ドラゴニュートの来客を迎える草原の若葉たち
新築に案内されたドランと孫娘はリビングに入ると吹き抜けを見上げ目を見開く。
「何と斬新な設計か! 天井までが吹き抜けとなることで解放感を感じますな! それにあのクルクルと回るものは……おお、緩やかではあるが風が下から上へと昇っておる! エルフェリーンさま! 素晴らしいですぞ!」
「そうだろう! あの上に付いているのはプロペラといって風を循環させるものだよ。夏場は地下から冷たい空気を上げて、冬場は逆に暖かい空気を上から下に向けることで、夏は涼しく冬は暖かいはずだよ~プロペラはクロが教えてくれ、設計はこのルビーが担当したんだぜ~オーガやエルフが手伝ってくれたからすぐに完成できたんだ~」
嬉しそうに話すエルフェリーンの言葉を、これまた嬉しそうな表情を耳に入れるドラン。
「プロペラですか……風を自在に操る事ができれば色々と使えそうですな。空を行く船の動力になれば……」
「それは面白そうだね! 浮遊石を使った船にプロペラを付け、帆も張れば空を自在に進めそうだよ!」
盛り上がるプロペラトークにクロが白亜を肩に乗せ登場すると、人数分の冷たいお茶を振舞いお茶菓子に栗羊羹を置き去ると、孫娘はその背中を視線で追いながらも目の前に置かれた黒い物体に視線を戻して頭を傾ける。
「やった! 栗羊羹だぜ~ドランは甘いものが好きだったろ。食べて見てくれよ。僕は羊羹が大好きだよ~あむあむ」
エルフェリーンの言葉にごろりとした栗の入った羊羹を見つめるドランと孫娘。アイリーンとルビーは既に口に入れ表情を溶かしている。
「ふむ……クリヨウカン……頂きます。あむ……おお、これは甘い。キャロットも頂きなさい」
横に座る孫娘のキャロットは頷くと楊枝の刺さった栗羊羹を口にすると深い甘みと栗の風味に一瞬だらしない顔になるが気を引き締め、一緒に出された冷たい麦茶を口にするとスッキリとした味わいに次の栗羊羹を口にする。
「どうやら気に入ってくれたみたいだね」
「はい、これほどの甘味は久しぶりですな。それに暗い闇世の中の月のように輝く果実がいいですな」
「これは羊羹という甘味だね。作り方はよくわからないけど芋羊羹とかもあるんだぜ~芋羊羹はお芋の味がして、それも絶品だぜ~」
≪羊羹は小豆を煮て作る和菓子。他にも水羊羹や抹茶羊羹に小豆を粒のまま入れたものある。夏は水羊羹がお勧め≫
宙に文字が浮かびキャロットが目で追っているとキッチンからは「キュウキュウ」と白亜の鳴き声が聞こえ立ち上がる。
「白亜さま!」
「ん? 白亜がどうかしたかい?」
「いま白亜さまの悲鳴が聞こえたのだ! 白亜さまが奥で虐められ、」
「キュル~~~~キュル~~~~」
キャロットの言葉を否定するような甘えた声がキッチンから聞こえ微笑むエルフェリーン。アイリーンとビスチェにルビーは呆れた表情へと変わり、キャロットは何とも言えないような表情を浮かべ椅子に戻る。
「ははは、あれだけ懐いているのだ。お前が心配するような事ではないのだろう……だが、白亜さまが姿を消し、ここにいるというのはどういう事なのですかな?」
「白亜が姿を消し? 白亜は白夜が僕に預けにきたよ。クロが白亜を抱いてそう説明したし、その時はそこそこ大きな魔力を無理やり隠しているような気配も感じたね~雑というほどでもないから弟子の誰かだろうと勝手に思って放置したけど……」
「クロとは先ほどの青年ですな……」
「ああ、僕の自慢の弟子だよ~優しくて頼りになって、家事までしてくれるんだぜ~その料理も絶品だからね~神たちですらクロの料理に骨抜きさ。誰にも渡さないからね~」
自慢気にクロを説明するエルフェリーンにまたも目を見開くドランとキャロット。乙女たちは無言でうんうんと頷きながらも栗羊羹を口に入れ麦茶を嗜む。
「神たち……神様方にも料理を作っておられるのですか!?」
