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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
7章 孤狼が啼いた
76/183

76.









「おまえもおまえで譲ってくれる気はなさそうだな」


 俺がシレネとの試合を終えて控室に帰ってくると、笑顔のザクロが待っていた。

 三回戦を終えた俺は、準決勝に進む。次の相手はいままさに目の前にいるザクロである。


「そうだね。僕もリンク君と戦いたい」

「なんでどいつもこいつもやる気出してるんだよ。もっと気楽に行こうぜ」

「君が火を点けたんじゃないか」


 ザクロは笑いながらも、その目は燃えていた。


「全員、リンク君に突き動かされたんだ。責任取ってきちんと戦ってよね」

「こんなに俺にやる気がないのにかよ」

「嘘つきだなあ。本当は誰よりもやる気で満ちてるのに」

「ないっての」

「言っておくけど、僕にはシレネさんに使った手は通用しないよ。遠慮なく斬り付けるから」

「優しくないな」

「シレネさんが優しすぎるんだよ」


 俺は頷いた。

 そう、あいつは優しいんだ。だから、一度でも人を殺させてはいけない。殺す手前で手を止められるような子じゃないといけない。思いつめさせてはいけない。へらへらした俺と付き合っているのがお似合いだ。


「おまえは結構薄情だからな」

「リンク君ほどじゃないよ」

「ひでえこと言うな」

「はは。まあ、冗談だけどね。ちゃんと戦ってよ。それが僕の願いだからさ」


 ザクロはひらひらと手を振って去っていった。

 自分の実力、か。

 そういった意味では、そうだな。俺はザクロとはきちんと戦わないといけない。



 ◆



「まさかあんな勝ち方をするなんて、思いませんでしたね」

「ある意味、リンク君らしいというか」


 ザクロ・デュランダルはリンクとシレネの試合を思い出して微笑んだ。

 何が理由かはわからないけれど、リンクは自分の力を極力隠している。彼の霊装――あらゆる霊装をコピーする能力を有すれば、あんな勝ち方をしなくても、十分勝負になったのに。


 変な勝ち方をしたせいで、会場のリンクへの風当たりは相当強くなっている。シレネに賭けていた人は相当多かったようで、暴言と共に捨てられた掛札は枚挙に暇がない。ザクロのことを知っている人が何人もザクロに声をかけてきた。次当たるんだろ、絶対にあいつを倒してくれよな。完全にリンクはヒール扱いだった。


「めちゃくちゃ嫌われてますねえ」

「それもリンク君らしいよね。多分全然気にしてないよ」

「メンタルが鬼ですね」


 隣に座るレフも呆れたように笑う。

 ここにいる観客の声なんか、彼の耳には届いていないのだろう。


 人のことを見ているようで見ていないのがリンクという少年だ。コミュニケーション能力が低いと自称しているが、それは興味の有無なのだと思う。興味のある人には全力を向けるから、感情の機微を敏感に察する。逆にどうとも思っていない人とはうまくコミュニケーションが繋がらない。どうでもいいと思ってるから、何を考えてるかも考えようとしない。


「僕はどっちなんだろうな」


 自分は、彼にとってどっちに分類されるんだろうか。


「ザクロさんは多分、輪の中に入れてますよ。ザクロさんの話するとき、リンクさんは楽しそうですもん。なんか、尊敬も入り混じってるような」

「なんでだろうね」

「前に言ってた、私たちの知らない未来に関係するんですかね」

「それは知りようがないよね。僕の知らない僕が変なことをしてないことを願うよ」


 自分の知らない自分を知られているというのは、不思議な感覚だ。自分が将来どうなるか、それを知られている。リンク曰く自分と関わった時点でその未来を歩むことはないということだが、それでも比較はされているだろう。

 そんな自分と、今の自分はどう違う。


「――僕は、リンク君にとって、価値のある人間になれるだろうか」


 胸に灯った思いは、今まで存在しなかった。彼が点けたものだ。


「皆、なんでそんなにリンクさんが好きなんですかね」レフは欠伸を噛み殺しながら。「私にとっては、少し変な子にしか見えませんけど」

「なんだろうね。一生懸命なのがわかるからかな」


 本人は否定するだろうが、誰よりも熱を持っているのがわかる。だから協力したいし、その目に映りたいのだ。


「どちらにせよ、次の試合で、僕を印象付けさせる。これから何かをするのなら、僕を誘った方がいいと思わせる」

「……何かそれ、片思いの女の子みたいですね」


 レフは口を尖らせる。

 ザクロはそれを見て、快活に笑った。


「そうなのかもしれない。少なくとも、僕は彼と一緒に歩いていきたいと思ってるよ」



 ◇



 準決勝、残るは四人。

 残ったのは、俺、ザクロ、スカビオサ、プリムラ。俺以外は全員四聖剣だ。本来であれば俺のポジションにシレネが収まるはずだったんだろう。トーナメントの組み合わせも、四聖剣が直前まで食いあわないように調整されていたみたいだし。


