トレントと女郎蜘蛛
昼食を終えた一行は帰ってきた気分の悪そうなクロを心配する声が上がり、ビスチェがリフレッシュと呼ばれるエルフに伝わる気分を回復させる魔術を使うと顔色が回復し、自身で生み出したコンビニおにぎりをひとつ食べ、ラライが入れた濃いお茶で流し込むと立ち上がる。
「日が暮れる前に戻りたいので先を急ぎましょう」
「そうだね。第二王子に君たちは大丈夫かな?」
「大丈夫です!」
「この程度は軍行に入りません」
「私たちも大丈夫ですので先を急ぎましょう」
第二王子ダリルと女騎士にメイドが立ち上がりやる気を見せ、「私が案内する~」と手を上げて叫ぶラライに、ナナイが鋭い視線を向けると小さな悲鳴を上げクロの後ろへと隠れる。
「案内は私がする。ラライは今夜の宴の手伝いをしてくるといい。クロもそう思うだろ?」
苦笑いしながら頷くクロにラライは渋々といった表情で屋敷を後にし、クロたちも王家の試練に向かうべく白百合の咲く森の奥へと向かうのだった。
歩きはじめて五分ほどすると足元が暗く巨大な影が移動した事に気が付いたクロは上を見上げるとトレントの大木がやや湾曲し、こちらへと視線を向けていた。視線と言ってもくぼんだ洞なのだがそこから視線を感じた騎士とメイドはガタガタと震えはじめ、お付きのメイドの一人は一歩前に出ると、第二王子ダリルの盾となるべく動く。
「やあ、久しぶりだね。少し騒がしくするけど気にしないでくれ」
エルフェリーンが木々の間からトレントに話しかける。
「それはあの大蜘蛛が関係しているのかな?」
渋い声が辺りに響き木々を揺らす。
「大蜘蛛がいるのかい? それって色がわかるかな、白とか黒とか赤とか。赤だったら少し危険なんだけど」
エルフェリーンの声にトレントは体を揺らし思い出す様に声を搾る。
「ああ、思い出した。黒くて大きな尻に黄色い線が入っていたな。ワシに巣を作ろうと登ってきたから投げ飛ばしてやったわい」
嬉しそうに語るトレントにエルフェリーンも笑顔で声をかける。
「それは見たかったな。黒に黄色の線が入っているのは女郎蜘蛛だね。それほど危険性はなさそうだけど……注意はしておくよ」
「そうしなさい……ああ、ビスチェとクロもいるのか。ワイの根の近く魔力の強い草が生えとるから持って行くといい」
まるで孫にでも話すかのようにビスチェとクロに語り掛けるトレント。二人を礼をいうと足を進め、第二王子たちも恐る恐るといった感じで二人の後を追うと、トレントが言うように可視できるほど魔力光を放つ薬草が目に付きビスチェとエルフェリーンは走り寄る。
「どうして警護対象を放り出して走り出すかな……」
クロの愚痴に苦笑いを浮かべる第二王子ダリルとお付きたち。
見上げるほど大きなトレントの根元で発見したのは薬草の中でも霊薬と呼ばれる素材になるもので、丁寧に根を残して採取するエルフェリーン。その後ろでワクワクしながら見守るビスチェ。
トレントの真下で足を止め警戒しながら採取を待っていると、採取したものを掲げながら走りクロに見せるエルフェリーン。
「クロ、クロ! 千寿草だよ! これが増えればダンジョン産のエリクサーと同じ物が作れる! えへへへ、これはトレントの力も借りてこの場所を保護して行かなきゃねだね!」
「私たちも協力するさ」
「それなら手伝おう」
最後尾を歩いていたナナイがエルフェリーンの計画に申し出るとトレントからも渋い声が上から降り注ぐ。
「おお、それなら宜しくお願いするね! あとはドラゴンの肝や高位の魔石に聖水を生み出す神聖石と――――」
エルフェリーンはエリクサーの錬金素材を口にしながら指折り数えテンションを上げて行く。それを耳にした第二王子ダリルは殆どの物が耳にした事がない物でしっくりこなかったが、クロはどれも入手困難な素材であり目にする事は一生ないだろうと思う素材ばかりでエリクサーはダンジョンで産出した物の方が簡単に手に入れられると実感する。
