ハムと全裸
「白亜さま~お待ち下さいなのだ~あはははは、豆腐は美味しいのだ~白亜さまも食べるのだ~」
幸せそうな夢でも見ているのか目を閉じながらも笑顔で寝言を呟くキャロット。それを耳に入れながらドランは孫娘との旅が過酷だったことを後悔していた。
本来であれば二日に分けドラゴンの姿へと魔化してこの錬金工房へと到着するはずだったが、黒い雲が遠くに見えた事もあり休まず飛び続け今に至っている。成人して間もないキャロットの体力では危ういと判断しながらも雨と雷に打たれるよりはましだろうと急いだ結果が、白亜の可愛らしさと疲労により限界を迎えてのダウンである。
「うむ、無理せず休むべきだったか……」
「ん? 何か言ったかい?」
「いえ、何でもありませんが……クロという男……もしや勇者なのですか?」
「ああ、それは違うよ~クロは勇者召喚に巻き込まれた一般人だよ~魔王は退治され勇者は帰りクロは残ったんだよ。いや~嬉しかったね~残ると口にしたクロに僕とビスチェは本当に喜んだよ~」
「そうね! あの時の事は今でも覚えているわ。クロが照れ笑いを浮かべながら、ここに残ってもいいですか? 何て聞いて来たからね」
「うんうん、僕はもう家族だと思っていたからね~」
「か、家族は言い過ぎだけど、料理上手が加わるのには大賛成だったからね! 私も快く許可したわ!」
リビングで騒ぐ声を聴きながらクロはアイリーンが浄化魔法で洗う食器を片付けながら当時を思い出し、アイリーンは聞き耳を立てながらも糸を送り振動から話している言葉を正確に聞き取る。いわゆる骨伝導である。
「掃除に洗濯にクロは家事全般が得意なの! メイド服に着替えればいつでもメイドになれるわね!」
「それはクロ先輩が嫌がりそうですが……見てみたいですね……」
「あはははは、それはいいね! 今度、王様にお願いして一着貰ってこようかな!」
「それは勘弁して下さい……代わりにおつまみを持ってきましたから、これでも食べて飲んで再会を祝って下さい」
クロの手には某コンビニの白菜の漬物と、ちょっとお高いお歳暮用のハムを皿に乗せたものをテーブルに置くと歓声が上がる。
「おお、食べ応えがありそうなハムだね! それに果実の皮の香りがする漬物だ!」
「私が切り分けます! 厚めにして火で炙りますか?」
ルビーが封を開けると慣れた手つきでハムを取り出しナイフを使い厚めに切り出す。
「炙るなら暖炉に火を入れ……ると、熱いわね」
「なら我のブレスで軽く炙るか?」
「キュウキュウ」
ドランの言葉に白亜が喜ぶがエルフェリーンが顔を歪める。
「それはやめようか……前にそういってブレスで咽て肉を丸焦げにしたじゃないか、他にも滴る肉汁が目に入って転げまわったり、くしゃみをして鼻水が滴ったり、家の天井を焦がしたこともあったね……僕はドランのブレスにいい思い出がひとつもないよ~」
エルフェリーンの言葉にハムを切った皿をクロへと渡すルビーだったが、遅れてやってきたアイリーンにそれを渡すクロ。
「これを軽く炙ってくれ。俺は白亜と風呂に入って来るからな」
≪お任せ下さい! まだ竈の火は落としてませんからね~≫
更に乗ったハムを持ちキッチンに向け歩き出すアイリーン。クロは口を開けハムが食べられないことが確定した放心状態の白亜を抱き上げるとお風呂場に移動する。
「あむあむ、それにしても異世界召還ですか……豚の魔王が討たれた情報は聞きましたが……この世界に残るものがいるとは……」
「うん、クロにとっては居心地のいい世界……じゃないか、居心地のいい家だったんだと思うよ。あむあむ……うん、やっぱりこの漬物は美味しいね~」
