ビスチェとアイリーンの狩り勝負
空を行くビスチェは精霊の声を聴きながら魔物を索敵する。遠くには山々が広がり、深い森が続く眼下を見つめ精霊の声に耳を傾ける。
「ふふ、ここからでもトレントの大樹が見えるわね。それに工房も見えるわ」
魔力で強化したビスチェの視界には草原の若葉たちが住む工房が映り、薄っすらと煙を上げる鍛冶場が確認できた。今もルビーが一生懸命に鉄を打ち続けているのだろう。
そこから視線を外し荒野へと移し煙を上げて走るフォークボアの群れや、二本足で立つダチョウに似た鳥の群れに、鋭い角が枝分かれした大鹿などが視界に入るが首を振り、精霊たちが探した魔物に対して拒否をする。
「あの辺の魔物はいつもアイリーンが獲って来るでしょ。アイリーンが獲って来ない魔物がいいわ。それに飛び切り美味しいお肉でなくちゃ! 驚いてクロの顎が外れるぐらいのお肉がいいわ!」
キラキラと煌めく精霊たちの光にビスチェは風を受けながら更に高く飛び上がる。
「あれね……ふふ、たまには空鴨のお肉もいいわね。空鴨の脂は甘くてジューシーで最高なの! あれならクロも驚いて顎を外すわね!」
雲の切れ間からビスチェの気配に気が付いた空鴨が飛び立つと同時に魔術を発動させるビスチェ。
「エアシュート!」
鋭い空気の矢が空鴨の背中を捉える。と同時に雲の切れ間からずらりと横に並んだ牙が現れ落下し始めた空鴨を一飲みにし、厚い雲の隙間からは赤くギラリと輝く瞳がビスチェと交錯する。
「なっ!? スカイシャーク! 他人様の獲物を盗むとはいい度胸ね。風よ! 獲物の変更よ! スカイシャークを討つわ!」
空中で静止したビスチェのまわりには光が集まり太陽光を乱反射させるほどの圧縮した空気の層が出来上がると、右手を掲げて声を張り上げる。
「風の精霊よ! 我が魔力と共に目の前の愚か者に鉄槌を! エアジャベリン×10」
右手に集まった風が一気に駆け抜けスカイシャークは踵を返し厚い雲の中に逃げ帰る。が、雲の下方から落下するスカイシャーク。すでに事切れているのか穴だらけの体からは血飛沫が舞い地面に落下すると、その大きさが見て取れた。
「思っていたよりも大物ね! あまり美味しくないけど……もしかしたら胃の中に空鴨がいるかもしれないわ! 一石二鳥ね!」
地面に舞い降りるとその巨体がよく確認できるが、体の殆どを酸素よりも軽いガスが占める事もあり血を多く失ったその体は萎れている。雲の中に住む生物の殆どはこのように体内にガスを溜めて浮いており、食べられる部位が少ないのである。
「アイテムボックスに入れるから手伝ってね」
キラキラと輝く精霊たちはビスチェと共にスカイシャークを風で包むと、アイテムボックスの入り口である空間に押し込み運び入れる。それはパラシュートの回収に似て手で丸めて押し入れる感じであった。
「水よ!」
手に付いた血を水魔法で洗い流しながら次の獲物を探し視界を走らせるビスチェ。精霊たちもキラキラと光を発しながら辺りに風を走らせセンサーのように魔物の気配を探る。
「ん? あれは……うわ……グレイトウルフ……あれは美味しくないのよ……毛皮と魔石の価値はあるけどクロだって美味しく料理できるとは思えないわ……」
五頭のグレートウルフが血の匂いを嗅ぎつけ集まってきておりビスチェとの距離を詰めている。臭覚と聴力に視力が特化しているウルフ系の魔物がビスチェの姿を確認すると一斉に走り出す。
「マジックアロー×10」
こちらへと向かってくるグレートウルフに魔法の弓を引いたビスチェ。緑色した弓が発射されると先頭を行くグレートウルフの眉間を貫きゆっくりと速度が落ちその体を地面に横たわらせ、それに驚いたグレートウルフもまた眉間を貫かれ体を倒す。
「よし! あれもクロにお土産ね! 肉はゴブリンさんたちに押し付けるか、クロに食べさせましょう! 回収を手伝ってね~」
五匹のグレートウルフをアイテムボックスに収納するビスチェは次の獲物を探すのだった。
アイリーンは蜘蛛の下半身で高速移動しながら海を目指していた。海岸が近い事もありすぐに到着すると、地球で見るワニをおやつ感覚で食べてしましそうなほど巨大なワニの姿を確認する。
ひぇ~あんなに巨大なワニってゴブリンさんたちが出会ったら逃げる一択だよね……ここはあれを狩って恩を売るのもいいかもですね……それにワニは鶏肉に似た味とか聞いたことがありますし、皮だってバックに財布に使い道もありますよね?
