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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
16章 主人公は
150/183

150.





 ◆



 マリー女王に二人の王子を加え、四聖剣、大臣も顔を揃えた会議。


 国の重鎮が一同に介した中で、今後の方針が定まった。アイビー、リンクを主犯とした黒の曲芸団を壊滅させるべく、討伐軍を派遣するというものだった。


 彼らによって家族を奪われた者も多い。彼らが生きていることで今後不安と共に生きていくことが許せない者もいる。誰もが彼らの死を願っているからこそ、誰もその法案に反対はしなかった。


 わざわざ全軍を派遣する必要があるかという意見には、リンクの存在が反対意見となった。

 披露会で四聖剣を破ったのを間近で見た者も多い。そんな男が魔物を引き連れて動いているのだ。生半可な戦力では返り討ちにされる可能性も高く、戦闘能力は高いに越したことはないとの判断に至った。


 加えて、アイビーが魔王を名乗り魔物を使役していたこと。現状は聖女マーガレットの予言とも合致する。

 実際に魔物が湧く事案が発生したことから、彼らが人類を破滅に導く存在だと推測された。人々は彼らを殺すことが人類を救済することだと認識することになった。マリー女王が率先して動いているのも、予言通り。だとすれば全力を尽くさない理由はなかった。


 唯一、王都の守りを疎かにしていいのかという懸念意見については、マリー女王が問題ないと豪語した。彼女を支持するように、スカビオサ・エクスカリバーも彼らを追い払ったと提言。実際にその場にいた者も、彼らはスカビオサから逃げるように去っていったと証言したため、最低人数のみを残しての全進軍は可決となった。


 四聖剣を中心として魔の森まで進み、人類を滅ぼさんとする黒の曲芸団と魔物たちを討つ。

 国の意識は一点に定まっていた。



 聖女として会議に参加していたマーガレットも同じ。


 誰に何を言われても予言を口を大きく開けて発信していたことで、聖女の価値は更に高まった。会議の中でももてはやされ、気分がとても良かった。貴方のおかげで人類は救われるとまで言われてしまえば、知らず、にこにことしてしまう。