「厳密にいうと違うかもしれないが、ほら、あそこにはキュロットの作った神棚と祭壇があるだろ。あれ? 奉納する日はまだだっけ?」
≪まだ三日ありますね。次は天ぷらを供えてほしいと天使さんからお願いされましたよ~≫
「引っ越し蕎麦も美味しかったね~ありゃ? 蕎麦って蕎麦の実だよね?」
≪はい、蕎麦の実を潰して水と小麦粉で練って茹でたものです。国によってはお粥にしたり焼いて食べたりもしますね~≫
アイリーンの説明に口を開くドラン。
「蕎麦の実であれば我らの村でも作っていますぞ。こう小さくて三角の形をしたものだな。我らはそれを砕き水で広げ薄いパンのようにして食べておる。肉や野菜を巻いて食べるのだ」
≪おお、ガレットですね! あれはサクサクもちもちで美味しいです!≫
「うむ、若いのに我らが村の味を知るとは恐れ入る。確かアラクネ種だったか」
≪はい、アイリーンと申します。以後、宜しくお願いいたします≫
「私はビスチェね!」
「ルビーです」
乙女三人が頭を下げ簡単な自己紹介をするとドラン孫を見るような瞳を向け、本物の孫娘は「キャロットです」と頭を下げながらもキッチンから聞こえて来る白亜の鳴き声が気になるのか、体ごとキッチンへ視線を向けた。
「これ、白亜さまが気になるのはわかるが、挨拶ぐらいちゃんとせい」
「しましたよ。それよりもクロが白亜さまを預かったと聞きましたが、本当なのですか?」
訝しげな瞳を向けるキャロットにエルフェリーンは腕を組んで口を開く。
「僕は白夜を見ていないからね~ビスチェは白夜を見たのかい?」
「私はワイバーンに襲われているクロと白亜を助けたのよ! クロがシールドでワイバーンの爪に襲われてて、精霊にお願いして首を刎ねたのよ。そしたら阿呆なクロがシールドを解いて血まみれになって……二人でお風呂に入ったわね。それから二人は仲良しよ!」
思い出しながら話すビスチェ。それを聞いたキャロットは立ち上がりテーブルに手を置くと額には怒りマークが浮き上がる。
「なっ! 可憐な白亜さまと混浴だと! あのクロという男は何と罪深いのだ!」
口調を荒げテーブルを強く叩くと、キッチンへ向け足を踏み出すキャロット。
「ありゃ? 何か怒っているよ?」
エルフェリーンがドランに対して声を掛けると苦笑いを浮かべる。
「あの子は里で白亜さまを一目見てからその愛らしさにやられまして……ずっと白亜さまの面倒を見る役に立候補しておりましてな……嫉妬でしょう……」
呆れながら口を開いたドランの言葉に白亜の故郷を知る一同。
「あれ? それじゃ何で白夜さんはエルフェリーンさまに白亜を預けたのかしら?」
「ふむ……本人に聞かないと解らないね~クロには五年ほどで戻ると言ったらしいけど……」
「我にも解らんですな……我は長老を辞めてこの地に着ましたが……久しぶりに魔力同調を受けましたぞ。頭に流れて来るエルフェリーンさまの声に村長を辞める決意が固まりましてな。ほっほっほ、辞めてみると肩の荷が下りたようで清々しく思いますな……これからは孫娘のキャロットを鍛えながら旅をする所存です」
「それはいいね! 旅は新しい発見が多いからね~僕も昔はみんなと旅しながら新しいものを追い求めていたぜ~新たな仲間との出会いや恋に、未知なる魔法や味を知ると堪らなく心が騒いだぜ~」
昔を思い出しながら話すエルフェリーンに同調するように頷くドラン。
「我もエルフェリーンさまと出会った時は驚きましたな~金色に輝く瞳を向けられ身が竦んだのを覚えておりますぞ」
「あははは、そんな出会いだったっけ?」
「はい、我はひとり村を抜け出し世界を見て回ろうとした矢先でしたからな。本当に狭い世界で暮らしていたと実感させられましたぞ」
古い話で盛り上がる二人を余所にキッチンではクロがキャロットに詰め寄られ、白亜は抗議の鳴き声を上げるのだった。
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