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【コミカライズ配信中】トキノオリ  作者: 紫藤朋己
7章 孤狼が啼いた
71/183

71.







 教会の外に出て、アイビーと合流する。「どうしたの? 何があったの?」と聞いてくる彼女に状況を説明すると、苦い顔になった。


「誰も彼もが変なことを言って、うまいこといかないね」

「誰か一人協力してくれるだけで全然違うんだけどな。どいつもこいつも意味わからんこと言って……。詳細を確認するためにも本人に会ってくる」

「わかった。直接聞かないとわからないしね。私はどうすればいい?」

「学園の中の話だ。一旦待機しておいてくれ」


 状況如何によっては説き伏せるための戦闘にも発展するだろう。その時は応援を頼むことになる。


「了解。じゃあ、リンクの部屋で待ってるね」

「ああ。見つからないようにな」

「今まで見つかったことないんだよ。余裕余裕」

「調子乗った時が一番危ないんだからな。気をつけろよ。じゃあ、そういうことで」


 アイビーとの会話を終えて、俺は学園へと足を向ける。

 のを、


「……あ、リンク」


 アイビーの一言が止めた。振り返ると、いつになく不安そうな顔をしている彼女がいた。俺以上に自分の口から出た言葉に驚いていたようだった。


「どうした?」

「え、あ、なんというか……、スカビオサに会うんだよね?」

「そうだって言っただろ」

「そうだよね……」

「歯切れが悪いな。おまえもおまえで何だってんだ。何が不安なんだよ」

「え? 私、そんな顔してる?」

「ああ。初めて見た顔かもしれない」


 いや、似たような顔は見たことがある。俺たちがまだ道場にいた頃、アステラの襲撃に備えるために一緒の布団で寝ていた時。その時も彼女はこんな顔をしていた。

 逡巡と、恐怖と。前に進もうと思っているのに、足が縫い付けられているような状況、感情。


「何を心配してるか知らないが、気にするな。別にその場で戦闘なんてことにはならない。万が一それがあったとして、俺が負けると思うか? 俺の手元にはフォールアウトがあるんだぜ。逃げるなら簡単だ」

「ううん。私は最初っからリンクの強さは疑ってないよ」

「じゃあなんだよ」

「何でもないよ。なんとなく、声をかけたかっただけ」


 いつものように、笑顔を作る。


「何があっても、いいんだよ。リンクの好きなようにしてね」


 いつものような、言葉を出す。

 それは聞き方によっては、どこか突き放すような言い方で。


 なんとなく、アイビーの迷いは、俺に関係あるように思えた。しかし、それが何かは見当もつかない。そこまで言われると、逆に不安になるのだが。


「スカビオサについて、なんか知ってるのか?」

「ううん。会ったこともないからわからない」

「……じゃあなんなんだよ」

「だから何でもないって。何度も言ってるじゃん。ごめんね、呼び止めちゃって」


 アイビーはこれ以上話すことはないといったように、背を向けた。


 正直、かなり気になる。でもアイビーが何でもないと言った以上、これ以上話してくれることはないんだろう。良くも悪くも自分の中で結論を持っていて、幸か不幸かそれが正しいものだと信じている。アイビーはそういう女だ。

 良くも悪くも、理論的。だから彼女の言葉には説得力がある。アイビーが言い負かされないのは、そういった正当性を有しているから。

 彼女が俺に好意を持っていることは知っている。だから俺に致命的なことが起こるかもしれない、という不安ではない。それだったら止めるだろう。何を抱えているんだろうか。


 悩みでもあるのか、という言葉は喉を越えなかった。

 考えてもしょうがない。アイビーが口を割らない以上、そこには何も生まれはしない。虚空から水を出す方法なんか、考えたって出てくるわけもないのだ。


「俺は行くぞ」

「うん。行ってらっしゃい」


 その口調は優し気で、寂し気だった。




 俺はアイビーに背を向けて、学園へと歩みを進めた。門をくぐり、校舎の中に入り、いつもの面子が集まる談話室に入る。皆がこちらを向く中、まずはシレネの姿を探した。


「あ、浮気者」


 マリーの軽口は「悪い。少し急用だ」と躱す。マリーはむすっとした顔になるが、追撃はしようとしなかった。

 シレネは本を読む手を止めて、俺のことを見上げた。


「あら、リンク様。お早いお帰りで。もう贖罪のデートはいいんですの?」

「スカビオサのことを教えてくれ」

「……ふむ。

 スカビオサさんというと、唯我独尊の方ですわ。王城で開かれるパーティーでも必要最低限の時間、必要最低限の人とだけ話して、席を立ってしまいますの。だから同じ四聖剣の立場でありながら、私も話したことは数回です。教室内でもほとんどその姿は見かけませんしね」

