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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
0章 白紙
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0-8




 ◇



 聖剣デュランダルの力は別格だった。手にしているだけで身体の基礎能力が向上し、その頑強な刀身も相まって、強固な皮を有する魔物を一刀両断することができた。


 俺が聖剣を手にすることができてから、負傷者の数は激減した。それまでは誰も死なないことを喜んでいたのに、今や誰かが怪我をしただけで大騒ぎ。初日の余裕が戻ってきていた。


 それほどまでに俺が今までお荷物だったということ。そして、聖剣の力がいかに規格外かということを表していた。一振り増えるだけで戦況は大きく変わる。


 街を歩いていると、住人から御礼の言葉をかけられることも増えていった。俺は最初こそ逃げるように顔を背けていたが、返礼するように心がけた。御礼は受け取っても問題のないものだ。むしろ受け取らないことが不敬にもなる。


 魔物を殺すために燃やすこの命。だからといって、好意を無為にすることもなかった。

 好意を受け取るにも勇気がいるというのを、ここに来て学ぶことになった。


「というわけで、リンク君の歓迎パーティーをしようと思うよ」


 一日の魔物を狩り終わったある日、ザクロが笑顔で街への帰り際にそんなことを言った。


「歓迎パーティー?」

「僕たちも仲間になったことだし、改めて顔合わせを兼ねてパーティーをしよう。最近暗い話も多かったし、今日くらいはいいよね」


 いつの間に俺はザクロのパーティに入ったんだ。

 ほとんど反射のように断ろうと口を開きかけて、ぴたと止まった。


 ホワイトノートの能力は相手からの好意による。今、ザクロは俺に友情という好意を向けていてくれているが、この先はどうなるのだろう。嫌いになった場合、俺は霊装の能力を失うのだろうか。


 途端に、怖くなった。

 俺はこの力で人に報いることを決めたのに、力を失ってしまったらそれもできない。支給された剣だけでは、やれることは限られてくる。


 となると、ザクロとは基本的に一緒にいた方がいい――いや、それは倫理に反するんじゃないか。ザクロの霊装を目当てにしているようじゃないか。俺のわがままのためにザクロを利用しているように見えないか。それは――他人の好意を捨てるのと何が違う? 人の好意を弄んでいるクズ野郎じゃないか?


 俺が黙り込んでいると、ザクロは眉を下げてしまった。


「リンク君、顔色悪いよ? やっぱり、人と騒ぐようなことは嫌いかな?」

「いや、……嬉しいよ」


 結局、その申し出を受けることにした。

 誘ってくれて嬉しいのは間違いない。しかし、それが打算に塗れたものにも見えて、自分が嫌になりそうだった。


 いつもの酒場でザクロのパーティメンバーは集まっていた。

 ザクロ、ウルフ、そして俺の知らない男一人に、女性が二人。


 ザクロはにこにこ、ウルフはにやにやとしていたが、それ以外の面子はむっつりと口を閉じて、剣呑な雰囲気を漂わせていた。


「というわけで、僕たちの仲間に、新たにリンク君が加わることになりました!」


 ぱちぱち、と拍手をするも、誰も追随しない。

「はっは。ようやく重い腰を上げたか」とウルフは楽しそうに酒を煽っているが、好意的なのは彼とザクロの二人だけ。


「……結局こうなるのかあ」


 馬車内でも突っかかってきていた強気そうな女性が大きなため息をついた。

 ザクロは「まあまあ」と宥めつつ、それぞれを紹介してくれた。


「じゃあ、リンク君。僕のパーティメンバーを紹介するね。ウルフ君とは知り合いなんだよね? じゃあ他の三人なんだけど、大きい男性がリオン君」


 大男は腕組みをしたまま頷く。


「そこの金髪の女性がラクーンさん」

「いっつもザクロが変なやつをつれてくるから、私たちが苦労するんだけど」

「それで、最後がセロウさん」


 セロウは下を向いたまま、俺と眼も合わせようとしない。ぺこりと頭を下げていた。


 確かに、変な奴だらけだと思った。よろしく、と手を差し出してくるようなやつが一人もいない。

 だけど逆に、それが心地よかった。真っ当な人間な囲まれてしまえば、俺の異常性が浮き彫りになってしまう。木を隠すなら森の中。変人を隠すなら変人の中。


「よろしく」


 俺は笑顔を作って頭を下げた。

 ラクーンだけが、「ぎこちない笑顔」という感想をくれた。


「貴方、友達いないでしょ」

「いないな」

「でしょうね」


 再度ため息。しかし、俺にとっては呆れられるなんて慣れたものだ。

 ザクロが全員の顔を覗いていく。


「皆、いいよね」

「良いも何も、ここにいるのはザクロが勝手に集めた人間なんだから、文句も何もないわ。貴方が決めたんなら、それは決定事項よ」


 ラクーンの発言に、リオンとセロウも無言で頷いている。


「な、つまんねえやつらだろ。こんなやつらと飲む酒なんかつまんねえよ」とウルフが大きい欠伸をかましている。


 つまんらねえというより、異質だと思った。

 一緒にいる人間であれば、それなりに雰囲気が似てくるものだと思っていたが、ここはそうではない。全員が交じり合わない強烈な個性を持っているように思える。


「どうしてこのメンバーになったんだ?」


 俺の素朴な疑問も、ラクーンが鼻で笑って、


「さっきの話聞いていた? ザクロが勝手に集めてくるの。だから私たちは互いに興味はない。ただ、ザクロに集められただけで、互いに興味はないのよ」


 ザクロを見ると、恐縮するわけでも怒るわけでもなく、照れくさそうに笑っていた。


「そうなんだ。皆、僕が声をかけたんだ。僕のわがままなのに、皆、僕と一緒にいてくれて嬉しいんだ」


 ザクロもやっぱり変なやつなのかもしれない。この状況で心底嬉しそうにできるなんて、普通の感性じゃない。


 まあ、俺が普通を語るのも変なことだけれど。


「リンク君を見て、やりたいことをやることにしたんだ。もう後悔はしたくないからね」


 ザクロの熱い視線を受けても、別に俺に思い当たることはない。


「俺を見て? ……どういう」

「貴方が発端なの? サイテーじゃない。そのせいでザクロの人生変わっちゃったんだから。四聖剣なのにこんな辺境まで来て街の御守して、この街にザクロが居座る価値はないのに。挙句、王国の言う事無視して貴族じゃないなんて啖呵切っちゃうし……。もっと安定した人生もあったのに」


 ラクーンは項垂れるが、話を聞いていたらしい店主の空咳を受けて、「あ」と慌てて口を閉じていた。


 ザクロはうっすらと笑って、


「それは僕の人生じゃないよ。僕はそんな大層な人間じゃない。でも、大層な人間になりたいと思ったんだ。四聖剣として王都に居たんじゃ、きっと叶えられない。学園の時のリンク君を見て、僕にもできることがあるんじゃないかって思い直したんだ」


 以前言っていた、シレネとマリーに話しかけていた件か。


 俺こそ大層なことをした覚えはない。ただ流れに身を任せるままに、俺と同じ孤独な存在に声をかけていただけで……。

 なるほど、ザクロも今、同じことをやっているというわけか。

 シレネやマリーに劣らず、癖の強い人間が揃っているみたいだし。


 そうであれば、ますますパーティメンバーになりたくなった。彼らと一緒にいることが、俺の贖罪にも繋がるのだから。

 俺は再度、ぎこちない笑顔を作った。


「改めて、よろしくな」


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