甘える白亜
エルフェリーンの転移魔法で錬金工房草原の若葉へと戻ってきたクロは庭先へと姿を現すと白い塊に襲われる。
「キュウキュウキュウ!!」
勢いよく胸に飛び込んできた白い塊に軽くダメージを受けながらも抱きしめると、胸にグリグリと顔を擦り付けてくる白亜に「ただいま」と声を掛ける。
≪やっと帰ってきましたね~白亜ちゃんがぐずって大変でしたよ~≫
魔力で生成された糸で文字をクロの前に飛ばすアイリーンにも「ただいま」と声を掛けると≪おかえり~≫と文字が目の前を通過する。
「泊りの予定はなかったんだが色々あってな。また天界へ行って大変だったよ……」
「おお、師匠にクロさん! おかえりなさいです!」
二階の窓から顔を出すルビーに手を振り大きな声で「ただいま」と報告するクロ。エルフェリーンも同じように手を振り新築の家へと足を踏み入れるとキュロットたちエルフもまだ居るようで微笑みながら口を開く。
「やっと帰ってきたわね。白亜ちゃんが大変だったのよ……はぁ……」
「ん……クロは必要……」
「白亜ちゃんの夜泣きは災害レベルだった……」
リビングのテーブルに突っ伏すキュロット。フランとクランの二人もクロを見るなりクレームを入れ、その目の下にはくっきりと隈が付き昨晩は寝られなかったのだろう。
「そりゃ悪かったな。白亜がぐずる事なんて今までなかったのにな」
「クロが親身になって世話しているからだぜ~ほら、白亜は寝息を立て始めた」
胸にグリグリと顔を押し付けていた白亜はいつの間にか寝息を立てており安心しきった顔で寝息を立てている。そんな白亜を優しい瞳で見つめるクロは椅子へと腰掛けると首を回し解し吹き抜けから目を吊り上げたビスチェと視線が合いくっきりと浮かぶ隈に顔を引きつらせる。
「ク~ロ~」
その声は地獄から響いているかのように重く、濃い隈と相まって恐怖を増強させる。
「おう……ただいま……」
「ただいま、じゃなーい! とうっ!」
吹き抜けから飛び降りるビスチェは風の精霊の力に包まれキラキラと煌めき、ゆっくり吹き抜けを舞い降りテーブルの上に着地すると、眉間に深いしわを作りクロを見下ろす。
「クロ! 昨夜は白亜が夜中に泣き叫んで大変だったんだからね! 新築なのに爪を立てて壁に掴まったり、天井に頭をぶつけて落っこちて来るし、私の部屋に干していた下着に突っ込んで牙で穴が開いたり……むふぅ!」
大きく鼻から息を吐いて眉を吊り上げるビスチェ。腕の中の犯人はすやすやと気持ちよく眠っている事がビスチェを更に凶暴にさせているのかもしれない。
≪私の糸で捕まえて抱きしめたり話を聞かせたりもしましたが……≫
「ほら! これを見なさい! アイリーンが私にプレゼントしてくれたのに……」
アイテムボックスから白いショーツを出したビスチェは自身の手でそれを広げると、一定の間隔で穴が開き白亜の小さな歯の間隔と一致するのだろう。
「おいおい、勘弁してくれよ……」
クロが首を左右に振りながら口にするとビスチェも正気に戻ったのか、次第に顔を赤くすると広げていた手を閉じ下着を握り締め「クロのぶぁかぁ~」と叫びながらテーブルから飛び去り階段へと逃走する。
「あの子ったら……」
呆れたように口にするキュロットと笑い出すフランにクランとエルフたち。エルフェリーンとルビーは肩を震わせるなか、アイリーンは自身の糸で作った下着をエルフたちに見せはじめる。
≪あれも力作ですがこちらのショーツも可愛いレースを付けています。こちらのブラは力作で寄せて上げるとワンカップ大きく見え、更にこちらは透けるほど薄い生地を使い――――≫
