木苺の採取は危険が伴う
「クロ! 斜面だからって警戒を怠らない!」
「へーい!」
「返事はハイでしょ!」
「うぇーい!」
「殺す!」
「ハイ!」
「はじめからそう言えばいいのよ!」
「へーい!」
やや急な斜面にしがみ付きながら木苺を採取する二人。
一人はやや幼さを残した整った顔立ちに新緑の様な瞳と長い耳が特徴でありエルフという事が窺える。名はビスチェといい木苺をひとつ摘まみ食いして表情を蕩けさせた。
もう一人は黒い髪と黒い瞳の青年で斜面にしがみ付きながらもまわりを警戒しているのかキョロキョロと首を左右に動かしては木苺をつまみ、次の瞬間にはその木苺が姿を消す。まるでマジックの様な動きで木苺を採取しているのがクロと呼ばれる男であった。
「今年は豊作ね! これならジャムも作れるし……そうだ! 前食べたパンケーキだっけ? あれを焼いてよ! あれに木苺のジャムをたっぷりかけて食べたいわ!」
「だらしない顔になってるぞ。警戒はどうした警戒は」
「ふふふ~ん、私は精霊が教えてくれるから警戒なんてしなくでも大丈夫なのよ~それよりもパンケーキを焼いてよね!」
「はいはい、パンケーキね……ん? ありゃ何の土煙りだ?」
「土煙り? この時期は季節風もおとなしいし、風精霊だって……何かしらね……」
クロが警戒していた事もあり距離があるが遠目に見える森の先では土煙りが移動しているように見え、それがこちらに近づいて来ている様にも見えるのだ。
「ほら、魔力を目に集めてゆっくりと開いて見て、遠くが見易いわよ」
「もうやってる……ありゃ馬車だな……いっ!? 馬車を鴨が引いてるぞ!」
「カモ? あれは走り鳥ね。馬車には……白百合の花に三本のソードか……うへぇ」
「なぁ、それって王家の紋章だろ?」
心底嫌そうな表情を浮かべるビスチェに不敬罪という単語が頭に浮かぶクロ。
「そうよ……またこの時期が来たのね……はぁ……ん? 後ろにも何かいるわ!」
「後ろ? う~ん、猪かな? 角が三本ある様に見えるが……」
「フォークボアね……顔を赤くしているから相当怒っているわよ。何をしたのだか……って、あの辺りには貴重な薬草に自然のお芋が自生しているのよ! クロ! 止めて来て! 早く!」
まだ二キロ以上も遠くに見えるそれを止めて来いというビスチェに首を横に振るクロ。
「あんなに距離が離れているのに無理を言うなよ。それに一匹はどうにかなっても三匹も無理だろ……それよりも得意の弓で狙撃してくれ」
クロは手をひらひらとさせながら自分では無理だと呆れたように口にする。
「なら時間を稼いできなさいね! 風よ! 風の精霊よ。最近少し調子に乗っている黒髪のクロをフォークボアの前まで吹き飛ばしなさい。エアシューター!」
「ちょっ!? 前って何だよ! せめて馬車の上とか、もっと手前にだなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
上昇気流が生まれ一気に山肌から吹き飛ばされるクロは背中に風を受け速度を上げて行く。
「ぐぅぐぐ、し、シールド発動! ふぅ、死ぬかと思った……って、もう目の前じゃねーかよ!」
体勢を整え馬車を越えた所でフォークボアへと一直線に体当たりするクロ。
馬車は通り過ぎその横で並走していた騎士数名の驚く顔が視界に入ったがフォークボア一体の眉間にぶつかり、それと同時に脇を走っていた二体のフォークボアも正気に戻ったのか足を止める。
「一頭はどうにかなったが……こんなにでかいのかよ……」
土埃が晴れると見上げるほど大きなフォークボアが視界に入り苦笑いを浮かべるクロは立ち上がり、それに合わせて眉間に入った三本の湾曲した角を振り上げ後ろ脚で立つ二体のフォークボア。
「シールド強! ダブル! ビスチェ!」
黒く半透明な盾が二匹から振り下ろされる体重を乗せた角の一撃を受け叫ぶクロ。
「任せなさい! マジックアロー×20と20」
力ある言葉に魔方陣が生成され走り寄って来ていたビスチェの両手から緑色した矢が複数発射され、二体のフォークボアの頭に二十本のそれが刺さり轟音と共に体を地面に横たえた。
