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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
0章 白紙
178/183

0-3.



 ◇



 魔物の数が増えているという情報が出回っていた。そして、地平線を眺めているだけの俺が、実は霊装使いだという噂も広まっていた。

 残念ながら、両方とも噂ではなく真実だった。二つの真実から導き出される答えは、王国が戦力を欲していて、紛い物である俺もそこに該当するということだった。


 面倒にも、俺は壁面から外を眺めるという職を失い、魔物の討伐に行くように指示されてしまった。

 王国直々の指示だ。無視するわけにもいかない。こういう時、学園に通っていたという過去は重荷になる。俺が霊装使いとして育てられ、この命が国のためにあるということが明るみになってしまう。


 まったく。

 剣術など戦闘に対する訓練は学園でそれなりに受けてきたが、自他ともに認めるサボり魔であり、そもそも魔物に対する対応策である霊装が機能していない俺には過分な仕事だ。


 通達された命令は、魔物を一匹でも多く狩れとのこと。魔物に対する対応策は自由。パーティを組んで戦っても良いし、一人で戦っても良いとのこと。敵前逃亡以外はどんな手段をとってもいいと通達された。大勢の人間に一気に通達されたから、王国も管理できないというのが実情だろうな。


 どう戦っても良いというのは助かる。が、友人どころか知り合いも碌にいない俺にとれる選択肢があるわけもなく、勝手気ままに一人で動こうと考えていた。


 当然、その話は英雄様の元にも来ているようだった。


「私と一緒に来ますか? 貴方くらい、守ってあげますよ」


 冗談か、そんな誘いもあった。


 しかし、彼女の周囲で多くの死が生まれていることは俺も知っていた。彼女は正義を掲げて魔物の群れに突っ込んでいく。破滅願望そのままに自ら死地を生み出していく。彼女は英雄だから生き残る。ついていった人間は英雄じゃないから生き残れない。


 彼女の背後には多くの魔物の死骸。そして、ついてこれなかった仲間の死体が連なっている。

 英雄であり死神でもあるのが、この女性なのだ。


 俺は英雄の誘いを断った。


「……あらあら。貴方ならついてきてくれると思いましたが」

「おまえと心中なんかごめんだね」


 実際、死が怖いわけではなかった。


 けれど、俺はこの女の隣で死んではいけないと思った。俺の存在によってなんとか緩ませている糸が張り裂けるような、そんな底知れない恐怖があった。悲しいことに、戦場に赴けば確実に死ぬのが俺のような存在で、彼女は周囲に死をもたらす存在で、火と油。つまりは俺に彼女についていくという選択肢はなかった。


「残念ですわ」


 そう言う彼女の顔は安堵と失望、どちらでもあった。



 ◇



 魔物の生息圏は基本的に魔の森の中に限られている。鬱蒼とした森の中、木々の間を縫うようにして現れ、人の命を脅かしている。

 基本的には魔の森の近くまでいかなければ害はない。街の中で暮らしている人間にとっては無縁の存在だ。


 だが、最近、魔物の類は出現範囲を広げているらしい。周辺の街からも救援要請が多く寄せられ、王都の近くにも魔物が顔を出すようになっていた。


 未曽有の事態。

 こういった不測に対応するために育てられたのが、俺たちのような存在だった。


 腰元に支給された剣を引っ提げて、俺は国から指定された街へと向かうことにした。用意された馬車に腰を落ち着かせて、えっちらおっちら魔物退治への道へ。


 揺れる馬車の中に視線を巡らせる。

 乗り合わせているやつらも、俺と同じように国から蹴り飛ばされた無法者。……というのはいささか彼らに失礼か。騎士団にも召集がかかったみたいだし、霊装使いもほとんどが連絡を受けている。十数人がひしめき合う馬車の中で、『国のために』『俺が世界を救う』なんて息巻いている豪胆な人間に対して、俺と同じという言葉は蔑称にも値する。


 勇気と実力を有した彼らは魔物をどうにかしてくれるだろう。

 助かる。


 この戦いの最中、俺は死ぬだろう。

 まあしかし、それもしょうがない。


 逆なのだ。どこかで野垂れ死ぬ運命だった俺は、今まで運よく生きてこれた。死が当然の中で、幸運にも生を掴み取ることができていて、ようやくその運が尽きただけ。何もしていない人間が生き残ることができるほど人生も甘くない。


 もう十分に生きることができたし、悔いも……まあ、ない。


 一人で口端を歪めていると、「あれ、リンク君?」と声がかけられた。

 顔を上げると、対面に座る一人の優男が俺をじっと見つめていた。端正な顔つきは、この馬車の中でも目立っていた。着ている服も上等なもので、こんな乗り合いの馬車なんかに乗る必要もなさそうな印象だ。