いつも肩から下げているバックはエルフェリーンから送られてものでマジックバックになっており、見た目以上に物が入る優れものである。その中から下着を広げたアイリーンはエルフたちに下着の説明を始めると食い入るように見つめ、胸が大きくなるブラに食いつき血走った瞳を向け鼻息を荒くする。
キュロットたちエルフの切実な問題なのだろう。
そんなリビングに居心地を悪くしたクロは白亜を抱きしめながら立ち上がると自室へと向かい階段を上る。ビスチェの部屋は西側にありクロの部屋は東側になり顔を合わせることなく自室にたどり着くと、ドアを開け中の様子に愕然とするクロ。
「おいおい、新築……」
クロはアイテムボックスのスキルが使える事もあり普段からあまり部屋には物を置かないのだが、床にはスケートリンクの様な爪痕が残り、天井や壁にもそれに似た傷跡が無数に残り、ベッドに敷かれた布団の綿が深々と降り積もった雪のように……
「買ってきた窓枠を嵌める前だってのに……はぁ……」
大きなため息を吐きながらも白亜をクッションに乗せ頭を撫でる。規則正しい寝息を立てる白亜は撫でられると少しだけ口元が上向きに変わり微笑む。
「よし、まずは掃除だな!」
気合を入れるクロであった。
一時間ほど掃除を続けると日も傾き始め夕焼けに染まる外の風景に額縁を添えるクロ。新品の窓ガラスが入り満足げな表情を浮かべる。
「やっと終わりだな……」
夕焼けに染まる森と荒野を見つめながら壮大な景色を堪能するクロは自身のお腹の鳴る音で空腹だと気が付き夕食の支度をしに部屋から出る。
「あの……」
部屋を出たところで柱に背を預けたビスチェと出くわし声を掛けられたクロ。一瞬の間が空くがクロは口を開く。
「白亜が悪かったな……」
「あ、うん……」
クロからの謝罪に何とも言えない表情を浮かべるビスチェ。
「というか、部屋がめちゃくちゃな事に驚いたが……」
クロの言葉に青い顔をするビスチェ。恐らくだが風の精霊を使い白亜を捕まえようとした結果が部屋中にあった傷だろうと推測するクロ。
「そ、その事なんだけどね……あの、あのね……」
「ん? なあ、風の精霊って小さな鳥なのか?」
クロがビスチェの頭と肩を宿木にして羽を休める緑と青の鳥の姿が目に入り指摘すると驚いたのか瞳を大きく広げる。
「えっ!? クロに見えるの? 風の精霊が見えるの?」
「なんか見えるな……全体的に緑色したウグイスみたいな鳥と、真っ青なのに嘴だけ赤くて、おお、翼を広げたな」
「凄いわ! 凄いじゃない! 精霊が確りと見えているわよ! 他の精霊も見えるのかしら? もっとまわりを見て!」
クロの言葉にテンションを上げたビスチェがクロに詰め寄り背中へとまわると背を押しながら廊下を進み、見渡しの良い吹き抜けのあちらこちらを指差す。
「うわ……こんなにも精霊っているのかよ……」
一階へと見渡せる吹き抜けからは普段は目にした事がない小さな鳥やウサギなどの動物に加え、生き物か判断ができないような黒いテニスボールほどの大きさに光る瞳が二つ付き浮いているものや、魚の形をしたものが宙を浮き、更には吹き抜けの天井から大きな顔をぬるりと出して下をチロチロと動かす白い大蛇が目に入りその場に座り込むクロ。
「本当に見えているみたいね……」
「ああ、こんなにも多くの精霊? が、いたんだな……あの大蛇とか……」
「あれは師匠の契約精霊ね。地脈の大蛇と呼ばれる大精霊さまよ」
「大精霊……」
巨大な大蛇に姿に腰を抜かすクロであった。
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