に入ったアイリーンは大きな赤い蜥蜴を引きずっており、皮が傷まないよう木の板に乗せ糸で固定している。
「あれはブルーリザードね」
ビスチェの言葉に真っ赤な蜥蜴なのにと思うクロ。
「真っ赤ですけどブルーリザードなのですか?」
「そうよ。本来は真っ青な外皮なのよ。怒ると真っ赤に変わって狂化と呼ばれるスキルを使って襲って来るわ。相当怒らせてから狩ったのね」
ビスチェの説明に、それならブルーリザードと呼ばれるのも納得だと思うクロ。
アイリーンはそのまま解体をするのか裏の解体場へと向かい、大きな文字で≪ゲットだぜ!≫と文字を浮かせクロへと手を振る。
「ブルーリザードの真っ赤な皮は高級素材よ。狂化のスキルを使うと数倍に強く早くなるから討伐が難しく、多くの冒険者が怒らせたブルーリザードに返り討ちに合う事でも有名だからね。普通に狩りをするだけなら遠くから弓を使ったり魔術を使ったりして気が付かれる前に狩るけど、アイリーンは特訓の必要がないわね!」
嬉しそうに口にするビスチェにルビーとクロの特訓が確定した二人は、げんなりとした表情を浮かべる。
「入ってきたわね。師匠は嬉しそうな表情で御者と話しているけど、王族かしら?」
敷地内に入った馬車を引くのは四つ足で歩きながらもその背には逞しい翼があり、顔は猛禽類の代表である鷹のような鋭い眼光と嘴をしており、横を並走して歩くポンチーロンの三人に向け手を振るクロ。
それに気が付いたのか三名は走り、こちらの三名も迎い入れるべく玄関へと向かうのだった。
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