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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
0章 白紙
182/183

0-7



 ◇



 そこに情はあった。

 今も過去も、あったのかもしれない。

 ただ俺が見て見ぬ振りをして放っていただけ。


 宿、あてがわれた部屋の中で一人、白い布を振る。布は姿を変え、俺はザクロの有する霊装――聖剣デュランダルを握ることができた。


 再度、霊装を振る。そうすると、霊装アロンダイトを手にすることができた。漆黒の刀身はまさしく、死にたがりの英雄シレネ・アロンダイトが振り回しているものだった。


 俺は、シレネの剣も握ることができていたのだ。

 彼女と遠く離れているこのタイミングで心が移ろうはずもない。俺は昔からずっと、握る権利を持っていたんだろう。


「……ごめん」


 誰に伝わることもないその言葉は、空気に混ざって見えなくなった。けれど、消えてはいない。部屋の中に後悔として残留する。


「ごめん……」


 シレネはずっと、俺に本当の思いを伝えてくれていたんだ。四聖剣の英雄が本気で俺にそんな思いを抱くわけがないと、突っぱねてきたのは俺の方だった。彼女は嘘で塗りつけられた思いを渡していたわけじゃない。大切に作ってくれた思いをいつも渡してくれていて、俺はそれを床に投げ捨てていたんだ。


 もしかしたら、マリーも同じだったのかもしれない。今はもう確認する術はないけれど、彼女の思いも俺は無視していたのかもしれない。救いの声と共に挙げられていた好意の思いを、俺は鼻で笑って捨てていたのだ。


 受け取ろうともしなかった。見ようとも確認しようともしていない。そんなことありえないという前提だけで、俺は多くの思いを踏みにじってきたのだ。


「――」


 彼女たちだけじゃなく、もっといたのかもしれない。

 クソガキがただの拗ねた思いで捨ててきたものの中には、捨ててはいけないものがいっぱいあったのかもしれない。


 もう確かめる術は何もない。ゴミ箱の中を覗いてももう何も残っていない。その思いは俺が受け取らなかった時点でどこかに消えていってしまった。


 俺は自分のことを無価値な人間だと思っていた。何もない、だから何もしない。それでいいんだと。ただそこにいるだけの、無害な人間。何もしないんだから、誰に迷惑をかけることもないと。


 でも、違った。

 俺は無価値でも無害でもなく、――有害な人間だったのだ。


 そこにいるだけで人は無にはなれない。有をないがしろにするような人間は、有害そのものだ。

 周囲の人間の大切なものを無価値にした、最低最悪の人間。


 どうしようもない。

 これはもう、人間ですらない。

 他人に被害を及ぼすという意味では、魔物と変わらない存在だった。人の心を殺すということは、人を切り裂いて殺すよりもよっぽど悪辣なような気がした。


 でも、だからといって、本当の無になることはできない。ここで死ぬことは許されない。胃がねじ切れんばかりの重圧から逃げ出すことは許されない。


 だってここで俺が死ねば、多くの想いが本当の意味で無駄になってしまう。


 逆に、死ねなくなってしまった。タダでは死ぬこともできない。


 これからの俺にできることは、贖罪しかない。

 数多の思いに応えるためには、死では足りない。


 贖罪を。

 俺が捨てた数多の思いに対する懺悔を。

 俺にはまだ命がある。この命を燃やしてこそ、多くの人への贖罪となろう。



 ◇



 全身が脈打つ。

 肩で息をする。


 本気で戦うというのは久方ぶりだった。学園に入学した直後、まだ自身の霊装に希望を有していた時以来だった。俺の霊装が何かの役に立つと信じている頃を思い出す。


 もっときちんと訓練していれば、余裕を持てていたのに、何をしてんだか。

 その分、疲労というツケを払う事になっている。甲斐あってか、過去最大数の魔物を前にしても、そのすべてを斬り捨てることができた。


 俺は手からデュランダルを消し去った。背後を振り返ると、誰もが茫然としながら俺を見つめていた。今回ほとんどの魔物を俺が殺したから、呆気に取られているんだろう。


 そもそも急に前に出てきておまえ誰だよ、という胡乱な視線も多々見受けられた。

 俺だって聞きたいね。俺って何なんだよ。

 後ろに流れていったのは数えるほどであったから、負傷者もいなかった。


「……おいおい、おまえ、そりゃどういう了見だよ」


 ウルフがこれでもかと眉を寄せて近づいてきた。


「おまえが霊装使いだったのは置いておく。聖剣デュランダルを使えている理由も置いておく。言っておかねえといけねえのは、なんで今なんだってことだ。おまえのその霊装があれば、もっと何とかできた場面はあっただろうが。なんだ、今の今まで隠してたってことか?」


 怒気を飛ばしてくるウルフの裏では、多くの人間が頷いていた。


「おまえが出し惜しみしなければ、俺の仲間は死ななかった!」「そうだ。俺の仲間だって腕を噛み切られずに済んだんだ!」「おまえ、いつも後ろの方で戦ってただろ。そんな力を持って、卑怯者め!」


 突然、最弱が最強へ。

 元々の俺がやる気のない日和見男だったから、そりゃ反感も出るわ。


 力には責任が宿る。

 できる人間は、やらなければならない。反感が起こることが予想で着ていても、やらないわけにはいかない。


 この命は過去を滅茶苦茶にした。せめて、未来をより良いものになるように、使うことにする。


 責任、贖罪、死ぬために生きる。

 シレネの気持ちがほんの少しわかった。


 俺は大勢の前で深く頭を下げた。


「ごめんなさい」

「そんな、謝って済むことじゃ……!」

「これからはすべてを賭ける。魔物を殺すためにすべてを賭けるから」


 俺が顔を上げると、さっきまで威勢よく詰め寄ってきていた人々が顔を見合わせていた。

 素直に謝られるとは思っていなかったらしい。俺が手にした霊装が聖剣であることも手伝って、怒りは勢いを弱めていた。


「リンク君、そんな顔をするもんじゃないよ」


 ザクロが寄ってきて、何故か俺と一緒になって頭を下げていた。


「ごめんなさい、みんな。

 リンク君の霊装は人の霊装をコピーするものなんだけど、それには時間がかかるんだ。だからこのタイミングになった。ここまで時間がかかっちゃったのは僕の責任でもある。失った命もあるし、許してとは言えない。けど、これからに関して言えば、力強い戦力が加わったと思っていいんだ。これからは聖剣が二振りになるんだよ」


「なんだよ、条件があるのか」「それならしょうがねえのか」


 ザクロの弁明に、納得はしきれないがらも、彼らの溜飲は下がったようだった。

 とにもかくにも、今日のノルマは終わった。好意的に捉えれば、怪我人なく一日を終えることができたのだ。それ以上は文句もなく、面々は街へと戻っていった。


「ありがとう、ザクロ」

「いいんだ。友達を助けただけだから」


 微笑まれる。

 正直、罵声に対して言い訳をするつもりはなかったんだけど、ザクロの手助けを無下にするのも違うしな。


「リンク君も前よりいい顔になってる。けど、少し怖いから抑えた方がいいかもね。もう今日の戦いは終わったんだから、もっと和らいでもいいんだよ」


 そう言われても、抑えることは難しかった。

 俺への戒めもある。走り続けていないと、過去の罪から逃れられないような気がした。


「大丈夫。前を向こう。リンク君の力は未来を明るくしてくれるよ」


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