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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
7章 孤狼が啼いた
75/183

75.







 ◇



 エクスカリバーから真っ白な衝撃波が発生したかと思うと、レドの身体はそれに巻き込まれて場外へと弾き飛ばされた。


 エクスカリバーの放った衝撃波は、観客席にいる俺たちにも余波として届いてくる。


 アロンダイトのものとは似て非なる衝撃。俺の見地で言わせてもらえば、その規模と取り回しに差異がある。

 アロンダイトは中規模の衝撃。連射もできるし、取り回しも利く。反面、エクスカリバーの衝撃波は広範囲で高威力。その代わり、自身が無防備になる時間が長い。間違いなく言えるのは、人と戦う際に使うためのものではないということ。


 スカビオサの黒いうわさもあって、会場内ではどよめきが収まらなかった。もろに攻撃を受けたレドが死んでしまったのではないかと青い顔をしている人も多い。ハナズオウなんか、アイビーがその腕を掴んでいなかったら、飛び込んでいきそうな勢いだった。


 煙が晴れていってレドの姿が視認できたが、彼はバルディリスを支えに立ち上がっていた。会場中から安堵の息が漏れる。しかし、すぐにレドはその場に倒れこむ。試合続行は不可能そうだった。審判が試合終了を宣言し、両者は会場を後にする。


「レド様、大丈夫でしょうか……」


 おろおろとするハナズオウ。

 俺は彼女に対する警戒を解いたつもりはないけれど、注視するほどでもないと最近は考えを改めていた。行動の節々が、どう考えても普通の女の子なのだ。少なくとも、彼女はそう見せたいようだった。


「心配なら医務室に見に行けばいいんじゃないか?」

「薄情ですね。貴方は逆に心配ではないのですか? 親友と聞きましたよ」

「あいつがあんなので死ぬわけないだろ」

「死ななくったて大怪我ですよ」

「怪我で見舞いに来られたって気まずいだろ」

「死んでしまったら見舞いとは呼べないではないですか。怪我だから見舞えるんでしょう」


 それはそうだ。

 俺がハナズオウとの会話では頭と感情を極力動かさないようにしてるから、よくわからないやり取りになってる。


「リンク様は遠慮しているのですよ。自分が心配するべきではないと」


 シレネが口を挟んできた。


「え、どういうことですか?」

「病室に添えるのは華でしょう? この人は言い方は間違えますが、粋と無粋の差を理解していますわ」

「……そうなんですか?」


 俺はその通りと言わんばかりに頷いておいた。


「そんな感じしませんケド……。まあ、どちらにせよ、ここで言い争う意味もありません。レド様が心配なので、私は行きますね」


 ハナズオウはそそくさと席を立って走っていってしまった。


「助かったよ」

「何も考えていないのは顔を見ればわかりましたからね。そんなに話したくないんですか?」

「そりゃ、俺はあいつに殺されてるからな」

「難しいですわね」


 難しいよ。

 こればかりはどうしようもない。


「で、さっきの試合、どう見る?」

「複数の霊装に、エクスカリバーという聖剣。間違いなく最強の人ですわね」


 隣に座るシレネが楽しそうに言う。


「他人事かよ」

「まさか。私が戦うのならどうするか、しっかり考えていましたわ」

「エクスカリバーにアロンダイトが劣ってるとは思ってない。聖剣同士であれば、戦い様でどうとでもなる」

「ポイントになるのは、聖剣よりもむしろ、他の霊装をどう捌くかですわね。中距離対応の槍に、防御のための盾。その他多数が取り置き状態ですものね。でも、リンク様も同じ立場でしょう?」


