秘密の料理と復活の呪文
「もうお腹いっぱいなのだ~」
「キュウキュウ~」
夕食を終えたキャロットがソファーに横になるとその上に白亜が舞い降り横になり、更には満腹になった妖精たちまでわらわらと舞い降りる。
≪凄くファンタジーですね……≫
「そうだな。地球じゃ見られない光景だよな……」
皿を片付けながらキャロットに群がる妖精たちを見つめるクロとアイリーン。
≪食べてすぐに横になると牛になると聞いたことがありますが、キャロットさんならドラゴンになるでしょうか≫
「実際にドラゴンになるしな~それにしてもみんなよく食べたな。残るかと思ったが綺麗になくなったよ」
「魚のフライにタルタルは美味しかったですね~ウイスキーとも相性が良かったと思いますよ~」
「あら、あの魚のフライには白ワインの方が合っているわ。ポテトサラダにも合っていたし、バターで炒めた貝にも合うわね! 白ワインは最強よ!」
「僕はどの料理も美味しかったし、ふふふ、ハイボールが美味しかったね~ウイスキーをシュワシュワで割るという発想に驚いたよ~」
「あのシュワシュワで割った酒は美味かったですな。我々の作った酒もお出ししたかったのですが……」
悔しそうに顔を顰める妖精たちのリーダー。女神ベステルが水田を作った事で酒を保存していた地下の穴が混ぜられ、木をくり抜いて作った容器は粉々に崩れ去ったのだ。
「それは残念だけど今度作ったらご馳走してくれよ。妖精の酒は特別に美味しいと聞いたことがあるぜ~楽しみに待ってるぜ~」
「はい、そういって頂けると救われます……蜂蜜から作った酒や木の実から作った酒など本腰を入れて作りたいと思います」
少年のような容姿の妖精の言葉に、年齢的には合法なのだろうと思うクロ。天使も幼く見える容姿をしており地球ならアウトだろうと思いながらもゴブリンの村での日本酒造りをしていたなと、複雑な顔をしながら皿を片付ける。
「よし、それでは始めるかな~炊き立ての米と米麹にイースト菌と綺麗な水を用意して~」
キッチンのテーブルに道具を広げたクロは確認しながら準備をはじめ、皿洗いならぬ皿浄化をするアイリーンの目に留まる。
≪クロ先輩はこれから料理ですか?≫
「ああ、ちょっとなぁ~」
目の前の文字にご機嫌で応えるクロに皿浄化の手を止めるアイリーンは、覗き込むようにクロの横から顔を出してテーブルに広げたものを見つめた。
≪お米にドライイーストに米麹ですか?≫
「ああ、この米麹はゴブリンさんたちが菌を繁殖させたものだな。あとは炊き立ての米とドライイーストに水。さて、何を作っているのでしょ~か!」
ノリノリに問題を出すクロは炊き立ての米を大きな鍋に入れ水を注ぎ始めるとよく混ぜ、米麹とドライイーストを入れ再度混ぜると蓋をする。
「よし完成。あとは三日寝かせれば出来上がりだな~」
≪完成!? ご飯に入れて混ぜただけですよね! それで何が作れるのですか?≫
「ふっふっふ、これは日本では違法になるが異世界なら合法の家庭で作れる簡単なお酒だな。どぶろくって聞いたことないか?」
≪どぶろく? 初耳です≫
「どぶろくとは江戸時代頃の家庭ではよく作られていたお酒で、米に麹とイーストを入れて発酵させた米の酒。簡単な日本酒かな。これを三日冷暗所で発酵させ布でこせば完成だよ。ゴブリンさんたちの村で酒造りのパンフレットを翻訳した時に見つけてな、簡単だから作って見た。冷蔵庫で一週間ぐらい寝かした方が美味いらしいが飲んでみたいか?」
「僕は飲んでみたいよ~クロが作ったお酒だろ! 絶対に飲むからね~」
キッチンカウンターから顔を出すエルフェリーン。その横にはビスチェとルビーの顔もあり、ルビーの頭の上には妖精たちもうんうんと頷く。
