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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
9章 原罪と贖罪と
89/183

89.











 ◇



 アイビーと話すことができた。

 アイビーの本心と向かい合うことができた。

 けれど話せたからといって、問題が解決したわけではない。むしろ、問題が表面化したことで、悩みの種自体は増えたといえる。


「……この話を聞いてどうすればいいんだ」


 大きく分けて、問題は二つ。

 アイビーが魔王であって聖女でもあった事実。スカビオサとマーガレットに、それを伝えるかどうか。また、二人以外の俺の協力者たちに、何と言ってこの後行動してもらうか。


 スカビオサとマーガレットに、今話したことをそのまま伝える選択肢はない。二人とも魔王を殺すために生きているのだ。ここで魔王が実は味方だったなんて情報を流しても、すぐに納得なんかできるわけもないし、特にスカビオサは目的を見失って崩れ落ちてしまう可能性がある。


 シレネを初めとした俺が集めてきた協力者たち。彼らにだって、魔王は本当は味方だったんだ、なんて混乱の塊を放り込みたくはない。全員、ようやく同じ方向を向いてくれたばかりなんだ。これから固めていく予定の土壌を掘り返すのは、方法としてどうなんだろうか。


 誰に何を言うか。

 どう伝えていくか。

 一歩間違えればすべてが壊れかねないという条件付き。今にも崩れ落ちそうな橋の上を歩いていかなければいけないような心境だ。


 そもそも俺に上手く現状をまとめられる能力があるかも疑わしい。

 頭を抱えたくなる。


 アイビーは真っすぐに俺の目を見てくる。


「どう話をまとめるか。一番簡単な方法は、私がこの場から逃げることだよね。リンクは私を奇しくも逃がしたことにしてくれればいい。そうすれば、状況は今までと一緒。魔王を殺すという目的は変わらない。スカビオサもマーガレットも、私にヘイトを向けてくれる」


 それは確かに。

 ――しかし。


「そしたらスカビオサとマーガレットは本気でおまえを追うぞ。権力と暴力を使って、おまえは殺されることになる。本気のスカビオサからおまえが逃げ切れる保証もない」

「逃げ切る必要もないでしょ。いつも狙われてたんだから、今更だよ。殺されちゃえばいい」

「いや、今回は少し意味合いが違う。おまえは殺されちゃいけないんだ」

「なんで? ああ、リンクがこの身体が好きなら、考えを改めるけど。いつだって好きにしていいよ。私の全部は、リンクにあげる」

「そうじゃない。いや、それもあるけど、おまえはアイビーのままでいてほしい」

「どうして?」


 死ぬことが前提になっている少女は、首を傾げていた。


 そもそもアイビーに死んでほしくないとか、おまえのことが好きなんだとか、絶対の協力者がいなくなるのは困るだとか、アイビーの便利な霊装がなくなると俺の戦闘力が落ちるだとか、色々と打算を含め、”俺の”理由はある。


 けれど、どちらかというと、別のやつが理由だ。


「おまえが死んだら、次の魔王は誰になる? その時、その人物は自分を保っていられるのか?」

「……無理、だろうね。人間をその人間足らしめるのは、記憶だと思ってる。過去の経験が、人を決定づけるんだよ。輪廻聖女を受け継いだ人間の記憶は、自分のものだけじゃなくなる。その人の人格のままだけど、数多の記憶が押し押せてしまえば、太刀打ちできないだろうね。

 結論から言うと、私が死ねば、ハナズオウはほとんど私に置き換わる。ひとつ前にハナズオウと対峙したことのあるリンクはわかるよね」


 俺の知るハナズオウは、二人。

 理知的で冷静な眼差しの彼女と、レドを追いかけ回す恋に生きる少女。それは同じだとは言い切れない。


 今のハナズオウはどうなるのだろうか。

 今のアイビーと同じ記憶を持つのなら、それはアイビーだ。

 ハナズオウは死ぬことになる。


「それは、認められない」

「優しいんだね」


 アイビーの目が細められた。

 別に優しくなんかない。せっかくハナズオウが魔王ではないとわかったのだから、敵対する意味もないというだけ。そして、レドの柔らかい顔を見れなくなると思うと、からかう楽しさが減ってしまうと思っただけだ。


「次善の策は、おまえを逃がすこと。そして同時に、おまえの周りの防御を固めることだ。スカビオサに対抗できるように戦力を集める」

「本気のスカビオサと戦える人がいるかな? リンクならなんとかできるだろうけど」

「俺は俺でやることがある。魔物に対する対応策を練らないといけない。マリーを王女にして、四聖剣をまとめ上げて、討伐隊を活性化させて――」

「リンクにだけに任せてはおけないよ。私もやる。というか、私がやる。じゃあ、私が逃げる案は却下だね。やっぱり私は私のまま、魔物に立ち向かっていかないと」


 アイビーには傍にいてもらった方がいい。互いに共通の認識を持っているし、そもそもアイビーは優秀だ。動かせる駒としては最上級。遊ばせて置くほど懐事情が暖かいわけもない。


 まあそうなると、話は振り出しに戻るわけだが。


「どうやって二人を納得させようか?」

「……俺の舌に期待かな」


 少し考えることにしよう。

 一番の理想は、スカビオサとマーガレットとの協力体制を維持しながら、かつ、アイビーを傍に置くこと。今発生している敵対関係を解消する理論があればいい。


 そうなると、二人に俺とアイビーの会話がどこまで聞かれていたかが重要だ。アイビーが魔王として話しているところを聞かれていなければ、俺がアイビーを殺しかけたところしか見ていないのだったら、誤魔化しようはある。