 楽しそうな目に覗かれる。


「俺の霊装は一つだけ。バーゲンセールはできないんだよ」

「一つ一つに丁寧に応対すればいいではないですか。多く扱っているお店が儲かるというわけでもありません。上手い売り方を考えるのが店側の役目で、楽しみでもあるのです」

「いつも通りってことか」

「貴方の得意分野でしょう」


 スカビオサと当たるのは決勝だ。あと二回勝ち進めないといけない。いや、あと一回か。次の試合は勝ちが決まっている。


「次は頼んだぞ、シレネ。うまい具合に負けてくれ」

「あら? 私、貴方と戦わないなんて言いましたっけ?」


 首を傾げられる。


「ああ、言ってなかったか? 負けてくれ。俺は決勝でスカビオサと戦わないといけないんだ」

「私も、言ってませんでしたっけ。私、貴方と戦いたいんですの」


 にっこりと、満面の笑み。


「シレネ・アロンダイトは貴方に殺されてしまいました。でも、ただのシレネはどうなのか、それを試したいのですわ。私は貴方の知る私と比べて、どうなっているのか。ただただ幸福を享受して甘えん坊になってしまったのか、幸せを糧に向上することができたのか。それを知りたいんです」

「おまえは前よりもいい女だよ。それに、強い」

「貴方は嘘つきですからね。真剣な場でないと、本音を吐き出してはくれない。スカビオサと戦いたいんでしょう? だったら、私を乗り越えてください。本気で、私を倒してくださいな」


 シレネは冗談を言っている様ではなかった。


「貴方の本当と戦いたい」


 真剣な目でそこまで言われてしまえば、断りようもなかった。

 言い方的に俺が勝つと思ってるんだろうけど、そんなことはない。シレネを納得させてシレネに勝つというのも、中々に骨が折れるのだ。



 ◆



 シレネ・アロンダイトは今、どこにいるのだろうか。

 自分の立っている場所は理解している。そこに安心や幸福があることもわかっている。だけど、それでいいのだろうか。幸福色の中に、一抹の不安が宙に浮いていた。


 ――このままで、欲しいものは掴めるのだろうか。


「だから、本音がほしいのです」


 自分の現在地。自分の欲しいもの。

 それを確かめるために、愛する人の前に立つ。


 まだ私は、必要ですか。

 いつまで、必要ですか。

 どこまで、必要ですか。


 そんなことを考えた自分に笑ってしまう。ずんずんと先に進んでいく彼。そこについていくと決めた自分。いつまでどこまで自分はその隣に立っていることができるだろうか。


 自分の優秀さは、客観的視点からも理解している。けれど、それだけでは越えられない壁があることもわかっている。自分は結局、”この世界”を、知らない。彼の見えている景色の全貌は伺い知れない。

 隣に立ちたいのに、自分は彼の事情の全てを知らないから、いつかついていけなくなるかもしれない。どこかで置いていかれるかもしれない。そんな焦燥があった。今はいいかもしれないけれど、世界はたった一つの事実で色を変える。今の道はどこまで続いていけるだろうか。


「私が、役に立たなくなったら――」


 深く息を吐いた。

 英雄として生きることを辞めたこの身は、リンクの目的に手を貸すことを決めた。今まで自分を縛っていた鎖はすでに存在しない。しかし、新しい目的も、それはそれで自分を縛り付ける。

 今いる場所。それは、それだけは失えない。

 縋りつく、という言葉が適している。


「……私は、弱くなってしまったのかもしれない」


 控室の鏡の前に佇む少女。

 それは、シレネ・アロンダイトと比べてどれほどの価値を有しているのだろう。

 十二分に、意味と意義を有した存在なのだろうか。

 確かめないといけない。




 控え室から競技の場へと足を進めていく。

 周囲を観客に覆われた競技場は、シレネが足を踏み入れると大歓声でもって迎えてくれた。


 客観的に見れば、その美貌と実力でシレネは二番人気。スカビオサに水を空けられてしまってはいるが、優勝の可能性は十分にある。この三回戦はシレネがあっさりと勝利し、決勝はシレネとスカビオサで行われるとほとんどの人は思っている。


