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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
20章 どこかでそれはつながっている
175/183

XXX. 繋いだ未来の先







 ◇◆◇



 どたばたどたばた。

 大きな足音を響かせて、まだ人もまばらな教室内、その子は私の机の前までやってきた。


「ねえ、ニゲラ。私、聖女になっちゃったみたい」


 何を言われたかわからなかった。


 本を読む手を止めて、その子の顔を見つめ返した。

 至極真面目なその顔に、私は欠伸を返した。


「おはよ」

「欠伸かいてる場合じゃないよ! とんでもないことなんだよ!」


 騒ぎ立てているセインという少女は、どこにでもいるごくごく普通の少女だった。

 下町の学校においても、平均的な見た目、平均的な成績を有している。そんな彼女の唯一のとりえは真面目で冗談も言わないところだったのに、何に毒されたんだろう。近所の話好きなおじちゃんかな。


 私の憐憫の眼差しにも気づかず、セインは身振り手振りで説明を始めた。


「あのね。今朝目を覚ました私の頭の中に、ぶわーって色んな情景がなだれ込んできたんだ。ホントすごかったよ! これは過去の聖女の記憶なんだって、誰に言われなくてもわかっちゃったんだ。経験したこともないのに、色んなことがわかるようになったの。私、今ならすごい賢いよ! 歴史の試験、満点取れる!」

「すごいすごい」

「冗談じゃないんだってば! あのね、十年後に、大勢の人が死んじゃうんだよ。海から多くの魔物が這い出してきて、この世界を襲ってくるんだよ! あっという間にこの国も魔物に覆われて、私もニゲラも簡単に殺されちゃったんだ。私はそれを鮮明に覚えてる」

「ふうん」


 さして興味もなかった。


 別にセインの話を信じていないわけではない。

 信じようが信じまいが、どうでもよかったのだ。


 多くの人が死ぬ。だからなんだって話。人は怪我する時は怪我するし、死ぬときは死ぬ。いずれは訪れるし、どう足掻いたって避けられないことなのだから、何も議論することはない。


「じゃあ後悔のないように生きないとね」

「ちっがーう! 私たちでその大災害をなんとかしようって話でしょう!」


 セインは大声を上げて、私の肩を掴んで揺さぶってきた。


「……やめてよ。わかってるでしょ。私にそんな意欲があるわけないじゃん」

「ニゲラには霊装があるでしょう! なんとかできるでしょ!」

「ああ、あったかもね」


 セインから視線を逸らす。


 霊装の話はしたくない。

 だって、私の霊装は、”悪魔の霊装”なんだもん。


 私が所有しているのは、数十年前にこの人類を破滅に導こうとした集団、そのリーダー格の男が使っていたとされる霊装だ。いまだその記憶と記録はしっかりと残っていて、事情を知っている人からは何度白い目で見られたことか。


