男女比と老後
翌朝、息苦しさに目を覚ますと目の前に何か乗っているようで手で掴むとゴムのような弾力のある手触りに白亜だと思いベッドの脇に移し、更には腰に抱き着いているものも手で払い退けながら、何でここにキャロットが!? と驚くクロ。
「もしかしたら白亜とキャロットさんの二人で俺のベッドに忍び込んだのか……」
一匹とひとりでうつ伏せになり寝息を立てる姿に大きなため息を吐いたクロは、パジャマのまま自室を出ると階段を降りキッチンへと向かう。
赤く染まる空に日の出と共に起きたのだと気が付いたクロは、朝食を考えながら竈にルビーから送られた魔剣を使って火を入れると薪を追加する。
「ドランさんたちガレットを知っていたからそれを作るとして、二日酔いの師匠にはあっさりとした……アワビが戻っていたらそれを出汁にしてスープにするか。アワビの炊き込みご飯もいいが、タコ飯をしたばかりだし、ゴブリンさんたちにお願いすればまた交換してくれるかな……」
物々交換した品と塩の成功を思い出したクロは、ワカメや昆布といったものも今度着たら説明して取って来てもらおうと思案する。
「クロはもう起きておったか。若いのに偉い働き者だな」
一階奥の客室から現れたドランの声に朝の挨拶を交わすクロ。
「昨日は孫娘がすまなかったな……」
軽く頭を下げるドランの言葉にキャロットのあられもない姿が思い浮かび頭を振って考えないようにする。
「えっと、今朝起きたら白亜と一緒に俺のベッドに寝ていたのですが……もちろん何もしていませんからね!」
報告と弁明を早口で伝えたクロにドランは天を仰ぎながら右手で顔を押さえる。
「あのバカ娘は……朝から迷惑を掛けた」
「いえ、きっと白亜が提案したんでしょうし……その、この事はビスチェやルビーたちには内緒にして下さい。汚物でも見るような目で数時間は見られるので……」
「ははは、そうか、ははは、汚物か、ははは、その程度で許してもらえるのなら良い事だな。我が間違えてエルフェリーンさまの風呂場に入った時など無言で雷が響き渡ったのだぞ」
「そ、それは酷い……」
「うむ、あの頃もここの不思議と女が集まるからな、男の意見など軽視されるか黙殺されるかだな」
「ああ、それは少し解ります。自分もそれを感じる時がありますし、気を使って最後にお風呂に入るとその水を飲んでいるとか言われましたし……」
クロはお茶を入れるとキッチンのテーブルに添えてある椅子に座ったドランの前に置くと笑い始める。
「それは面白い発想だな。あの女たちの残り湯を飲むという発想に驚くぞ」
「ですよね……はぁ……どれだけ変態だと思われているのか……」
「はははは、クロもクロで大変なのだな」
「大変ですが楽しい事は楽しいですね」
そういいながら竈の前に戻ると料理を再開するクロ。手早く野菜を刻みアワビの柔らかさを確認すると薄くスライスし、アワビの出汁の出た鍋に戻すと火を入れ煮込み始める。並行して大きなボウルにそば粉と玉子に塩と水を入れ混ぜはじめガレットの生地の準備をし、よく混ざったら生地を休ませながら次の料理に取り掛かる。
「手際がいいな。あちらでも料理をしていたのだな」
「料理は趣味程度にはしていましたね。バイト、仕事で調理場に立つこともありました。自分がここに来るまでの師匠とビスチェは酷い食事をしていましたし、喜んで食べてくれるのはやっぱり嬉しいですね」
クロがここへ来る前のエルフェリーンとビスチェは食には興味がなかったのか、ドライフルーツと硬いパンを齧り干し肉とワインで夕食を済ませる事が多く、栄養バランスに喧嘩を売るような食生活を送っていた。そこにクロが加わると食生活は一変し、今では栄養バランスを考えたクロの料理がテーブルに並ぶと表情を崩しながら食べる二人の姿にクロ自身が喜び、アイリーンとルビーもそれに加わった。