「美味しかったら定期的に作ってもいいかな。作り方は簡単だし、ドライイーストと米麹は市販されてたものを魔力創造で出せるからな~」
≪あのあの、クロ先輩! 疑問に思った事があります!≫
後ろで手を上げるアイリーンに向き直ったクロは「何だ?」と口にしながら大鍋を持ち上げキッチンの端へと片付ける。
≪クロ先輩の魔力創造は生き物を作り出せるのですか? もしかしたら亡くなった人とかも作り出せる?≫
「おいおい、怖いこと言うなよ……生き物を作ろうとか思った事はないが……ああ、ドライイーストとかはよく考えたら菌だし生き物か……」
≪それも大量の生き物ですよ! これって大変な事じゃ……≫
クロが魔力創造で生み出したドライイーストのパッケージを見つめるアイリーンとクロ。
「でも菌に意思とかあるのか? ああ、粘菌の迷路実験とかあったな……簡単な迷路だけど粘菌は出口の方に菌糸を伸ばすって……そう考えたら知性があるのか?」
「菌類は知性があるわよ。歩くキノコとか自爆するキノコとか光の点滅で会話するキノコとかもいるわよ」
ビスチェの言葉に苦笑いを浮かべるクロ。アイリーンは難しい顔をしながら魔力で生成した文字を浮かべる。
≪そう考えるとクロ先輩は生物を魔力で誕生させた事になりますよね……≫
「お酒を発酵させる菌だっけ、あとはパンを膨らませる菌だよね。これだけならまだいのちの誕生と言うには不十分かな~人造人間ぐらい作らないと誕生させたとは言えないよ~
それに死者の復活は僕だってできるけど条件が厳しいからね~死して間もなかったり、寿命じゃなかったり、不慮の事故でも体がバラバラだったら生き返らせた瞬間にまた死ぬからね~魂を別の器に移す方が簡単だよ~」
さらりと恐ろしい事を口にするエルフェリーンに目を輝かせるアイリーン。
≪エルフェリーンさまはやっぱり凄いですね! 私もいつか、復活の呪文が使えるようになりますか?≫
「あはははは、どうだろうね。使えたら使えたで不便な事や神々からも文句が来るからね~死神なんてのもいるからネチネチと毎晩夢に出て文句を言われた日には寝るのが嫌になったよ~それを考えると、死という終わりは自然に受け入れる事だと僕は思うな~」
エルフェリーンの言葉に死神という神が存在し、死者の復活をさせると夢に出てきて説教をされるのが確定するという事実にアイリーンは困惑する。
≪怖い方なのですか?≫
「いや、見た目は可愛いけど、話が脱線するんだよ~どうでもいい話をずっと一方的にしてくるからすごく疲れるんだ……あれは拷問の類だね……」
≪復活の呪文は諦めますね~私はエルフェリーンさまのネクロミノコンの書でアンデットとして復活する方を選びますね! クロさん頑張れ!≫
笑顔を向けるアイリーンに「ゾンビは嫌だなぁ……」と呟くクロ。
「それより早く僕はクロが作ったお酒が飲みたいよ~いつになったら飲めるかな?」
「早くても三日後ですが、一週間は寝かせると味がまろやかになるそうですよ」
「そっか……もっと作って味の変化の確認をするべきじゃないかな? そうすれば一週間でどのタイミングが美味しいか解るよ! うんうん、僕ってば天才的な発想だね!」
「クロ先輩! お手伝いしますね!」
「私も興味があるから手伝うわ!」
≪私は残りを浄化しちゃいますね~クロ先輩、頑張れ!≫
妖精たちが飛び回り三日後から一週間続くどぶろく祭りの下準備を開始するクロ。
「一週間も続けて飲んだら体に悪いですからね! 毎日少しづつにしましょうね!」
そう声を大にして皆の体を気遣うのだった。
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