「はい、適度な酸味に甘みとシャキシャキとした葉が美味いですな」
「ぷはぁ~ウイスキーにも合いますよ~本命はハムですが漬物も合いますね!」
≪炙りましたよ~今日から私はハムの人です~≫
竈で炙られたハムがテーブルに運ばれ厚切りのハムを口に入れ酒を煽る大人たち。香ばしく焼かれたハムからは燻製の香りが立ち込め、齧れば適度な塩味にコクのある肉の旨味が溢れ出す。ウイスキーと白ワインを飲みながらエルフェリーンの昔話やドランの過去にクロの話で盛り上がるのだった。
「ん? 白亜さま……」
そう呟き夢から覚めたキャロットは白亜が大きな肉に齧り付く夢を見ていた事を思い出しながらも、鼻腔を擽るハムの焼ける香りに意識を取り戻す。
「爺さま……白亜さまはどこなのだ?」
目を擦りながら大きく口を開けハムに齧り付くドランに尋ねるキャロット。
「あむあむ……白亜さまは風呂へ行ったぞ。それよりもこのハムが美味いぞ! キャロットも食べて見るといい」
「ぷはぁ~白ワインとも相性がいいわね! ハムはぼそぼそして嫌いだったけど、このハムは絶品よ!」
≪ふふふ、これぞお歳暮の力!≫
満足気な表情を浮かべ炙ったハムを口にするアイリーン。キャロットは立ち上がりフラフラを覚醒し始めた頭を回し歩き出す。
「うんうん、本当に美味しいねぇ~異世界のハムは肉の旨味を引き出しているよ~」
≪ハムにマヨをかけてオーブンに入れてマヨが焦げるまで焼くのもお勧めですよ~≫
「何それ、絶対に美味しいヤツじゃない!」
「クロ先輩にハムを出してもらいましょう!」
「ハムとウイスキーだね!」
空になったウイスキーの瓶をプラプラと揺らしながら口にするエルフェリーンだったが、叫び声がリビングへと届き全裸のクロが股間を押え飛び出してくると階段を走り上がって行く姿が目に入り、思わず口にしていた白ワインを吹き出すビスチェ。ルビーは口をあんぐりと開け、エルフェリーンは手を叩いて笑い出し、アイリーンは続いて出てきた全裸に白亜を抱いたキャロットの姿に事情を察する。
「まったく……我の孫は何をやっておるのか……」
濡れる白亜を抱き締めたまま逃げ出したクロを視線で追うキャロットに、アイテムボックスから出したタオルを投げつけるビスチェ。
「す、すごく大きいですね……」
≪あんなにも大きいのは種族差?≫
「あはははは、ドラゴニュートの胸は大きいよね! 確か、火吹き袋だっけ?」
「はい、ドラゴニュートの女性は自身を守るため男よりも火吹き袋が大きく、長くブレスを吐く事ができますな」
投げつけられたタオルで濡れる白亜を拭き始めたキャロットに「そうじゃないわよ!」と叫ぶビスチェ。ルビーとアイリーンはドラゴニュートに産まれたかったと思いながら揺れる胸を羨み眺め、祖父であるドランは片手で眉間を押え常識のない孫娘に大きなため息を吐く。
「早くタオルで体を隠しなさいよ! ドラゴニュートがこんなにも常識がないとは思わなかったわ! クロはどうしてくれようかしら……」
慌てて全裸で二階へと駆け上がったクロを思いながら腕組みをするビスチェは、頬を染めながらも適当な罰を考えるのだった。
「湯気で見えなかったが全裸で男のいる風呂場へ入って来るかね……」
白亜と湯に浸かりながら当たり前のように入ってきたキャロットを思い出しながら、魔力創造で作り出したタオルで体を拭き着替えるクロ。
「はぁ……手で隠して全裸でリビングを駆け抜けるとか……俺は変態かよ……」
対応のできなかった事に、悶々としながらひとり反省をするクロであった。
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