ビールが美味しいと感じると大人?
「いや~いい湯じゃった。それに風呂場が岩場で驚いたぞ! 風情のある湯が家の中にあるとは本当に羨ましいものだな。温泉のような香りの薬湯を用意してくれたのか疲れが吹き飛んだぞ」
ホカホカなドランが姿を現すと今度はエルフェリーンとビスチェにルビーが風呂場に向かい、キャロットは眠る白亜を抱き締めながら一人と一匹は舟を漕いでいる。
「何やらよい香りがするが……クロ殿、何か飲み物を貰っても構わないか?」
≪それなら私が、お酒はいける口でしょうか?≫
「うむ、酒はドワーフにも負けない自信があるぞ」
≪それでしたらビールをお出し致しますね。お通しは冷奴で~す≫
浮かぶ文字を読みながら「ビール?」と首を傾げていると、アイリーンが木製のジョッキに缶ビールを注ぎ入れリビングに登場する。
≪これがビールです。クロさんのお手製で冷奴と一緒にどうぞ。冷奴には少量のカキ醤油をかけてお食べ下さい≫
「おお、そうか。老眼のこの目にも読めるよう大きな文字にしてくれて助かるよ。どれ……」
ビールを手に傾けると喉を鳴らし飲むドラン。
「かぁー喉にこうプチプチと刺さるようだが美味い! これはラガーか? 苦みの奥にある旨味が実に美味い。辛口のワインが好きだが、これはこれで美味いものだな。礼をいうぞ」
≪作ったのはクロさんですから、それにお勧めはビールよりも冷奴ですよ~どうぞ心して食べて下さいね≫
エプロンを付けたアイリーンが進める冷奴を見つめるドランは添えられたカキ醤油を少し垂らすとスプーンを持ち口に入れる。
「あむあむ……これは……またドウフゥを食べる事ができるとは……うう……それに美味い! 若い頃食べたドウフゥよりも遥かに美味いぞ!」
≪ドウフゥ? 豆腐? 似ていますね。以前にも食べた事があるそうですが、近くで作っている所があるのですか?≫
「うむ、ドウフゥはここよりも遥か西にある国で作られているぞ。ああ、でも、まあ、五百年以上も前の話だな。今その国があるかどうかも知らんな。エルフェリーンさまと旅をした時に食べたのだが、これよりも硬く塩をかけて食したよ」
≪へぇ~私もそれを食べて見たいですねぇ~クロさん報告してきますので、おかわりの際は声を掛けて下さい≫
「ああ、美味かったと使えてくれ」
アイリーンが下がると懐かしい味に昔一緒に旅した仲間を思い出すドラン。目を閉じれば昨日の事のように思い出される仲間たちの笑顔に、今の自分は年を取ったと思いながらも一緒に馬鹿をした者たちを偲びビールを口にする。
「どいつもこいつも先に逝ってしまったが、楽しい日々だった……またドウフゥが食えるとは思わなかったが美味いものだな……ゴキュゴキュぷはぁ~この酒を飲ませてやりたかったぞ……」
ひとり酒を傾け傍で眠る白亜を抱いた孫娘を見つめながら、この子の成長を喜ぶことがこの先の幸せなのかもしれないと考え始めたドランは立ち上がりキッチンへと向かう。
「クロ殿、酒もドウフゥも実に美味かったぞ!」
「ありがとうございます。どっちも故郷の料理です。他にも何かおつまみをお出ししましょうか?」
「いや、エルフェリーンさまたちをゆっくり待つぞ。我だけ先に食べてはエルフェリーンさまにどやされるからな」
ニッカリと笑いながら口にするドランに「師匠は変わらないですね」と笑うクロ。
「うむ、あのお方はそうそう変わらんぞ。エルフの中でも稀有なハイエルフであるからな。我よりも遥かに年上であって心には図太い芯を持っておる。変えようと思っても無理というものだ」
≪エルフェリーンさまらしいですね≫
「ふははは、あのお方を常識で計ってはらなんぞ。帝国を潰した時は、」
「へぇ~随分と仲良くなったねぇ。ドランがそんなに口が軽くなるとは強いお酒でも飲ませたのかな~」