覚悟を決めたアイリーンはこっそりと音を立てないようワニの後ろを取り糸を飛ばす。糸がワニの口を捉えるとその口に巻き付き驚き暴れる巨大ワニ。
まずは成功ですね。あとは硬そうな皮をどうにか斬れれば……
腰に差している白薔薇の庭園を引き抜くアイリーンに気が付いた巨大ワニが焦りながら体を旋回させるが、正面を向いた時にはすでに遅くアイリーンの姿はない。
「はっ!」
耳元で聞こえた声を耳にしながら巨大ワニはその生涯を終え、頭と胴体が二つに分かれるのだった。
倒せましたが……運べる気がしませんね……波にさらわれないよう糸で縛り岩に固定して……ん? あれは人魚………………半魚人!?
魚の頭を持ちながらも人型の生物が長い槍を持ちこちらへ向かってくる生物が視界に入り、白薔薇の庭園に残った血を素振りで払い警戒するアイリーン。
「待て待て待て、敵意はない! 我らは海の民! ギガアリゲーターを倒してくれた礼が言いたいだけだ!」
腰まで海に使ったまま長い槍を仲間に渡し両手を上げる海の民。三名いるが手を上げているのは先頭のひとりで、後ろの者は槍を両手に持ったまま手を上げ戦う意思がない事を告げる。
≪文字は読めますか?≫
「文字は読めますか? か、俺は読めるぞ! これでも船を誘導する仕事をしていたからな。他の物たちも簡単な読み書きぐらいならできるが……人なのか? 蜘蛛なのか?」
アラクネの姿を初めて見る海の民からの言葉にアイリーンは簡単な説明を魔力で生成した糸で浮かせる。
「ほう、あたらな種族か。俺たちは海の民と呼ばれるマーマンだ。このギガアリゲーターに多くの仲間をやられてな……感謝する!」
先頭のマーマンが頭を下げ後ろにいた者たちも頭を下げ感謝する姿に、警戒はしながらも白薔薇の庭園を鞘に納めるアイリーン。
≪勝手に狩ってごめん……≫
「いや、俺たちはこれに勝てるとは思っていない。これが村に来る前に知らせる役目だ。これからは安心して暮らせるよ……」
「何かお礼をさせてくれ!」
「魚を食うならいっぱい獲って来るぞ!」
後ろの二人の言葉に狩り勝負を思い出すアイリーン。
≪ギガアリゲーターは美味しいですか? もし美味しくないのなら美味しいお魚が欲しいです≫
「ははは、任せろ! 美味い魚を獲って来よう!」
「この頭を貰えないか? 村のみんなに見せてやりたい!」
「眉間にある魔石は今取り出すぞ!」
後ろにいた二人は額に埋められた拳大の魔石を取り出すとアイリーンへと投げキャッチする。
≪中々の色とサイズの魔石ですね! 頭は食べないので好きにして下さい! あとで仲間がそれの回収に来ますから肉食の魔物に取られないようにしないとですかね?≫
「あいつのせいで肉食の魔物はこの辺りでは見なくなったが、守った方がいいかもしれんな。俺たちで良ければ見守っておくぞ!」
≪お願いします! 私は一度戻って応援を呼んできますね~≫
マーマンたちを信頼したのか、それとも大物を倒し魔石を手に入れテンションが上がったのか、アイリーンは来た道を戻りアイテムボックスが使えるクロの元へと走り出す。
走り去るアイリーンに頭を下げるマーマンたち。アイリーンが完全に見えなくなると大きなワニの頭を三人で海へと引きずり込むと二人は村に向け吉報を知らせに泳ぎ、一人は頭のなくなったギガアリゲーターの前に立ち爪を上げ威嚇する小さなカニに対して槍を構えるのだった。
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