現にクロは二回ほどエリクサーを手に入れ、一度は瀕死の自身に使いもう一つはアイテムボックスに収納されている。
「あの師匠、そろそろ先に進みませんか?」
「ああ、そうだね。あまりに嬉しくて我を忘れて錬金の奥義を口走ってしまったよ。ここから先はトレントのテリトリー外だからそこそこ強い魔物も出るかもしれない。注意を怠らない様にね」
「風の精霊も注意してと、いってるわ。蜘蛛の魔物が一匹いて糸を張り巡らせてるそうよ。巣以外にも糸を張り巡らせて……何々、変な形の糸を所々に張り巡らせているの? だそうよ」
精霊の言葉を訳しながら伝えるビスチェの声に、第二王子ダリルと女騎士は辺りに視線を動かし警戒する。
「ここからはクロが一番前でシールドを張りながら進もうか。二番目にビスチェがついて、第二王子とメイドたちにナナイで、最後尾は僕が警戒しよう」
エルフェリーンの言葉に従いクロがシールドを発生させ、前方三カ所に半透明な六角形が浮遊し歩みを進めるクロ。
「一度に三枚のシールドを三方向に展開したまま歩みを進めるのは凄いですね……」
メイドの一人がそう口にすると後ろにいるナナイが口を開く。
「クロはシールドの魔法が得意だからな。村で魔物に襲われた時も何枚ものシールドを使って娘や子供たちを守ってくれたよ。普段は何も考えていない様な顔しているが、防御に関しては凄腕だな」
「そうだね~クロは魔力操作が得意だし、何よりも臆病だよ。だからこそシールドの魔法が得意だし、みんなに優しくできるのだろうね~」
エルフェリーンもナナイに続きクロを褒めると、第二王子ダリルが先を進むクロへと視線を向ける。
僕とそんなに変わらないのにこれほどエルフェリーンさまやオーガに慕われているのは凄いな……それに比べて僕は……
「止まって! 蜘蛛の糸が見えるわ」
ビスチェが密集した蜘蛛の糸を発見し警戒を強めるなか、クロだけは蜘蛛の糸が絡み合い具合に目を見開き驚きの表情を作る。
「クロ! 警戒!」
「ああ、でも、これって……文字? 私は悪い蜘蛛じゃないよ?」
クロが驚きながらも蜘蛛の糸で木々の間に浮かぶ文字を読み上げると前方の木の陰から顔を出す蜘蛛の魔物。顔を半分でこちらを覗き、細い両手は木に寄りかかりながらも震える姿に、クロはシールドを維持しながらも後頭部をガシガシと掻く。
「あれは女郎蜘蛛ね! どうする? 威嚇だけでもしとく?」
蜘蛛から目を離さず構えるビスチェに、クロは手で制して声を上げる。
「私は悪い蜘蛛じゃないよ! 日本からやってきた蜘蛛なのか? それとも転生者なのか?」
クロの声に反応するように頭を縦に振る蜘蛛の魔物。両手を上げゆっくりと体を前に出すと足を使い文字を書き、書き終えると後ろに下がる。
「この先の洞窟で生まれました。あなたも日本の人?」
クロが地面に書かれた文字を読み上げると何度も頭を縦に振る蜘蛛の魔物。
「見た事もない文字だけど……本当にクロがいた世界の文字なのね……あんたがいた世界は蜘蛛でも字を使うのね」
ビスチェの間違った解釈にツッコム気にもなれずため息を吐くと、蜘蛛の魔物はゲゲゲゲと笑い声を上げる。
「何だか悪そうな蜘蛛じゃないみたいだね」
最後尾で警戒していたエルフェリーンの言葉にクロも頷くと一歩前に出て声を張り上げる。
「俺も日本人だし、錬金術師だ!」
「見習いね!」
ビスチェの合いの手の様な訂正に渋い顔をするが言葉を続けるクロ。
「その、なんだ、困ったりしているのか? 俺たちはこの先にある白百合の花を取りに来ただけだ。もし困っているなら手を貸すし、興味がないなら先に行かせてほしい」
蜘蛛の魔物は頭を傾げるが前に出て来ると足で日本語を書きはじめ、書き終わってもその場を離れずに両手を合わせて頭を下げる。その姿はまるで一生のお願いとでもいっているかの様であった。
後一時間後にもう一話上がります。
もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。
お読み頂きありがとうございます。