ビクリと体を震わせるドランが振り向くと笑顔を浮かべるエルフェリーンが湯気を上げており、その手には天魔の杖が握られている。
「い、いえ、そのような事は……ビールと呼ばれる酒を飲んだぐらいで……そ、そうです! ドウフゥですよ! クロ殿がドウフゥを出してくれたのです!」
話題を必死に変えるドランにアイリーンとクロが笑い出し、件のドランはテーブルへと戻り食べかけの冷奴を持ちエルフェリーンの前へと戻り懐かしい味を説明する。
「そっか、ドウフゥか、懐かしいね! クロの作っていた豆腐はドウフゥの事だったんだね! ん? それだと、この世界にもう一人の異世界人が?」
「いえ、師匠。我らがドウフゥを食べたのはもう五百年も前の事ですぞ。人族だとしたらもう亡くなって……」
「そうだね……それでも勇者召喚に巻き込まれた者がいたのかもしれないね……」
目を伏せながら話すエルフェリーンに、クロは木製のジョッキにビールを注ぎ冷奴を人数分アイテムボックスから出すとテーブルに置き、「師匠!」と声を上げる。
「風呂上りはビールですよね! 冷奴と一緒にどうぞ。ルビーたちも何か飲むか?」
「私は白ワイン……やっぱ、ビールにするわ!」
「私もビールをお願いします! ウイスキーは後にしますね!」
二人とも空気を呼んでビールを所望しアイリーンと二人でビールをジョッキに入れ始まる宴会。次々と運ばれる料理を前に白亜が目を覚まし、それと同時に目を覚ますキャロット。テーブルにはタコ飯と棒棒鶏に餃子が大皿で並び、他にも八宝菜のようにトロミをつけた炒め物や、アイリーンが狩ってきたイノシシの魔物の肉を焼いたものなどが並び鼻をスンスンさせる白亜とキャロット。
「キュウキュウ!」
「白亜とキャロットさんも起きたな。みんなで夕食だぞ。ああ、キャロットさんはお酒どうしますか?」
「もらうのだ! やっと成人になったのだから飲みたいのだ!」
「それなら甘めなお酒にするか? それともみんなと同じビールにするか?」
クロの質問に皆が手にするビールを見つめ「ビールを頼むのだ!」と声を上げるキャロット。クロは頷きキッチンへ戻ると木製のジョッキにビールを移し替えキャロットの前に置く。
「白亜はジュースにしような~」
「キュウ~」
小さなカップにオレンジジュースを注がれ嬉しそうな鳴き声を上げる白亜。
「それじゃ、久々の出会いと新築祝いに~~~~~~かんぱ~い!」
エルフェリーンがジョッキを掲げると皆ジョッキを掲げ乾杯の声が重なる。
「ぬらっ!? ななな、喉がブルブルするのだ! 毒か! 毒なのか!?」
ビールを一気に喉に流し込んだキャロットの変わった驚きの声に笑い出す一同。
「それは炭酸だな。シュワシュワとしたのどごしと、この苦みが美味いと感じたら大人だよ」
「ぐぬぬぬぬぅ、わ、私は大人だからな。これぐらい飲めるのだ。うぐうぐうぐ……」
嫌そうな顔をジョッキで隠しながら飲む姿に肩を震わせるクロとドラン。エルフェリーンとルビーは美味しそうにのどごしを楽しみビールを流し込み、白亜はオレンジジュースが美味しいのかキュウキュウと声を上げる。
「クロ! ビールは美味しくないわ! 白ワインを頂戴!」
≪私はレモンハイが飲みたいです~≫
素直な二人に驚いたキャロットは勢いよく無理やり飲んでいたビールに咽ると、背中を祖父に優しく撫でられクロからは水とタオルを受け取る。
「ううう、鼻の中がシュワシュワするのだ……」
「酒もいいが料理も食べてくれよ。今日のタコ飯は力作だし、他の料理も上手くできた方だから」
「キュウキュウ」
「ああ、白亜にはいま分けるからな。いっぱい食べろよ」
「キュウ~~~」
鼻の奥でシュワシュワするビールを勢いよく啜りながら、喜ぶ白亜の鳴き声にクロへ嫉妬の視線を向けるキャロットであった。
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