最近では神まで奉納という形ではあるが加わり、魔力創造の力に感謝しているのである。
「うむうむ、昨日の料理も酒も美味かったからクロには感謝しているぞ。そういえば新築祝いを渡し忘れていたな。我の村で作った酒と高山山羊のチーズに擬岩猪の燻製肉だ」
アイテムボックスのスキルを所持しているドランがテーブルに広げると陶器製の壺と一抱えはある巨大なチーズに革製の袋に詰められた燻製肉が姿を現す。燻製というよりも乾燥を重視し保存できるようにしているかカチカチなアワビと同じような硬さと軽さに、クロはお礼を言いながらもどう食べようか思案する。
「ありがとうございます。今日はガレットを作りますので、このチーズを使わせていただきますね」
「おお、クロもガレットが作れるのなら頼みたい! 我が村のガレットは焼いた肉と葉野菜を入れ巻いたものだが、クロがどのような料理にするか楽しみだぞ!」
「あまり期待しないで下さいね。ハードルが上がると期待に応えられませんからね」
「ははは、それもそうだな。我はゆっくり待つとするよ」
お茶を持ち立ち上がったドランは朝日が昇り日の射すリビングへと足を進め日光浴を始める。
「よし、スープはアワビの中華風卵スープにして、ガレットの具材はハムと玉子にチーズのと、水菜とクレソンにベーコンとキノコを使ってバルサミコ酢でソースを作って、あとは何か……」
手と頭を動かし朝食を完成させるのだった。
「こ、これがガレットじゃと……」
「今日は朝から豪華ですね!」
「アタシの知ってるガレットじゃないのだ」
「へぇ~クロのガレットはこういう形なのね。それに玉子スープが美味しそう」
≪朝から手が込んでいますね! クロ先輩がシェフになりました!≫
「俺の知ってるガレットです。それとスープは干したアワビを使ったもので、ゴブリンさんたちからのお土産でいいのかな? ああ、白亜は一人で食べる事! 俺は師匠を起こしてくるからな」
リビングに集まった者たちがテーブルに広がる料理を見つめ歓声を上げるとクロは簡単に料理の説明をしてからその場を去り、エルフェリーンの元へと向かう。背中には白亜が抱き着き甘えた声を上げているがキャロットと一緒にベッドへ侵入した事もあり、ひとりで朝食を食べるよう言った事が原因なのか、しがみ付いて離れようとはしない。
「まったく……キャロットさんは成人した女性なんだからな。一緒に寝たいのなら俺か彼女かにする事!」
「キュウキュウ~」
甘えた鳴き声を上げる白亜を背中に付けたまま階段を進み、エルフェリーンの私室の前に到着するとノックをするが返事がなく鍵の有無を確認すると開くドア。
「師匠~朝食ですよ~食べませんか~」
暗い室内に入るとベッドから腹筋を使って起き上がったエルフェリーンの姿があり寝ぼけているのか頭を左右に振り続け、クロがカーテンを開くと光が差し込み顔を顰め、白亜も眩しかったのか「キュ!」と鳴き声を上げる。
「今日はガレットを作りましたし、干しアワビを戻した玉子スープもありますから起きて下さい」
「う~ん、起きたよ~抱っこ~」
両手を上げるエルフェリーンに、後ろに白亜も背負っていると思いながらも手を取り抱き上げるクロ。
「キュキュキュ」
「ああ、お揃いだね~う~ん、クロから美味しそうな匂いがするよ~香ばしいベーコンの香りかな~」
また寝そうになるエルフェリーンをお姫様抱っこで運ぶクロ。背には白亜に抱き着かれたままリビングに現れると、慣れた手つきで椅子に下ろし飲み物を用意する。
「良い弟子をお持ちになりましたな」
「うんうん、クロが介護してくれるなら老後は安心だね~」
少女ほどに見えるエルフェリーンの言葉にドランを含めた者たちが笑い声を上げるのだった。
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