 霊装使いではあるけれど、学園に入学もしたくなかった。何よりも、私に霊装が宿っていることを忘れたかった。だから私は下町でひっそりと生きている。

 どう足掻いたって、私と犯罪者との間に血縁関係がある事実からは逃げられない。私はどこまでいったって、大罪人の子孫。何をしたって、白い目に追われるだけの人生。

 意欲なんかあるもんか。


 セインという頭お花畑の子しか、近くには寄ってきてくれない。


「私はもう、最初っから生きることにやる気がないの。ひっそりと生きて、つまんなくなったら死ぬよ。だから勝手にどうぞ。私は何もしません」

「なんでそんなこと言うの。人類の危機なんだよ」

「そっちこそ、悪魔の子孫になってから言ってよね」

「……貴方の祖先は、悪魔なんかじゃない」


 その言葉に、顔を上げた。


 セインは普段はぼうっとしてるくせに、決めたことは決して曲げることはない。多くから遠巻きにされる私の手を取ったのだって、その頑固さゆえなのだ。

 今回だって、諦めるという選択肢は微塵もなさそうだった。


「私にはわかるの。貴方の祖先の人は、皆に言われているような悪い人じゃない。彼だって、人類のために戦った、英雄なんだよ」

「そんなことないよ。教科書には悪者の代表格として載ってる。貴方の祖先とは大違い」


 聖女の霊装を受け継いだということは、聖女マーガレットの血縁者ということ。教科書にも載っているような偉人だ。

 同じ載り方でも、天と地の差。


 へん。

 私のひねくれにも拍車がかかる。


「マーガレット様は聖女じゃない。本当の聖女は、アイビーって人だよ」

「それも教科書に載ってる犯罪者じゃん」

「本当の聖女と貴方の先祖は協力して魔物の討伐にあたった。その途中で、彼らはわざと人類と敵対する未来を選んだんだよ。人類を一つにまとめ上げるためにね」

「滅多なことを言うもんじゃないよ。教会から怒られるよ」

「だってそれが真実なんだもん。私は知ってるもん。見たんだもん」


 頬を上気させて迫ってくるセインに、嘘を言っている様子はない。


 けど。


「あ、そ。でも、どっちでもいいんだよ。何が真実であろうとも、今私の足を引っ張っているのはそいつなんだから。結果として私のところに来た霊装は、私を肥溜めの中に叩き落したんだよ」


 過程はどうあれ、彼の名は悪名として轟いている。

 子孫である自分も同様。この霊装を持っている限り、他人から貶される人生なのだ。

 私の人生は、そいつのせいで無茶苦茶だ。


 何を言われたって、響く気がしなかった。


 それなりに長い付き合い、セインにも私の気持ちは伝わっているはず。

 でも、彼女は引くことをしなかった。


「ニゲラ――打算的に、貴方に教えてあげる」


 セインの目が輝く。

 爛々と、ぎらぎらと。


「これは貴方が英雄になるチャンスよ。汚名を返上する絶好の機会なんだよ。私と一緒に、世界を救いましょう。

 この”輪廻聖女”の力は、人類の危機に発動する。危機の十年前に聖女を戻して、歴史をやり直させる。トキノオリと呼ばれる世界を形成して、人類の破滅を防ぐんだ。何度だってやり直せる。聖女だけじゃない、これは人類の霊装でもあるの。だから、他の頼れる人物も一緒に戦うことができる。私だけじゃなく、貴方の力があれば、人類を救う事ができるんだよ」


「何を言ってるのかわからないよ。そんな霊装の力を教えてもらったって、何も変わらないよ。――だから」




 バチン。



 脳内で大きな音が鳴って、”その情景”は眼前に現れた。


『これが未来に繋がっていったらいいよな』


 男が笑っている風景だった。

 その視界を持っている人物も笑っていた。


『うん。そうだね。私たちが繋いだこの世界を、まだ見ぬ未来の子たちが受け取ってくれたらいいな。決して良いことばかりじゃないけれど、悪いことばかりじゃない。輝く未来を諦めないで、繋いでほしい』

『その先で笑っていてほしい。これはわがままか?』

『ううん。きっと、わかってくれるよ。だって私たちの繋いだ未来がつまらないわけがないもんね』


 その他多くの景色が浮かんでは消えて、眼前を覆い尽くした。


 それは歴史だった。

 過去、多くの”聖女”たちが奮闘した歴史。

 その景色にはたくさんの涙と笑顔と絶望と希望とが映っていた。


 時に死んで、時に挫折して。

 誰もが必死で、災害と戦ってきた。

 明日を手に入れようと、奮闘していた。


 なんで?


「……明日に繋ぐため。私たちに、繋げるため」


 気が付くと、涙が零れていた。


 こんなことで泣くような弱い私じゃなかったのに。

 でも、過去の聖女たちの尽力がここまで世界を繋いできたのだと思うと、こみあげる思いがあった。

 無性に腹が立って、思い切り顔を拭いた。


「私は知ってるよ。霊装ホワイトノート。その力は霊装の模倣。聖女の力だって例外じゃない」

「知っているのになんで……。

 ――わざと霊装の能力を伝えたな」

「うん。私、結構、打算的なの。ニゲラと一緒に、頑張りたいの」


 にっこりと微笑むセイン。

 強かな。

 侮れない女だ。


 だが、それは、とある感情を想起させる。

 霊装ホワイトノートの起動条件は、相手の霊装の能力を理解すること。


 そして、


「……なに、あんた、私のこと好きなの」

「大好きだよ。本当はね、人類なんかどうでもいいの。貴方と同じ。でも、貴方の顔がずっと曇っているのは、嫌だなって思う。満面の笑みにしたい。貴方に降りかかる汚名を一緒に晴らしたいの。だから世界はおまけ。大好きな貴方が笑っている明日を、一緒に作りたいの」

