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帰還を拒否した先で見た世界  作者:
第一章 王家の試練
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王家の試練



 白百合の花言葉をご存じだろうか。

 純潔や無垢や清浄や高貴な品性などという言葉が一般的である。

 大きく白い白百合の花は存在感があり白く大きな花弁は美しく見る者の目に入れば、その姿に目を奪われるだろう。


 ただ、クロたちが対峙している白百合の花の大きさは一般的な白百合の花の大きさとはかけ離れており、開いた花弁は人間がすっぽりと隠れてしまうほどである。


 近づいて確認したクロが最初に漏らした言葉は「マジかよ……」であった。


 丘の様に盛り上がった場所には数本の白百合の花が自生しており見事な大輪の花を咲かせている。咲かせているのだが、その大きさからか不気味さを感じてしまい白く美しい花というよりは、異様なまでの大きさと生々しさを感じていた。


「これを狩り取りビスチェ様の方へ走ればいいのですよね……」


 自然と小声になる第二王子ダリルにクロは静かに頷くと意を決したのか、王家の紋章の入ったナイフを取り出し身構える。


「いいか、タイミングは任せるからな。自分のタイミングでいい。この花を切り取ると栄養分になっている足元の魔物が息を吹き返したように動き出し襲い掛かる。白百合の根にはユリ根と呼ばれる球根がありそれは魔物の魔核に寄生し栄養としていて、その力がある限り動き続けるからな。

 ある種のアンデットだ……シールドはもう展開しているし一撃では破壊されないと自負している。絶対に守るから安心して白百合を採取し、絶対に放さずに走りきれ!」


 クロの言葉に頷いた第二王子ダリルは意を決し右手で持ったナイフを振り下ろし、左手で白百合の茎を掴み取るとズシリとした重みが手に加わり、慌ててナイフを持った右手を添える。


「走れ!」


 クロの声を耳にした第二王子は足を動かし走り出すが白百合の大きさもあり重く、それに加え開いた花は空気抵抗もありバランスを崩すが、何とか持ちこたえビスチェを目指し走り出す。


「シールド!」


 第二王子ダリルが走り出すと同時にシールドを更に増やし展開すると丘になっていた地面が四散する。その衝撃にクロは吹き飛ばされるがシールドを何枚も張っていた事もあり、逃げる第二王子ダリルへ衝撃が向かう事はなかった。なかったが、四散した丘には腐った臭いが立ち込め姿を現す白百合の寄生主。


「嘘だろ……」


 吹き飛ばされたクロは地面に腰をつき見上げると、腐った臭いなど忘れるほどのインパクトある姿に声を漏らす。


「ホーリーバインド! フレイムバインド!」


「風の精霊よ! ベヒーモスの首を落として!」


 エルフェリーンとビスチェから魔法の支援が入り、慌てて立ち上がり距離を取るクロ。ベヒーモスと呼ばれるマンモスにも似た魔物の死骸に寄生する白百合は、崩れ落ちた肋骨から赤い光を漏らし、そこに白百合のユリ根に変わった魔核があるのだろう。


「魔核確認! 精霊よ! 魔核を破壊して!」


 白い鎖と燃え盛り赤く発光する鎖に繋ぎとめられたベヒーモスは声にならない叫びを上げ、風が吹き抜けると腐っていた首が落ち、次の瞬間には魔石が四散する。が、更なる動きを見せるベヒーモス。頭が落ち魔石を破壊され手も尚、動きはじめるその姿はまるで生への執着があるかのように黒く禍々しいものであった。


 ゆっくりと崩れ落ちるベヒーモスの死骸にエルフェリーンは追加の炎を解き放つ。


「すべてを焼き尽くす園庭の業火よ! この手に集いて我が声を聞け! 浄化の炎を纏いて原始のままに! ホーリーフレア!」


 魔力の輝きがエルフェリーンから発生し、黄金に輝くその姿はいつも見る少女の姿ではなく、ハイエルフと呼ばれるに相違ない美しさを持ち、杖を構えた姿は女神を連想させた。


 力ある言葉に解放された魔力は魔方陣を通し白く輝きベヒーモスへと一直線に伸びると、その禍々しい体を包み込み白く揺らぐ炎へと変わり、叫び声にも似た破動の様なものが響き崩壊するように燃え上がると天へと昇る白い炎に完全に飲み込まれると力なく崩れ始め、白い光の炎が姿を消すとベヒーモスの死骸は跡型もなく、ユリ根の様な形をした魔石だけが残り白い輝きを放っていた。


