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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
1章 伽藍洞の華
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4.







 ◇



 道場の朝は早い。

 住み込みでの修行を許可された俺は、他の訓練生との相部屋で眼を覚ました。

 結局孤児院と同じで雑魚寝だったが、特に気になりはしなかった。


 日々の流れ。

 朝起きて道場内に併設された畑の手入れ、家畜の世話、道場内の清掃。ムクゲが起きる前にそれらを全部やっておかないと怒鳴り声が響き渡るので、気を遣う必要がある。

 それらが終わって朝食をいただくと、日中はほとんど訓練に充てられる。

 そして訓練が終わると、夕食の準備、いただいた後は日暮れと共に就寝。日々の疲れは睡眠によって癒される。その他娯楽とは無縁の世界。


 アイビーとは性別が違うし、当然ながら別部屋になってしまった。

 朝の清掃の際には顔を合わせ、簡単に情報交換を行っている。

 彼女はそういうとき、不満と頬を膨らませているのだ。


「毎日しんどいよお。訓練して訓練してまた訓練だもん。この子たち、他にやることないのかよう」

「そういう生活を選んでるんだから当然だろ」

「まあ、そうなんだけどね。正直、孤児院にいたときよりは充実はしてるよ」


 それはアイビーが期待水準に達した運動能力を持っているからだ。道場の訓練についてこれさえすれば、鬱屈した日々よりはまともな生活を送れるだろう。

 日を追うごとにアイビーの顔つきも変わってきている。気だるそうな顔に、意欲が張り付いてきているようだ。


「確かに顔つきが変わったな」

「でしょう? 可愛さに磨きがかかって止まらないよ」

「はいはい」

「ぞんざいな扱いだあ。そういうリンクはあまり変わらないね」

「俺には最初からやる気があるから」


 肩を竦めると、アイビーの口が尖る。


「私たちは同じ目的で動いてるんでしょ。私のやる気を疑ってるの?」

「正確には疑ってた、だな。ここに来てからのおまえはしっかりと努力してるよ」

「へっへ。そうでしょ」


 ふにゃっと砕けた笑い。

 こういった笑顔が見られて良かった。アイビーを誘う事ができて良かった。

 まっとうな生き方に修正できたから、もうアイビーがごろつきどもに襲われる未来は起こりえないだろう。一年後、死ぬことはない。

 人を救う事ができたという実感は素晴らしい。一つ、後悔にも似たもやもやを晴らすことができた。


 頷いていると、ふと視線を向けられていることに気が付いた。

 数少ない少女の訓練生たちが俺とアイビーのことを見つめて囁き合っている。きゃあきゃあなんて姦しい笑い声。

 俺とアイビーの組み合わせで話していると、いつもこうだ。


「ここには娯楽がないからね。ああいう噂が楽しみなんだって」


 アイビーは要領が良い。

 すでに訓練生たちとは打ち解けているし、なんならしれっと入門を確定させていた。俺はレドとの決闘があったというのに、気が付けば合格していたのだ。


「達観してるな。おまえも混ざってくればいいのに」

「噂の当人が混じれるわけないでしょ」


 そりゃそうだ。

 少女たちは密やかに。


 反して、少年たちは堂々と。


「おい、リンク。いつまでも女と喋ってんじゃねえよ」


 俺に声をかけてきたレドは不満を隠そうともしていない。彼については仏頂面ばかり目にしていて、平素の顔が思い出せないくらいだ。


「今日の朝にやるべきことは終わった。迷惑はかけてないだろ」

「それなら素振りの一つでもしてろよ。ここに遊びに来たのかよ」

「こういった情報交換も大切なことだよ。遊んでるわけじゃない」

「情報交換? 女と乳繰り合ってるだけだろうが」

「硬派だな。俺の勝手だろ」


 レドはむっとした顔を崩さない。

「そうかよ」と捨て台詞を吐いて、去っていってしまった。


「……リンクってあまり人付き合いはうまくないよね」

「え?」


 正直何を言われているのかわからなかった。


「今の会話聞いてたか? どう考えてもレドの方に問題があるだろ。突っかかってきたのはあいつだぜ」

「相手は十三歳の子だよ? つっけんどんにつっけんどんで返したら、ああなるでしょ」


 おまえも十三歳の子供だろうが。

 しかし、俺の精神年齢は十三歳ではない。

 何も言い返せなかった。


「全ての出会いに意味があると思うよ、私は。拒絶は損失。せっかくなんだからもう少し仲良くしたら? もしかしたらあっちも仲良くなりたいって思ってるかもしれないよ」


 にこっと笑顔を残して、アイビーは少女たちの下に行ってしまった。


 ぽつんと残される俺。

 俺の周りには、人はいなかった。



 ◇