 レドに改めてそのあたりを聞かないといけないな。


「二人の問題もあるが、もう一つ。レドとシレネに何て言うかだ。こっちの二人も、それなりに状況を知ってしまってる」

「……難しいね。二人とも信頼できるし、こっちは正直に話してもいいと思うけど、特にレドが秘密にできるかな。会話の中でバレちゃうかも。腹芸は苦手だからね」

「正直に言わないと、それはそれで後で五月蠅そうだしな」


 ため息。

 真実を知ることで行動が楽になったかと思えば、違う。

 むしろより複雑化しているように思える。誰に何を伝えるか。それによって何が起こるか。誰も知りえない未来を予想しながら行動していかないといけない。俺の行動一つに、人類の未来がかかっている。


 色々と考えた末に、


「まずはシレネに協力をお願いしようと思う」


 とりあえず、シレネを味方につけないと始まらない。彼女であれば下手なことはしないだろうし、誰よりも頼りになる。


「シレネ・アロンダイトを信頼してるんだね」

「なんだ、含みがありそうな言い方だな」

「ううん。他意はないよ。もう私はリンクに秘密にすることは何もないから。リンクが来るまではシレネ・アロンダイトは一番厄介な存在だと思ってたから、少し思うところがあっただけ。シレネ・アロンダイトは誰が何を言っても自分の意志を曲げない、血まみれの英雄だもん」


「今だってある意味厄介だろ」

「そんなこと思ってもないくせに。シレネ・アロンダイトがここまで誰かに手懐けられるなんて思ってもみなかった。だけど今のシレネになら、信用を置けると私も思う。だから、シレネに真実を話すのは賛成。他に誰かに話す?」

「シレネの反応を見てから、レドに伝える。レドの話を聞いて、スカビオサとマーガレットと話す。他の面子はそれからだな」


 ここで必要なのは、思慮深さ。思考が深い人間にだけ、情報を伝える。一つ一つの行動が大切。勝手に行動されちゃ困るんだ。

 誰がどう動きそうかを理解しながら話さないといけない。この順番を間違えただけで、世界が一気に崩壊するんだから。




 俺はため息と共に、廊下に顔を出した。真夜中でもあるし、女子寮の廊下には誰もいなかった。シレネはどこにいるのだろうと思ってきょろきょろしていると、隣の部屋からコンコンコン、とノックの音がした。

 俺は扉を閉めて、ノックを返す。ほどなくして、シレネが自分の部屋――つまりはこの部屋に戻ってきた。


「お話はまとまりましたか?」

「ああ。おまえはどこで何をしていたんだ?」

「隣のライさんとレフさんの部屋で待機していましたわ。扉の開く音が聞こえたので、お話が終わったものと判断しました。――ああ、お二人のお話は何も聞いていませんので、安心してくださいな。中途半端に話を聞いて、婉曲した思考は持ちたくありませんでしたので」

「……」


 なんだこいつ。この状況に置いて、俺の懸念を回避して最善の行動を取ってくるじゃないか。何よりも頼もしい。


「おまえは最高だな」

「ふふ。どうやらリンク様はお疲れのご様子。私を手放しで褒めるなんて、明日は雪ですかね」

「おまえのことは誰よりも信頼してる。だから普段は言わないだけだよ」

「わかっていますわ。だから私は貴方についていくのです」


 ああいえばこういう。お互いにお互いの踏み込み方がわかっているからこそできる会話。

 さっきまで殺伐としたやり取りばかりだったから、安心もした。


「アイさんは無事に快復したみたいですわね」


 シレネの視線はアイビーへと移る。

 アイビーはにっこりと笑って、


「うん。色々と迷惑かけてごめんね。あと、今まで黙ってたけど、私はアイって名前じゃないんだ。本当は、アイビーって名前なんだよね」

「はあ。偽名だったんですの? それは一体どういった意図で?」

「それを今から話すよ」


 俺はシレネに今まであったことを伝えた。できるだけ、感想や感情の混じらない事実を伝えたつもりだ。

 シレネは黙って話を聞いてくれた。一通り聞き終わった後に浮かべた表情は、困惑だった。


「……これはまた、難しい話ですわね」

「ここで答えを出そうとは思ってない。この後俺も自分で考えをまとめたい」

「けれど、スカビオサもマーガレットも、レドさんも、状況を見るに待ってはくれそうにはありませんよね。今この瞬間に誰が飛び込んできてもおかしくはなさそうですわ」


 時間は待ってはくれない。

 それはそうなんだが、順序は大切だ。


「どっちみち部屋に戻る必要があるし、まずはその時にレドと色々と話す」

「そうですか。では、せっかく私を頼ってくださったので、一つだけ助言を。レドさんにすべてを話す必要はないと思いますわ」

「じゃないとあいつは納得しないだろ」

「レドさんは貴方が思うほど阿呆ではありませんわ。自分にわからないことがある、とわかるくらいには頭が回ります。彼が嫌なのは、貴方に放っておかれることです。全部を伝えることはできなくても信用していると、しっかり伝えてあげてくださいな」


 よく人を見てるな。

 この一言だけでも、シレネに相談した価値はあった。危険物は事前に取り除いていかないと。今、俺の足元に何個の地雷が眠っているかわからないのだから。


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― 新着の感想 ―
[一言] 読み返してみると7話、当時はよく分かんない問答だなぁと思っていましたが今分かって読むと重たい。 ここが最初の重大な分岐点だったのかもな。 一章最後の涙も、信じて良かったという言葉もますます重…
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