「今日は肉祭りね!」
走ってきたビスチェのハイタッチを受けたクロは切り替えの速さに、パンケーキはもう気分じゃないのかと小さく笑う。
「助かったぞ、平民」
「これだけ巨大なフォークボアをいとも容易く倒すとは……」
後ろから声を掛けられ振り向く二人に話し掛けてきた女騎士二人は走り鳥から降り、ビスチェの前へと進み出るが、ビスチェはクロの後ろへと隠れる。
「エルフに人族だな……それにしても無謀な戦い方をする……」
「シールド魔法で体当たりし倒すとは驚いたぞ」
本当はビスチェの精霊魔法で飛ばされクロがシールド魔法の形を変え、弾丸のようにフォークボアの眉間を打ち抜いたのだが二人からしたら体当たりに見えたのだろう。
「俺も無謀だと思った……」
「ちゃんとフォローはしたじゃない! それにあんたはいつも体当たりしてるじゃない!」
空を見つめ遠い目をしながら言葉を漏らすクロに、後ろから尻へ蹴りを入れるビスチェ。
「それはお前がいつも吹き飛ばすからだろ……」
「そ、それはあるかも……」
お尻を押さえながらジト目で見つめると、目を伏せながら納得するビスチェ。
「とにかく助かったぞ、平民」
「貴女方は冒険者ですか? それとも狩人かしら?」
「俺たちは錬金術師ですけど……採取がメインですね」
「ゴリゴリ係が何言ってるんだか」
「ゴリゴリ係?」
「薬草をこうやってゴリゴリと潰す係です。錬成自体には大量の魔力とセンスが必要ですから、新人にはまだ早いって事です」
鼻から息を吐き、したり顔をするビスチェに若干引き気味の女騎士。すると馬車のドアが開き煌びやかな服装のまだ若く見える男が降りて来る。
「助かったぞ。礼をいう」
その言葉に二人の女騎士は跪き慌ててビスチェも跪き、それに続くクロ。
「殿下! 外に出ては危険ですとあれほど」
「よい、この者たちに守られたのだ。礼をいうのは当然である」
遅れてやって来たメイドへと言葉を飛ばす若い男に顔を上げ見つめるクロ。
「へぇー若いのにできた若者じゃないか」
そう口にするとビスチェから強めに肘で脇を打たれ蹲るクロ。
「うむ、できた風に見せるよう努力しているからな。どうか立ち上がってくれないか」
「はっ!」
ビスチェが立ち上がりクロは脇を押さえ蹲ったまま低い声を上げ痛みに耐えていた。
「早く立ちなさいよ! 殿下の機嫌を損ねていい事なんて何もないんだからね!」
「ううう、お前の肘は尖っているから痛いんだよ! もう少し手加減やお淑やかさを学んでくれよ……いてて」
「何ですってっ! これほどお淑やかで素敵なレディーは森を探しても中々いないわよ!」
「レディーが森の中にいるかよっ! 素敵なレディーはこちらのメイドさんの様な……ビックリするぐらい冷たい視線……」
殿下の傍に付いた二人のメイドからの視線を素直に口にするクロ。
「ははははは、お前たち面白いな! お前たちの話を聞いていたいがこの先の錬金工房に用があってな。場所が解るなら案内してくれないか?」
「それは構いませんが、どの様な御用があるのでしょうか?」
「あまり他言は出来ない案件なのだ。すまぬがこの場ではいう事は出来ない」
「そうですか……ねえ、どうする?」
「どうするもこうするもないだろう。案内しようぜ。どうせ師匠が対応するんだし……ああ、今日は二日酔いかも……」
「昨日は飲んでいたものねぇ……」
二人で顔を見つめ昨晩の事を思い出していると、咳払いが聞こえ殿下へと向き直る。
「その、なんだ。案内してもらえるだけで十分だ」
「でしたら構いませんが……こっちです」
ビスチェとクロが先を歩き馬車に戻る殿下と呼ばれた若い男とメイドたち。お付きの女騎士両名は走り鳥に跨り、錬金工房へと向かうのだった。
お読み頂きありがとうございます。
今日は五話を予定しておりますので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ブックマークに評価やいいねを入れて頂けると嬉しいです。