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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
6章 勇はここに在る
55/183

55.




 ◇



 夕食を終えて、俺たちは自分たちのテントに戻ってきた。


 俺以外は全員女子のテントである。

 心なしかどきどきしてきた。女子の近くで寝るなんて、どんなラッキーイベントだよ。

 と思ったけれど、学園でも毎晩アイビーがやってきているんだった。どきどき解散。


「んー。なんか最初来たときはどうかと思ったけど、これはこれで楽しいですね」


 レフは自身のベッドに飛び込んで笑った。

 流石にお客様仕様にしてくれたのか、簡易ベッドにしては上等なものだった。

 ライもベッドに腰かけて、


「そうね。会う人会う人優しかったし」

「皆優しいですし、不謹慎かもですけど、旅行気分というか、楽しんでますね」

「卒業後に討伐隊を選ぶのもありかも」

「え。ライはそうなんですか? 私は戦うのはやっぱり怖いです」

「シレネ様の進路次第だけどね」


 進路。

 彼女たちシレネの侍女はどうするのだろうか。

 シレネの後を追うという事は、俺たちと行動を共にするということ。魔王討伐に命を賭けるということ。

 彼女たちの未来はそれでいいのだろうか。


「マリー様はどうするんですか?」


 レフがマリーに尋ねた。

 マリーは首を捻って、


「私は王になるのよ」

「……そうでした。普段の行いを見ていると、ついつい忘れてしまいそうになります。リンク君は?」

「俺は討伐隊に入るかな。他にやれることもないし」


 騎士団に入るほど家柄も成績も良くないし。

 街の護衛も良いが、魔王討伐には不適だろう。いや、魔王はハナズオウで、魔王討伐はすぐにもでもできそうなんだが。


 今は魔王のことを考えるのはよそう。

 ハナズオウが上手に潜伏している可能性もあるし、どちらにしたって魔物の侵攻だけでもあるかもしれない。

 まずは当初の予定通り、ここで仲間を増やし、敵を打ち倒す。

 それだけは絶対だ。




 他愛無い会話が続いて、それぞれ欠伸が出始めた。

 夜も更けてきて、部屋の蝋燭の火も消えた。

 良い子は寝る時間。

 就寝の挨拶をして、各々のベッドの中に入る。


 女子三人と同じテントとはいっても、ベッドは別で一定の距離があるし、接触があるわけでもない。間違いなんか起こることもない。


 普通にしていれば。

 普通にしてもらえれば。


 会話がなくなってしばらくして。

 人の気配がしたので寝返りを打つと、誰かがベッドの傍に立っていた。


 ホラー。


「入れて」


 小さな声はマリーのものだった。

 枕持参で、俺の返事も待たずに俺のベッドの中に入ってくる。一人用のベッドだから二人入ってしまえば中々に窮屈だ。


「……なんだよ」

「寝ている間に襲われる可能性もあるでしょ。ここから私のベッドまで距離があるし、あんた、そんなんで私のこと守れるの?」

「それもそうだな」

「ふふ。認めるのが早いわね。本当は私が来るの、待ってたんじゃないの?」

「さあね」


 護衛対象が文字通り目の前。

 これが守りやすい状況なのは間違いない。

 寝過ごして二人が同じベッドの中にいるところが他の人間に見つからなければ、だけど。


「あったかいわね」

「人は暖かいよな」

「他の誰の暖かさを知ってるの?」

「……」

「ねえ」


 頬を引っ張られる。


「知らなくていいこともあるんだよ」

「……最低の男ね。今まで何人の女と寝たの?」

「忘れた」

「……まあ、いいわ」


 マリーの手が俺の身体に回る。

 密着。

 彼女の熱が俺に伝播していく。


「今は私だけだもの」


 普段はどちらかというと男勝りで、堂々とした佇まいなのに、静々と。

 人の中には色んな人がいる。

 はた目から見えるだけでは判別することはできない。

 だから俺はマリーの手に手を重ねた。


 暖かく、生きていた。


 

 ◇



 ――きゃああ! なんでリンク君がマリー様と一緒に寝てるんですか!


 ――ひどいケダモノね。何が護衛よ。


 ――君のことを信頼して女子テントに入れてあげたというのに、見込み違いだったようだ。


 三者三様、そんな声が聞こえた気がして、眼が開いた。

 テントの隙間からは青白い光が差し込み、小鳥の囀りが聞こえてくる。


 周囲を見渡す。寝息を立てているレフとライは、しっかりとベッドの中に入っていたし、テント内に他に人の気配はない。さっきのは俺の恐れからの夢だったようだ。

 当然、俺の隣にはマリーが熟睡。胎児のように身体を丸め、口を半開きにしながら、俺の腕を掴んでいる。


 外からは少々の物音が聞こえる。

 陽は上り始めている。朝が早い商人たちはすでに仕込みに入っているのだろう。

 順々に人が起きだしてくるだろうし、俺もさっさと起きないと同衾がバレてしまう。王女様と一夜を共にしただなんて不敬罪で捕まりたくはないしな。


「マリー、起きろ」


 俺の腕を掴んで離さないマリーに小声で話しかける。

 マリーは反応を見せない。

 こいつ、ガチ寝してやがる。


「早く起きろ」

「……」


 揺すると逆に俺の腕を掴む手を強くする始末。


 諦めてベッドから出て立ち上がると、ずるずるとマリーも引っ張られてきた。

 流石の俺でも彼女が地面で転がされるのを見るのは忍びない。お姫様抱っこの要領で彼女を抱きかかえると、まずはベッドから離れていってから彼女を立たせる。ふにゃふにゃとしているマリーは、ようやく自分の足を地につけた。