「す、凄い魔術ですね……」


 白百合の花を両手で持ちながら成り行きを見守っていた第二王子ダリルは立ち尽くしながら言葉を漏らし、女騎士も盾を身構えながらも目の前で起こった衝撃的な事実に口を開け続け、メイドの一人は尻餅をついたまま震える。


 そんな中、ひとりのメイドが声を上げ第二王子ダリルへと走り寄る。


「ダリルさま! おめでとうございます! 王家の試練を乗り越えました!」


 歓喜するメイドだが、その手には装飾されたナイフが握られ、頬笑みながら振り下ろす姿にクロが慌ててシールドを飛ばす。


「アイリーン!」


「ギギ!」


 シールドで押されるように体勢を崩したメイドに、アイリーンの大きなお尻から糸が発射され粘着力のあるそれに絡め取られるメイド。


「何が……いったい何が……」


 目の前で試練を終え喜びながらもお付きのメイドにナイフを振り下ろされた事実に愕然とする第二王子ダリル。糸に絡め取られたメイドはナイフを離す事はなくじたばたとしながらも涙を流し、喜びの声を上げていた。


「これで殿下も王位が継げます! おめでとうございますダリルさま!」


 感動の涙を流しながらも糸から解放されれば試練を終えたダリルを襲い、命を奪う行動を起こすだろう意思に、ぞっとする一同。


「ギギギ」


 メイドの奇行に集まる一同だったがアイリーンの細い前足は、メイドが握るナイフと紫に輝く指輪を往復させる。


「ああ、邪神石……はぁ……今の王家は本当にどうしようもないね……」


 大人の姿へと変わったままのエルフェリーンはため息を吐きながら口にし、杖を構える。


「待って下さい! 彼女は!」


 白百合の花を抱きしめる様に持った第二王子ダリルはメイドの前へと走り寄り、エルフェリーンの前に立ち塞がるがその足は震え、先ほど見た神秘的なまでに高位力の魔術の事が頭を過っているのだろう。


「ああ、別に彼女の命を取ろうとしている訳じゃない。彼女は操られているね。それも強力な暗示だ。おそらく君が白百合の花を手にしたらその呪われたナイフでズブリと刺すように操られているのだろう」


