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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
17章 白紙の男
160/183

160. 子供




 ◆



 黒の曲芸団が四聖剣の手によって壊滅した。

 幹部たちはそれぞれ重傷を負い、討伐隊基地に搬送されている。諸悪の根源であるリンクも腕を失う大怪我を負ったらしい。


 そんな話が出回ってきて、胸中を占めたのは複雑な感情だった。


 アステラは何の感情がこもっているのか、自分でもわからないため息を吐いた。


 彼らと最初に出会ってから十年弱。それこそ、旧知の仲になっていただけあって、他の討伐隊の面々と同じように全力で喜ぶことはできそうになかった。


 最も喜色を前面に張り付けているのは、討伐隊で一緒に戦っていたバンという大男だった。彼はリンクによって腕を落とされている。片腕になった状態でもこの戦いに志願し、自分の腕を奪ったリンクをこの手で殺すのだと息巻いていた。

 他の者も似たような境遇。近しい者が魔物に襲われたり、魔物に襲われる将来を気に病んだり。黒の曲芸団という大物の災害が消え去ることで喜ばない理由はなかった。


 ここではリンクの存在は魔物と同義。

 人類の敵として認定されている。


 そしてそれは、彼の思い通りなのだろう。


「浮かれるな。気を引き締めろ。黒の曲芸団が落ちたとはいえ、いまだ魔王アイビーは存在している。魔物がまだどうなるかわからないんだぞ。窮鼠猫を噛むというように、追い詰められた存在は何をするかもわからない。気を引き締めろ」


 軍を取りまとめているキーリが怒気を孕んだ声を上げると、歓声は小さくなっていった。


 そう、まだ魔物を生み出す魔王が拿捕されたという報告はない。いつ大量の魔物が押し寄せてくるかもわからない。予言では恐ろしい数の魔物が押し寄せてくるというのだから、警戒に越したことはない。


 彼女も彼女で複雑な顔をしていた。

 周囲を見回してみると、セリンも口元を尖らせている。


 彼らと関わった者とそうではない者。

 痛い目を見た者とそうではない者。


 明確に差異が生まれている。

 魔物を殺したいという思いは一緒だが、黒の曲芸団については、呉越同舟といった心持だった。


 ――味方なんですけれどね。


 リンクの死体が目の前にあったとして、自分はどうするだろうか。

 彼の希望通り、皆の思い通り、一緒に足蹴にするだろうか。

 それができるだろうか。


「……浮かない顔だね」


 近寄ってきたのは、ハクガンだった。

 彼も彼で自分と同じような顔をしている。


「貴方こそ。気分の良い顔はしていませんね」

「そりゃそうだよ。主君が討たれたと聞いてはね」


 他に聞かれたら袋叩きにあいそうなことを言う。


「いまだにリンクさんのことを主君だと言うのですか」

「当然だよ。あんなことをする男を、誰がこき下ろせようか。彼は最高だ」


 芝居がかった調子で腕を大きく振り上げた。


「ここに最大戦力が揃ったのは、彼の尽力によるものだ。それを成し遂げる胆力と能力があった。悪逆の汚名が流れようとも、私だけは彼を支持することを誓おう。たとえこれが囮で、本当の目的が手薄になっている王都であったとしても、私は天晴と祝うだろうよ。

 まあ、あちら側に引き入れてくれなかったのは惜しいところではあるがね」


 ハクガンが残念そうな顔をしている理由は、大願の片棒を担ぐことができなかったから。

 それはアステラも同じ気持ちだった。


「以前より協力はしているつもりでしたが、最後の最後には信頼してもらえませんでしたか」

「逆もまた然りだろう。こっち側に残る人材もそれなりに優秀ではないといけない。今だってキーリの戒めの一言がなければ、他の面々は浮ついたまま魔物の餌になっていただろうよ。彼らの想いをくみ取って、その通りに全員を誘導する役目も必要だ」


 黒の曲芸団が壊滅したことでやる気をなくしたのでは、本末転倒だ。


 むしろ本当の天災はここから。

 魔物を殺してこそ、真の平和は訪れる。


「ここからが本番だ。そう思えば、我が主君は私をこっち側に”残した”。そうも考えられる。私の剣は魔物を殺すためにあるべきだと、そう仰っているのだ」


 ハクガンは二本の刀を取り出す。

 それを眺めて、少し寂しそうに笑った。


「しかし、いくら独り言を重ねて自分を納得させようと思っても、できないこともある。願うことなら、もう一度会いたいものだ」

「ええ。私もです。私は彼に何も伝えられていない」


 自分には妻がいて、アイビーを殺す任務に就いた時、ちょうど子供が生まれたばかりだということ。


 子供だったリンクたちを殺してしまえば、生まれてくる子供を愛せるかどうかわからなかった。覚悟もない中で人を殺して、そんな手で赤ん坊を抱けるか、不安だった。


 そんな不安は看破されていたように思える。

 誰も殺したくも殺されたくもない中、彼はうまくやってくれた。

 アイビーの命と、自分の矜持と、多くを救ってくれた。


 駄目だ。やっぱり彼の死を喜ぶことはできない。


 裏切り者だと揶揄されようとも、そこだけは絶対に譲れない。彼の死体を蹴りつける者がいたとしたら、その足を斬り落としてしまうかもしれない。

 そう思うと、そう決めると、気が楽になった。


 ――私にだって、プライドはありますからね。


 そんな彼に報いるのは、黒の曲芸団と共に戦うことじゃない、


 むしろ、逆。

 黒の曲芸団を討伐する者として、前に進むこと。剣を携えて、魔物を断ち切ること。

 ひねくれものに、鉄槌を下すこと。


「私はやりますよ。すべてを切り裂いて見せましょう。そして息子に、楽しい未来を見せてあげたいのです」

「私もだ。良い世界とやらにしてやろうじゃないか」

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