 そんな予定調和を崩した俺への風辺りは相当強い。今だって競技場に姿を見せたら、歓声よりも怒声が飛んでくるくらいだ。

 申し訳なさは少しある。多くがシレネに賭けた掛札は無駄となってしまったし、ザクロに賭けた札もこれから無駄になる。

 が、それらはどうせスカビオサの手によって紙切れにさせるのだから、誰がやったって同じこと。俺に謝罪を要求するのは違うだろう。スカビオサの掛札が無駄になったときだけ、俺に罵声を浴びせてくれ。


 視界の端にキーリが映った。手に掛札を握りしめて震えている。彼女は相当の金額を俺に賭けていたからな。俺が勝てば一気に年収の数十倍の額が手に入る。顔は緊張で真っ青になっていた。隣のセリンも結局俺の掛札を買ったようだったが、セリンの方は気負う事のない笑顔だった。


 が、俺を応援している人間はそれくらい。他、俺に賭けたのはアイビーくらいか。彼女は彼女で平素の顔で座っている。俺と目が合うと、綺麗な笑顔を向けてきた。

 手を振り返すと、観客を煽ったと思われたのか、とんでもない怒号が響き渡った。……めちゃくちゃアウェイなんですけど。


 さほど時間は置かず、怒声は歓声に変わってくれた。ザクロが入場してきたからだ。


「よろしくね、リンク君」


 爽やかな笑顔と共に、手が差し出される。その手を握り返す。硬い手だった。

 少し前まで女の子みたいな見た目をしていたのに、段々と男の顔になってきた気がする。優男はその美貌で、多くの女性から黄色い声を浴びていた。


「よろしく、色男」

「なんだよ、なんか棘がある言い方だね」

「俺には野郎の怒声ばかりだったからな。嫌味の一つでも言わせてくれ」

「本当に綺麗な華からは応援されているでしょ」


 ザクロの目は観客席の一部へ。

 にこにこと笑うアイビー、御淑やかに手を振るシレネ、目が合うとそっぽを向くマリーが並んで座っている。横にはレフとライの姿も。ライは俺のことを応援してくれるみたいだが、レフは完全にザクロの応援だ。次いで、あちこちに包帯を巻いたレドと、その身体を心配そうに摩るハナズオウ。


 思えば、多くの人が俺の周りにはいた。いてくれた。

 過去、一人で敗退して一人誰もいないところで煙草を吸っていた時とは大違いだ。


「……悪くはないな」

「はは。それは良かった。で、今回は本気を出してくれるんだよね」


 ザクロの眼の色が変わる。


「僕も、シレネさんと同じ気持ちだよ。本当の君の心が知りたい。君にとって僕がどういう存在なのか、はっきりさせたい。だからどうか、本気で挑んできてほしい」

「残念ながら、本気は出せない」


 俺が本気を出すということは、手札のすべてを曝け出すということ。

 霊装のすべての力を開示していない以上、多くの追及が来るだろうし、フォールアウトを晒すことでアイビーの生存を確定させるのも美味しくない。俺は限られた手札で戦うことを強いられている。


「……それは、僕には見せる必要がないってこと?」

「なんでそう暗くなるんだ。そういうわけじゃないって。俺の都合だ。俺の霊装ホワイトノートは、結構めんどくさいんだよ」


 試合前にする話ではないし、説明は後ですればいいや。


 代わりに、俺は一振りの剣を生み出した。

 ザクロが目を見開くと同時、観客からもざわざわとざわめきが起こる。


「……デュランダル」


 俺が手にしたのは、細長く、人の身長ほどもある、白銀の長剣。

 四聖剣の一つに数えられる、最強の一角。


「これで、相手をすることにするよ」

「なんでもありだね」


 いまだざわめきの収まらない会場内。デュランダル一つでこうなんだ、俺の全手札を公開したらどうなるんだ。それは最後の一回にとっておきたい。


「でも、良かった。デュランダルが使えるのなら、手加減なんかできないよね」


 ザクロもデュランダルを構える。

 まったく同じ剣が二つ並べば、それなりに壮観な光景ではある。


「一つだけ、おまえに言っておく」


 最後の問答。

 俺はザクロに告げた。


「俺はおまえのおかげで、ここに立ってるんだ」

「どういう意味?」

「以前のおまえと出会ったから、今の俺がいるということさ。ありがとうな」

「……よくわからないけれど、前の僕は、リンク君にとって良い存在だったんだね」

「ああ」

「じゃあ――負けてられないよね」


 目に焔が灯る。

 負けたくないのは俺か、過去の自分か。

 両方か。


 お互いに剣を携えて駆けだした。

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