「……なによ」

「朝だ。起きるぞ」

「まだ外が白んでるくらいじゃない」

「ここは学園じゃないんだぞ。十分な灯りがあるわけじゃない。外が明るくなったら起きるんだよ」

「そ」


 大欠伸をかまし、大きく伸び。


「久々に熟睡した気がするわ」

「それはようござんした」

「うん。良かった」


 マリーの目が開くようになったので、テントの外に出る。

 近くに河があるということで行ってみると、すでに顔を洗っている早起きさんが何人もいた。混ざって一緒に顔を洗う。すっきりとした。


 まだ指定された集合時間には十分時間がある。レフもライも寝かせておいたままでいいだろう。そのまま朝食でもとるかと、野営地の中心部に向かう。


 すでに商人や料理人が腕をまくって準備をしていた。いくつかの出店が出来上がっている。

 仮組みされたテントに近づいていくと、軽やかな声をかけられた。


「あ、お客さん、早いね。朝食かい? うちにはいい食材が揃ってるよ」

「そうですね。少し早いですけどいただこうかな……」


 まだ俺も脳が半覚醒だったようだ。その声を聴いて、その顔を見て、会話を中断して、「うわっ」なんて声を上げてしまった。


「どうしたんですか、一体。人の顔見て、うわ、なんて反応、傷つきますよ、お客さん」


 俺の反応なんか予想済み。

 したり顔の店員の顔には俺でも覚えがあった。というか、覚えしかない。


「……アイ、こんなところで何してるんだよ」

「はてさて。私はただの風来坊。ご近所のおやっさんに大口の注文があるから手伝ってくれと言われたのではせ参じた。それ以外に理由はありませんよ」


 野営地の中心部に出ている屋台。

 サンドイッチ等簡易な食事を扱っているその店で、アイビーが店員として働いていた。

 俺たちがこの討伐隊に参加すると言ったとき、私も別口で行くよ、なんて言っていたが、商人に混じっているとは。

 相変わらず人に混じるのが上手だ。


「情報っていうのはね、食事時にこそ集まるの。討伐隊の中にいたんじゃ得られない情報を、私はいくつも持っているのだよ」


 流石はアイビーさん。

 要領が良くて助かる。


「じゃあとっておきの情報を頼む」

「はーい。サンドイッチは五百ゴールドね」


 手のひらを開いて見せるアイビーに、俺は肩を竦めた。コミュニケーション能力に比肩するレベルで、商才が豊か過ぎるだろ。

 二人分を頼むと、アイビーを雇っている店主もにっこりだった。


「ま、そんなことを言っても、私も昨日到着したばかりだし、得られた情報なんてリンクも聞いてる話だと思うけどね。紅蓮討伐隊も一枚岩じゃなくて、色んな思想に彩られてるって話」

「それは聞いたな。隊長直々に注意もされた」

「リンクのことだから上手くやるんだろうけど、誰であろうと信用のし過ぎは厳禁だよ。誰が襲い掛かってくるかわかったもんじゃないからね。この一週間は私もこのあたりにいるから、何かあったら言ってね。私も何かあったら言いに行くから」

「了解」


 俺たちは討伐隊の中からでしか物事を判断できない。別のところから攻めてくれるのは、正直助かる。


「あ、そうだ。情報集めするときにリンクの名前を出すことになると思うけど、私は他の人にリンクのことをなんて紹介したらいい? 私の知り合いとはいっても、肩書は必要でしょう? 王女様の護衛? 王女様の騎士? それとも、王女様の添い寝相手?」


 頬を上げてこちらを見つめてくる目は、口ほどには笑っていない。

 ぞっとする。


「……見てたのか?」

「カマかけ。大当たりを確認」

「カマをかけられる時点で当たりだろ。俺はおまえに勝てる気がしないよ」

「何言ってんの。私はリンクのものなんだから、勝つ必要もないでしょう。優秀な私だと思って、上手く使ってよ。それに、添い寝くらいなら全然私はキニシナイし。私はもう何晩も一緒にいるわけだし」


 人を見るとき、言葉や状況よりも、行動を見るべきだ。

 きにしないと言ったアイビーの顔。

 全然目が笑っていない。


「……じゃあ、そういうことで」


 俺はすごすごと逃げ帰ることしかできなかった。

 サンドイッチを食べながらの帰り道、「私もアイさんには勝てる気がしないわ」と普段勝気なマリーが言ったのが印象的だった。


 テントに戻ると、ライが起き上がってストレッチを始めていた。


「ベッドが空だったから気になってたけど、やっぱり二人でいたのね。密会というわけ?」

「早く起きたから先に顔を洗ってただけだ。広場の方に出店も出ていたから、朝飯は食えるぞ」

「レフが起きたら行ってみるわ」


 ライはその小柄な体で大きく伸びをして、「そろそろ起こさないとね」とレフに近寄っていく。

 俺はそれを止めた。


「少し待ってくれ、ライ」

「何?」

「レフが起きる前に、話がある」


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