「……あっそ」


 私は目を逸らした。

 眩しすぎる。

 日陰者の私とは大違い。だから聖女に選ばれたんだろうな。


 ちぇ。

 女に生まれなければ良かった。そうでなければ、こんな霊装、模倣なんかしなかったのに。疑似的な聖女になんかならなかったのに。


「私の先祖は、悪者じゃなかったんだね」

「人類のために頑張った、英雄だよ」

「うん。私にも見えたよ。頑張ってた。その子孫である私がこんなんじゃ、申し訳ないな」


 いくらひねくれものの私にだって、想うところはある。

 私の先祖様は、自分に身を粉にして人類のために尽力した功労者。

 それが今、多くに貶されて、子孫の私すら悪態をつく毎日。


 そんなもんだって彼は笑いそうだけど。

 それはそれで、私の方が許せない。

 

 彼は悪名を歴史に刻んだ。

 だったら私が高名を刻めば、差し引きゼロ。

 これより先の子供たちは、ホワイトノートをもらって喜んでくれる。


 手に握る白い布きれ。

 それは何にも変わることはない。


 ”今は”。


 これは皆がいうような悪魔の霊装ではない。何もないただの布切れでもない。自分の行動次第で何物にも変わる、七色の霊装なのだ。


「元気になったね!」

「……誰かさんが一芝居うったせいでね」


 素直になれない私。

 本当は嬉しいくせに。


 でも、先祖の行動を見ても、そんなものだった。

 これは霊装と同じ。血というものなのかもしれない。


「別にセインが私のことを好きだろうとなんでもいいんだけどさ」

「ひどい!」

「でも、貴方のおかげで私は救われてるんだよ」


 霊装ホワイトノートが作り上げた聖女の霊装。記憶の霊装。

 私の負い目だった先祖様の正体がわかって、進むべき未来が明確になって。

 それは私がこの世界で一人ではないという明確な証拠で、今まで向けられなかった愛情の形で。


 私は愛されてる。

 こんな私でも、愛してくれる人がいる。


 そう思うと、顔が一気に熱くなった。

 でも、それを悟られたくはなかった。私はいつまでだっても、素直になれない臆病者。


 振り払うように、頭を振った。


「セイン。やろうか。私たちで、世界を救おう」

「やった! 勇者パーティー決定だ! いえい!」

「それ、一個前の聖女の台詞じゃん」

「繋いでいかないとね」


 二人して笑いあって、行動を開始した。

 まずは伝説にある四聖剣を探すところからだろうか。

 優秀な霊装使いを、探しに行こう。


 大丈夫。

 あんな男でもできたんだから、私でもできる。


「しょうがないから、未来を繋いであげるよ。託されちゃったもんね」


 大きなため息を吐いて、私は足を前へと踏み出した。

 まだ見ぬ未来に、身を投じた。
















                     終






















トキノオリ、これにて完結です。

皆さま、ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました。

ブックマークや評価、感想、レビューなどいただけると幸いです。


今までは執筆中だったこともあり、いただいた感想にコメントを控えておりました。

とっても励みになったことをこの場を借りてお伝えいたします!

ありがとうございます!


完結いたしましたので、感想へのお返事をしていこうと思います。

思うところがありましたら、是非とも書いていってください。


お時間ありましたら拙作、「傾国令嬢」も是非読んでみてください。

新作「大罪の魔法使い」も、書き始めましたので是非!


それでは、また次回作にてお会いしましょう!



またね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 乙でした。 やっぱりハッピーエンドが一番ですね。 みんなが最後再開してまた一緒に旅行している姿が見られてよかった。
[一言] これにて読了! 楽しく読ませていただきました。
[良い点] ・キャラクター達の心理描写 ・矛盾なく練り込まれた設定 [一言] 先が気になる展開に読む手が止まらず、気づいたら1日で読破していました。素晴らしい作品をありがとうございました。
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