「じゃあ、」


「邪神石の指輪とナイフはリンクしているからね。それを切って指輪とナイフを取り上げれば終わりだよ。ブレイクマジック」


 杖を指輪に向けると喜びの声を上げていたメイドはプツリと意識を失い、固く握ったナイフがその手からこぼれるのだった。






「宴だぁ~~~~~」


 ナナイの声がオーガの村に響き渡り、夕焼けの空を染める様に肉からは煙が上がり香ばしい匂いが村中央の広場に充満して行く。


「じゃんじゃん食べてくれよ~」


「クロから貰った物だが、いっぱい食べて大きくなれよ!」


「うっせ! お前らが大き過ぎるんだよ!」


「ガハハ、オーガのでかさは強さの証だからな!」


 クロの前には大皿にフォークボアのモモ肉がこんがりと焼かれたものが鎮座し、身長がギリギリ百七十に届かない事を気にしているのだ。


「ギギギ」


 クロの横に座るアイリーンは慰める様に声を掛けながらも目の前に焼かれた肉へと視線が釘付けになり、クロが切り分けると嬉しそうに口に入れ体を揺らす。


「第二王子さまもいっぱい食べて王位を継承してくれよ」


「はい……」


 疲れもあるだろうが、メイドが操られ自分を襲ってきたという事実に気分が落ち込み、消え入りそうな返事をする第二王子ダリル。


「元気出せとはいえないが、これを浸けて食べてみろよ」


 クロの手が輝き創造魔法で生み出したボトルを開け皿に注ぐと、ニンニクの香りが広がり近くにいたオーガの娘たちが声を上げる。


「クロ! 私も! 私も!」


「あぁ、ずるい! 私たちも焼き肉のタレ欲しいぞ!」


「あれをかければ何でも美味くなる魔法のタレだね!」


「ほら、これだけあれば足りるだろ」


 新たに生み出した焼き肉のタレのボトルを受け取ると、キャーと歓声を上げ走り去るオーガの娘たち。


「みんなで分けろよ~」


 そう声をかけるクロは自身でも肉を切り分け焼き肉のタレを付け口に運ぶ。


「うまっ、こんがりと焼けているし、下処理が上手いから柔らかいな」


「ギギギ」


 アイリーンも同じ意見なようで嬉しそうに声を上げ、細い前足でクロの裾を引っ張ると焼き肉のタレを指差し自身の皿へと往復させる。


「ああ、かけるよ。アイリーンも今日は大変だったな。いや、今まで大変だったな」


「ギギギ」


 コクコクと頷きながらも焼き肉のタレをかけた肉を口にすると体を更に揺らし喜びの声を上げる。


「クロ! お疲れ様! それに隣の蜘蛛さんもこれから宜しくね! 私は村長の娘のラライよ」


 ラライが大皿に乗せたフルーツをクロの前に置くとアイリーンに簡単な自己紹介をする。


「ギギギ」


「あはは、何いってるか解らないけど宜しくね!」


 互いに手を振り合い自己紹介する二人に声を出して笑うクロ。横に座る第二王子ダリルも少しだけ笑い多少は元気が出てきたのかもしれない。


「この村は良い所ですね。皆が笑い、急にここを訪れた僕や蜘蛛の魔物も受け入れてくれて……」


「ここのオーガたちは基本的にテンションで生きているからな。楽しい時にはみんなで騒ぎ歌って踊って酒を飲む。権力闘争なんてものはないし、ナナイさんが拳ひとつでまとめ上げている。気の良い奴らだよ」


「羨ましいです……僕はいつも毒殺を恐れ、温かい料理を口にするのは本当に久しぶりでした。昨晩のチーズが伸びるパンや、温かいおにぎり、このお肉だって暖かくて軟らかくて美味しいです」


「そっか……身分が違えば色々と大変なんだな……アイリーンもそうだが、もっと平和的に過ごせないものかね~」


「あはははは、うちは平和的でしょ。師匠は錬金に夢中だし、私は精霊の声を聞き自然と暮らし、クロは薬草をゴリゴリして過ごしているものね」


 ビスチェの手にはワインが入った木製のカップが握られ頬を染めている。


「そうだな……たまに風で飛ばされるけどな」


「何よ~そのお陰で王子様が助かったんでしょ~ねぇ~」


「はい、あの時は本当にありがとうございます」


「それに今食べているのがそのお肉じゃない。クロが飛ばされればお肉が食べれて人が助かる。良い事しかないわね~ぷはぁ~」


「それは結果論だろうが……はぁ……」


「ギギギギギギ」


 ため息を吐くクロに横で座っているアイリーンが声を上げるとクロは何度か頷き口を開く。


「アイリーンは心配してくれるんだな。ありがとうな」


 やや演技臭いクロにアイリーンは焼けた肉を指差し、焼き肉のタレを交互に指差す。


「違ったみたいですね……」


「うう、誰も俺の苦労を解ってくれない……」


 そうは言いながらも焼けた肉を切り出し皿に盛りタレをかけるクロ。第二王子の皿も空いており追加の肉を乗せ同じ様にタレをかけ、女騎士やメイドたちにも肉を切り出し分けるクロ。


「クロもちゃんと食べなよ! それに酒だって飲まないと楽しくならないだろうが!」


 ナナイが酒樽を担ぎ地面に降ろすとまわりのオーガから歓声が上がる。


「これは特別に美味く出来た酒だからな。第二王子の坊っちゃんに騎士たちも飲んでくれると嬉しいよ」


 素手でワイン樽の蓋を開けると柄杓を入れカップに注ぎ第二王子や騎士へと渡すナナイ。もちろんクロへも手渡され苦笑いしながらも受け取るとワインに口を付ける。


「おお、確かに美味いな。甘さもあるし香りが抜群だよ。これならまた飲みたくなる味だ」


「ガハハハ、そうだろう。特別に美味く出来た酒は恩人に飲ませるのがオーガの流儀だ。ここは王国じゃないが、安定した政治をするだろう坊っちゃんには期待している。みんなで美味しい酒が飲める世の中にしてくれよ」


 ナナイの言葉に飲むのを躊躇っていた第二王子ダリルはワインを一気に呷り飲み干すと、大きな声で「任せて下さい!」と叫ぶのであった。





 一時間毎にもう三話上がります。


 

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 お読み頂きありがとうございます。


 

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