 それが、今の私の価値。

 シレネ・アロンダイトの価値。


 反対側からリンクがやってくる。少し猫背で、三白眼できょろきょろと周りを見渡して、どこか斜に構えた様子で、自分の眼前に立った。


「まあ、なんだ。気楽にやろうぜ」


 へらへらとした調子で言われる。

 人によってはもっと真面目にやれと思うだろう。何へらへらしてるんだとも、何を言っているんだと憤慨する人もいる。実際、観客からは半分野次が飛んでいた。

 けれど、シレネはわかる。きっと内心、自分の様子が少しおかしいことに対し、あえて言葉を軽くして、気を遣ってくれているのだろう。


 偽悪。

 この人は、そういう人だ。


 そして、そんな気楽な調子で、他人に負担をかけないように、自分で抱え込む。彼が気づいているか知らないけれど、彼の器はそこまで大きくない。ハナズオウの時もそうだったし、一気に情報が飛び込んでくる時があれば、砕けてしまいそうに脆く見える。


 なぜわかるか。自分もそうだったから、わかるのだ。

 そうならないように、隣にいたいのに。

 いつかの彼のように、手を差し伸べたいのに。


「私は貴方の隣に立ちたい。貴方を諫めるのは、支えるのは、傍にいるのは、私でありたい」

「気負うなよ。もう十分支えてもらってるよ。そんな真面目になるなって」

「それは貴方にも言えることでしょう。私にそんな情けは無用です。私なんかに気を遣わなくていい」

「俺がおまえに気を遣ってるように見えるか? そう見えるのなら病気だな」

「本心を教えてください」


 カッコ悪い。

 この言葉はつまり、貴方の本心がわかりませんと豪語しているに等しい。貴方を知るのを諦めましたと同義だ。

 でも、一つだけ、どうしてもわからないことがある。それがわからないから、彼の正体を見誤る。彼の思いを、目的を、自分の動き方さえ、間違える。


「どうして貴方はそこまで頑張るのですか。魔王を倒して何になるのですか」

「いつも言ってるだろ。死んでいった仲間たちのためだ。それ以上でも以下でもない」

「嘘つき」


 逆に言えば、わからないのは一つだけ。根っこだけ。なんで彼が身を粉にして頑張っているのか。


「嘘。嘘。嘘。貴方はそこまで情に厚くない。本当の貴方は他人に対してそこまで入れ込むこともない」

「そう見えるか?」

「見えますね」


 愛しているという言葉は嘘ではない。けれど、真実ではない。

 近くにいたら抱きしめて愛を囁くけれど、いなかったら死んでしまうほどに愛してはくれていない。いや、それは自分が求めすぎているのか。


 私はきっと貴方がいなければ生きていく意味を見いだせないのに。

 彼はきっと、私がいなくても飄々と生きていくことが目に見える。

 どうなんだろうか。どうなるのだろうか。


 ああ、なるほど。


「ぐだぐだと考えているけれど、これは私の、ただのわがままなのかもしれませんわね。私がただ、貴方にこうあってほしいというだけ。私の理想の貴方を押し付けているだけ」


 こうしてほしいと言えたら、楽なんだろう。

 でもきっと、私はそれを口にしない。


「いいんじゃないか、それで。おまえは考えすぎだ」リンクは鼻で笑うと、バルディリスを手にした。「まあ、反省するというのなら、おまえの負けってことでいいか?」

「何を言ってるのかわかりませんわ。やることはやりますわ」


 シレネはアロンダイトを手にする。漆黒の聖剣を手にすると、観客が歓声を上げた。


「貴方こそ、武器はそれでいいので? アロンダイトを手にしても良いんですよ」

「いや、それは最後にとっておく。あいつと戦う前に不正だなんだので時間を取られたくはない」

「私はあくまで前座だと、そういうことですのね」

「怒るなよ」

「私がそんなに狭量に見えますの?」

「意外とおまえは気にしいだからな」

「あはは」


 笑ったのは、自分の知らない自分を指摘されたから。それは裸を見られるよりも恥ずかしくて。顔が真っ赤になるくらい嬉しい。

 だから、同じように、彼自身を、知りたい。


 剣と斧とが交錯した。

 単純な力比べ。シレネの剣の方がリンクの斧を圧倒している。