「スカビオサが人を殺したってのは本当か?」

「本当ですわ。三十二人、でしたっけ? 細かな人数は別として、実際に私も死者を見ています。彼女が死体を引きずっていたのも見たことがありますわ。彼女が人殺しである――それは噂ではなく真実です」


 一つ、息をつく。

 噂と真実とが重なり合う。

 強張っていた表情が少し崩れた。


「よくそれでここまで生きてこれたな」

「エクスカリバー家自体が特殊な家系ですからね。家系がひどく限定されますわ。分家もないですし、家系図も当初から一本の線で繋がるような家です。彼女が死ねば、エクスカリバーがどこに行くかわかりません。

 私も似たような立場ですが、家としての格はあちらの方は上ですわ。国として、そんな彼女は失えない。加えて、彼女が人を殺すことには意味があります。殺した先で、霊装は彼女の手元に移り行く。スカビオサ・エクスカリバーは、さらに強くなる。人類の最終到達点として、人の世界を守る存在なのです」


 一人が育つために、多くを犠牲にする。それを正しいと思えるかどうか、俺には判断がつかない。しかし、スカビオサは判断したのだろう。

 そして、そんなスカビオサの行動も、今の俺なら理解できる。スカビオサが何者か、その一端を掴んだ俺なら、わかることがある。


 魔王を倒すため。

 そのために自分の力を強化しているのだとしたら、行動原理もようやく理解できる。突飛なことには間違いがないけれど。


「どうしてそんなことを聞くのですか?」

「あいつが二人目だ。俺やマーガレットと同じ、未来を知る人間だ」

「……なるほど。だから魔王を倒すために、霊装を集めていたのですね。普通に暮らしている分にはエクスカリバー一本で事足りますが、魔王とやらには足りなかった、と」

「逆に言えば、あれだけ霊装を集めても、まだ魔王を倒せてないってことか」


 マーガレットの言葉が脳内を過る。


 魔王なんか倒せない。

 そもそも俺は魔王の何たるかがいまだによくわかっていない。俺の知る魔王の姿はハナズオウそのもの。けれど今、彼女にその様子はまったく見られない。レドにちょっかいをかける姿はまるで恋する乙女。俺に対しては敵愾心を持ってはいるが、取って食おうとしてきたり、別の意図を感じることもない。

 スカビオサはいまだ俺の知らない何かと戦っているのだろうか。


「本人に会いに行くんですか?」

「ああ」

「お供しましょう」


 立ち上がりかけたシレネを手で制した。


「いや。俺が一人で行く。大勢で押し寄せて警戒されてもつまらない」

「大丈夫ですか?」

「いざとなればフォールアウトがある」


 俺はフォールアウトを生み出すと、それをマリー向けて放り投げた。話を聞いていた彼女はむすっとした顔でそれを受け取る。親指と人差し指とで挟み込んで、ぷらぷらと揺らす。


「これは何ヨ」

「預けておく。持っておいてくれ。それが消えたら、戦闘の合図だ。シレネたちをつれて助けに来てくれ。もしくは、俺がそのナイフを起点にここに戻ってくるから」

「私は荷物置き場じゃないんだけど」

「帰る場所、って言い方じゃダメか?」

「……まあ、合格」


 口元が緩んで、そのナイフを握りしめ直した。


「……今の流れ、ナイフを渡すのは私にでは? 私が持っていた方がいち早く非常事態に気づけるのでは? どうしてマリー様を介すのです?」


 シレネが立ち上がっていた。

 せっかく止めたのに。


「おまえの両手は空いてないとダメだろ?」

「剣を握るために?」

「俺を抱きしめるために」


 流石にくさいな。

 それでも一定の満足は得られたようで、シレネは俺に背後から抱き着いてきた。


「死んだら許しませんわ」

「俺を誰だと思ってる。シレネ・アロンダイトを倒した男だぜ」

「あのシレネ・アロンダイトを!? では、心配はいりませんでしたね。誰にだって勝てそうですわ」

「リンクさんって、改めて見るとすごいですね。口がうまいです」「すごいよね。ああまで振り切れるとすごいよ」と、レフとザクロの声も聞こえる。おまえらだって最近仲いいじゃないか。


「……」


 ライは思案顔。

 この子に対しては愛情を注げばいいのかどうか、よくわからない。シレネとの関係もあるし、どれくらいを求めているのだろうか。


 そういえば、一人いない気がする。こういう時にいの一番に突っ込んできそうなやつが。


「あれ、レドは?」

「ハナズオウさんから逃げてますわ」


 相変わらずってことか。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] スカビオサが霊装を得る為に殺したのは誰なんだろう 前は分家筋とかの薄くても血の繋がりがあるところで受け継がれてる霊装を奪ってるのかと思ってたけど今回の話で分家は無い上本家も一本繋がり…
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