「やっぱり! 久しぶり!」


 笑顔で話しかけられるも、俺の方には思い当たることがなかった。汚れた俺の歴史の中に、こんなにきらきらしている男はいなかった。


「誰だよ。俺の知り合いにおまえのようなやつはいない」

「あ、ごめん。もう何年も会ってないもんね。僕はザクロだよ。ほら、学園で一緒だったでしょう?」


 俺のつまらなそうな視線も意に介さず、笑顔を継続する男、もとい、ザクロ。


 名前を聞けば俺だって思い出す。

 しかし思い出せないのは、俺と彼との過去の関係性だ。


 彼は四聖剣と呼ばれ、霊装使いの中でも卓越した技術を持つ存在。

 英雄の末裔とも言われ奉られる雲の上のような存在が、学園で俺と何の思い出を作ったと言うんだ。


「こんな馴れ馴れしく会話するような間柄だったか?」


 学園の在籍時、仲良く話した記憶はない。もっと言えば、話した記憶すら薄い。久しぶり、なんて会話から始まる関係性ではなかった。


「確かにそんなに気軽に話すような仲じゃなかったけど、それでも同じ時間を過ごした仲じゃない。同じ馬車に乗り合わせるだなんて、それこそ何か縁があるんだろうし」


 にこにこ、にこにこ、と。

 さも嬉しそうに言うものだ。


「こっちは縁なんか感じない」

「そんなこと言わずに、仲よくしようよ。リンク君のパーティは?」


 ザクロは周囲を見渡すも、誰と目が合うこともない。


「一人だよ」

「え、一人? 大丈夫なの?」


 心配そうに見つめられる。

 俺が一人で参加する事に対して、心配そうに声をかけてくるやつは何人かいた。心配してくれるのは勝手だが、放っておいてほしい。


「大丈夫だよ。俺は強いんだ」


 俺は嘘をついた。でも、こう返せば彼はもう何も言い返せないはずだ。


「そうか、それならいいんだけど」


 どこか納得しきっていないような顔で、ザクロは身を引いた。

 と思ったら、再び顔を近づけてきた。


「一人ならさ、僕らのパーティに入らない? リンク君が強いならとっても助かるし、一人でいるよりも何人かで固まった方が安全性も効率も良いと思うよ」


 一度断っただろうが。

 なんでこんなに強引なんだ。


 反論に窮する。

 どう言えばこいつは納得してくれるのか思案していると、


「ザクロ、もういいでしょ」


 俺が断るよりも早く、ザクロの隣に座っていた女性が声を発していた。


 髪を縦に巻いた女性は、ザクロ以上に身に着けているものに高級感があった。人でひしめきあっている馬車の中では異質で、奇異の視線を向けられて、それにずっと顔をしかめていたのは見えていた。

 四聖剣に、どこかのお嬢様の組み合わせ。彼女も望んでいるようではなさそうだし、まずますこんな汚い馬車に乗っている理由がわからない。個々人で馬車くらい用意できそうなものだが。


 そんな彼女をぼうっと見つめるも、お相手さんは俺にはっきりと敵意を向けていた。


「貴方にとっては知り合いかもしれないけれど、私にとってはこの人は他人も他人。勝手にパーティに入れるのはやめて」

「……ごめん」


 剣幕に押され、ザクロは頭を下げていた。


 勝手に話を終わらせてくれて、願ったり叶ったり。

 俺は元から誰かと一緒に行動するつもりなんかなかったし、行動できるような人間でもない。端から端までお荷物になる俺は、独りぼっちがお似合いなのだ。


 ザクロは眉を下げながら、「ごめん」と俺にも謝罪してきた。


「もう少し時間くれるかな? そうしたらみんなを納得させるんだけど」

「いや、諦めろよ」


 なんだこいつ。

 さっきの問答でどうして納得させるなんて発想になるんだ。


 誰も得しない申し出だっていうのに。


「俺は入るつもりはない。おまえたちも俺を入れるつもりはないんだろ。じゃあ、これで終わりの話だ」

「……」


 ザクロは納得しきっていない顔で唸った後、


「わかった。じゃあ、本当にピンチな時は呼んでね。僕は絶対に君を助けに行くから」


 澄み切った目に見つめられ、余計な言葉が口から零れ出た。


「なんでだよ。俺なんかに声をかけたって得はないぞ」

「ああ、気にしないで。僕のわがままだから。僕がこの立場にいる理由――そこに行動を結び付けているだけだから。僕ができること、したいことをしているだけなんだ」


 彼の言葉はよくわからなかった。

 だから俺は応えないで、目を閉じた。



 ◇



 街について早々、俺たちは戦場に駆り出されることになった。


 来てくれてありがとう魔物は近くに来ているから早く追い払ってくれ、と出迎えてくれた街の住人に早口でまくしたてられ、街の中に入ることも叶わなかった。

 魔の森まで数刻のこの街の近くにも、すでに魔物がいるとの報告が上がっているらしい。国民のためにも、俺たちは休息もなく剣を振るわないといけない。


 長旅で痛んだ身体をほぐしながら魔物が現れたという地点まで歩いていく。開けた草原の上に立つと、数匹の魔物が見えた。猪のような形をした、小柄の魔物だった。


 魔物を見るのは学園以来だ。普通の獣と違って、言いようのないまがまがしさがあった。

 が、恐れるまでもない数と大きさだ。同行していた何人かが安堵の息を吐いた音が聞こえた。


「はっ! お先ぃ!」


 大柄の男が俺の横を抜けて走っていった。彼の後を数人が追い掛けていく。血気盛んな一番槍たちは、各々の武器を手に、魔物に襲い掛かっていった。


 やる気旺盛なことで。

 魔物を討伐した者には報奨金が与えられると聞いたばかり。困っている街を救ったという名声も与えられる。彼らは金と名誉のために彼らは奮闘している。


 突貫した一番槍の男の槍が魔物を貫いた。腹部に空いた致命傷から逃れようと魔物はじたばたと暴れたが、やがて動かなくなった。他の魔物も問題なく狩られることになった。


 それを傍観して、俺も安堵することになった。

 これくらいであれば誰でもやれる。

 他の人間がここまで意欲的に動いてくれるのなら、俺が何をすることもなく魔物は狩られることになるだろう。その場合俺に与えられる報酬は毎日の食事と寝床のみで余剰な金銭を得ることはできないが、何も問題はない。


 買いたいものも欲しいものもない。寝床さえもらえれば設けもの。

 徹頭徹尾、俺の人生はそんなものだ。

 

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