「どうあっても引いてはくれなさそうだな」

「当然ですわ。貴方に牙を剥く覚悟を、貴方は知らないんでしょう」

「知りようがないな。おまえの覚悟はおまえだけのものだ。それがシレネの覚悟なんだろ」


 アロンダイトから衝撃波を発する。

 同時に、リンクは斧の先を地面に突き刺した。身体が宙に浮くほどの衝撃を受けながらも、彼はその場から動かない。


「いってえ……」


 言いながら、笑みを浮かべていた。


 シレネは消耗したリンクに向かって剣を振り上げる。

 地面に突き刺した斧が消え、リンクの手元に。そして振り上げた剣がかちあげられた。手元から離れていくアロンダイト。


 霊装使いにとって、武器の場所は意味を為さない。いつだって手元に呼び寄せられる。けれど、それは普通の霊装であればの話。アロンダイトは自分の手にない時の方がその力を十二分に発揮する。


 シレネは上に飛んでいったアロンダイトの位置を確認せずに、「破天」とだけ呟いた。


「ち」


 上空からの衝撃に膝を折るリンク。その隙をついて、アロンダイトを手に、再度斬りかかる。


 ――バルディリスだけでは、回避できないでしょう。


 魔の森で戦った方が、リンクは強かった。あの時はフォールアウトも使い、機動力を有していたから。今、バルディリスだけのリンクでは流石にシレネには勝つことはできない。

 これは彼が本気を出す一歩手前。

 彼が本気を出して初めて、シレネは自分の位置と価値を知る。


 私は、あの時と比べて――

 強くなったのか、弱くなったのか。

 オシエテ、ホシイ。


「おまえにだけ、伝えるよ」


 刃を眼前に諦めるように笑って、リンクは言った。


「俺は、――ひとかどの人間になりたくてな」

「どういう意味ですか」

「さあな」


 少し、寂しそうな顔だった。


 リンクの手から斧がかき消され、シレネは拍子抜けする。彼を守る武器は手元にない。

 自分の逡巡を誘っているのだろう。それはわかっている。きっとぎりぎりになってバルディリスを召喚して、受けるに決まっている。それまで自分が隙を作ってはいけない。剣は止めない。


 まだ。



 まだ。



 まだ、武器を手に取らない。



 そのままの勢いでアロンダイトがリンクに突き刺さろうとして――


 寸前、刃が衣服を突き破ったタイミングで、リンクの目を見た。シレネはぞっとしてアロンダイトをかき消した。あともう少しで、彼の心臓に剣が突き刺さるところだった。

 ばくばくと心臓が音を鳴らす中、シレネの首には斧が添えられていた。


「俺の勝ちだな」


 何が起こったのかわからなかった。

 血の気が引いた中、勝ち誇った顔のリンクを見て、状況を理解して、思わず呆れてしまった。


「……ずるい、というか、命知らずというか、恥知らずというか」

「何が?」

「私が止めていなかったら、死んでいましたよ」

「おまえが止めないわけないだろ。あの時と違って、おまえは人殺しじゃないんだから」

「……」


 過去の自分だったら、こんな風に嘯くリンクのことを斬り付けていただろうか。きっと、剣を消すのはもっと後だった。殺すかどうかは別として、自分の邪魔をする者に容赦はしなかった。こんな場所でふざけるほうが悪い、と斬り付けていただろう。


 正しいのは、シレネ・アロンダイトなのだから。

 それは、強かったのか、弱かったのか。


「欲しいものがあるけど、それ以上に大切なものがある。そのために一歩引けるのだって、十分に強さだろ」


 自分が今、阿呆面を晒しているのはわかった。

 肩透かしを喰らった形。自分が背負っているものが実はそこまで重くなかったかのような。私は何を不安に思っていたんだっけ。


「ここで勇気をもって剣を止められる奴の方が、よっぽど英雄らしい。おまえは、そういうやつだよ。シレネは、それ以上でもそれ以下でもない」

「……本当に、ああいえばこういう人ですわ」


 リンクは良い笑顔で肩を竦めていた。

 悩んでいた自分が馬鹿らしくなるくらいの、清々しい笑顔だった。

 

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