 確かに俺はよく無愛想だとか、能面だとか、そういった表現をされていた。

 顔つきだってどちらかというと人相の悪い方だし、女性が寄ってきたことなんかない。


 しかし決して孤独に生きていたわけではなく、受け入れてくれる仲間たちはいた。だから俺自身、何も間違っていると思っていなかった。

 ただ、少年少女が集まるこの場所で、一人でいることが多いのは事実だった。

 俺には確固とした目的がある。その目的のためには友人を作るという行為が無駄に思えたし、そこに意欲を燃やすことはなかった。


 このままでいい。

 と思っていた。

 その思いを変えるきっかけは、些細なことだった。


「俺と本気の決闘をしろ」


 俺とアイビーが道場にやってきて一月ほど経過した頃だろうか、真剣な顔をしたレドにそう言われた。


「決闘? 本気の?」

「そうだ。木刀なんかじゃない。本物の武器を使っての決闘だ」


 その目は本気だった。

 それがわかったからこそ、返答には困る。

 つまりそれは命のやり取りになるのだから。


「俺のこと、殺したいくらいに嫌いなのか?」

「違う。おまえに負けっぱなしなのが許せねえんだ。本気でいいなら、俺はおまえに負けやしないのに。俺の”霊装”さえ使えれば、おまえなんかこてんぱんだ」


 苦渋の表情を浮かべるレド。


 俺は驚いた。とっても驚いた。

 最近俺にこてんぱんにやられてしまったがゆえに、思いつめていたのだろう。この道場でボスを気取っていたのに、ぽっと出にやられて焦っているのだろう。そんな彼の気持ちは、普段の行動や言動から見て取れた。

 しかし、それがどうでもいいくらい、驚いた。


「おまえ、霊装使いなのか?」


 確かに普段の生活で霊装を使用することはないし、傍目にはその人が霊装を持っているかどうかなんかわかるはずもない。霊装は普段は所有者の精神の中に宿るとされているし、実際に使っているところを見ないと持っているかどうかすらわからない。


 知らなかった。

 いや、知らなかったというのは正しくない。

 正確には、思い出した。

 このレドという男、学園にいたぞ。どこかでいなくなっていたような気がするけど。


「そうだよ。親父からは使うなって言われてるけど」


 じゃあ使うなよ。

 というストレートな反論はさておき。


 そうなってくると、話は変わってくる。

 ”二つの意味”で、俺はレドに興味を向けざるを得ない。今までの塩対応は彼方へぽいだ。


「なんだよ、それならそうと言ってくれればいいのに」


 にこにこ、にこにこ。

 自分でできる最大限の笑顔を作って近寄っていく。

 笑顔とは、人間としての友好を表す表現。


 なのに、レドは真っ青になって身を引いた。


「ひっ」

「どうしたんだい? 仲よくしようよ」

「きもっ」


 ひどい。

 俺は満面の笑みをひっこめた。


「きもいとか言うな。傷つくだろ」

「いや、滅茶苦茶きもかった。まだ親父を目の前にした方がいい」


 髭男よりもおぞましいってことかい。

 まあいい。

 俺は寛大な男である。


「どんな霊装を持ってるんだ? 何の能力を持っているんだ? 誰から引き継いだものなんだ?」

「急に饒舌だな」

「そりゃ、霊装だぞ。気になるだろ」

「……言いたくない」


 さっきの威勢はどこへやら、口を堅く閉ざされてしまった。

 父親に使用を禁止されているという言葉からも察するに、そもそも他人に言うなと言われてそう。

 まずはこの口を開かせないといけないようだ。


「なんで俺がこんなに態度を改めたかというと、おまえも知っての通り、俺は十年後に現れる魔王を倒そうと考えている。そのためには優秀な霊装使いを見つけて、協力し合わないといけないんだ。ここに来た目的の一つはそれだよ」


 優秀な仲間を増やすこと。

 どんなに鍛えたって、一人ではあの数の魔物には太刀打ちできない。


「だから霊装使いとは基本的に仲良くしていきたい。それが優秀なら、是非とも俺に協力してほしい。世界のためだ。悪い様にはしないさ。だからほら、霊装を見せてくれよ」


 優しい口調と言葉で諭してみたが、相手の反応は悪い。

 俺との再戦では連戦連敗。

 道場内で一番というプライドが砕かれ、自分を見失っている時期なのだろう。自分の言ったことに対して、迷いと不安が滲み出ている。

 それに加えてムクゲから力を使うなと厳命されているからだろう。自分で言いだしたのに、決闘に逡巡している。


 根は真面目な良いやつなのかもしれなかった。

 そうなれば、俺は背中を押してあげるだけだ。


「それとも、おまえは自分で振りかざした拳を下ろすような腰抜けなのか?」


 煽ると、眼をぎらつかせてつかみかかってきた。

 俺は尚も挑む様に言葉を紡ぐ。


「決闘、やるだろ?」

「やるに決まってるだろ。死んでも知らないからな」


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