 会議が終了して、王城を歩く。

 通り過ぎる侍従や衛兵たちは自分の姿を認めると、深々と頭を下げる。私は偉い。女王よりも権力を持っているのではないかと鼻が高くなった。


 後はふんぞり返っているだけでいいだろう。人類全員が本気を出せば、魔物だってどうとでもできる。

 喝采を浴びるためにわざと王城の広場でうろうろとしてみる。予想通り、誰もが自分を見ると笑顔で讃辞を送ってきた。


 ――最高です。


 気分は最高潮。


 そんな中、シレネ・アロンダイトが前からやってきて、すれ違う。


「残念でしたね」


 声をかけると、シレネは足を止めて振り返ってきた。


「何か?」

「信じていた人に裏切られて、残念でしたねと言ったのです。リンクは最初から胡散臭い人間でしたから、当然と言えば当然の結果ですけどね」


 アイビーという魔王に唆された被害者とも言える。どちらにせよ、ついていった彼は落ちぶれた。誰につくかを間違えた。


 笑いかけると、無表情が返ってきた。


「もしもそれを本心で言っているのであれば、少しだけ残念ですわ」

「貴方の気持ちはわかりますよ」

「貴方の頭が」


 シレネはそのまま歩き去ってしまった。


 晴天模様にうきうき気分で洗濯物を干していたら豪雨に降られたような、そんな気持ちだった。


 文句を返そうにも、逡巡する間にシレネはどこかに行ってしまう。

 顔を膨らませて前を向くと、今度はスカビオサの姿が見えた。


「スカビオサ」


 駆け寄っていく。

 スカビオサは数名の騎士団員と話しているところだった。顔をこちらに向ける。


「なに?」

「なにって何ですか。見かけたから来ただけじゃないですか。そう邪険にしないでください」

「暇なの?」

「忙しいに決まってるでしょう」

「だったら自分の仕事をして」


 この子はいつだって言葉が強い。

 そんな性格のことを、もう自分はわかっているけれど。


「調子はどうですか? 大丈夫そうですか?」

「何も問題はない」


 あっさりと会話を打ち切ろうとするスカビオサに、不満がたまる。


「ちょっと。私は聖女ですよ。もっと崇めたらどうですか」


 私が頑張ったから、今の状況があるのだ。私が聖女としての職務に邁進したから、いつの時代よりも人類救済に近づいている。


 ――もっともっと、賞賛してよ。


「それはそう。貴方は頑張った」

「でしょう?」


 ふふん、と誇らしげに鼻を鳴らす。

 黒の曲芸団の中にライやハナズオウがいることを告発したのも自分なのだから、もっと褒められて然るべき。


「でも、貴方だけの力じゃない」

「何が言いたいの?」


 剣呑な雰囲気を察して、騎士団員たちが顔を見合わせる。

 スカビオサは彼らに離れるように伝えて、マーガレットに向き直った。二人きりになったタイミングで、


「アイビーが本当の聖女だった」


 その言葉に、マーガレットは反応できなかった。

 一周、二周、頭の中で言葉を反芻して、ようやくスカビオサなりの冗談なのだと気が付いた。


「なんですか。スカビオサも冗談を言うんですね。でも、普段そういうことを言わない人が言うと、場を凍らせるのでやめましょうね」

「私が冗談を言うと思う?」


 真っすぐな瞳を向けられて、マーガレットは言葉に詰まった。


「それも、冗談ですよね? 何を言っているのかわかりませんよ」

「聖女の力は人類救済のためのもの。アイビーはそれを有していた。貴方はただ役割を与えられただけの人間。事実、聖女としての証拠は何も持っていないでしょう?」


「そうですね。私は伝説の聖女ではないです。でも、聖女というのは称号みたいなものでしょう? 尽力の後についてくる名誉。そう思えば私だって立派に聖女です。

 それに、よりにもよってアイビーが聖女だというのは、意味がわかりません。彼女は聖女ではなく魔王です。だから貴方をこの世界に閉じ込めた。貴方だって何度も何度も彼女を殺したでしょう。あの憎しみを忘れたんですか」

「彼女は私たちをこの世界で生きながらえさせるために、悪役を演じていたの」

「……意味が分かりませんね」


 スカビオサは疲労と憔悴で精神をやってしまったのだ。

 そう考えた方がしっくりくる。


「私たちを永劫の世界に閉じ込めて、魔王を演じて、今も魔物をけしかけて、私たちのことを嘲笑って。それが聖女? どう考えればその思考に至るのか、わかりませんね。じゃあ何ですか。リンクはそんな下らない妄言を信じたってことですか?」

「そう。彼はずっとアイビーが聖女だと知っていて、生かす選択をしていた」

「蹴り飛ばしたりしていましたけど、あれも演技だったって? ……随分と下らないですね」


 マーガレットはスカビオサに背を向けた。

 これ以上話していても、与太話に付き合わされるだけ。不毛だ。


「そんなことはどうでもいいです。貴方が転ばずに戦ってくれるのであれば、私はそれでいいんですからね」

「やるよ。任されたから」


 振り返る。

 スカビオサは苦渋に塗れ、されど覚悟を決めた顔でそこにいた。


「私が魔王を殺す英雄になる」

「――」


 冗談も何も言っている様子はない。

 いや、最初から、スカビオサは嘘や冗談をいうような人間ではない。

 その剣幕に押され、聞かなくていいことも聞いてしまう。


「……いいんですか。貴方が何十人も殺したことが正史になりますよ」

「あの馬鹿はそれ以上に殺してる。そういう覚悟を決めたんだ。

 だから私も、そろそろ受け止めないといけない。人殺し、身内殺し、これが私だって。もうずっと、何百人も殺してるの。別の世界だとしても、私が殺したことに変わりはない。人を殺してそれをなかったことにするなんて、それはありえないよ」

「……」

「贖罪だなんて――都合が良過ぎることもわかってる。でも、それしかできない。殺したよりも多くの人たちを救うために、私は英雄を全うする。だから貴方も聖女を全うして」


 スカビオサは言い切ると、待たせていた騎士団員の面々に向かっていった。移動方法や備蓄、戦術について語っていた。


 それをしばらく見つめた後、マーガレットは歩みを再開した。


「……」


 誰もが忙しそうに行き交っていく。

 その間、ただただ目的もなく歩いていく。


 先のスカビオサの言葉を繰り返す。

 アイビーがわざと人類の敵になっている? 阿呆か。それでは成功しても失敗しても、自分の死だけは確定している。続く世界にも続かない世界にも、居場所はない。


 マーガレットには意味がわからなかった。

 自分が生きてこそ、世界は存続している。自分のいない世界など、それは意味のない世界だ。そもそも世界としての定義がおかしい。自分が認識できないものなど、何の意味もないものだ。

 だから自分は卑しくも生き残り続けた。人類最後の一人になったって生きてやる。その思いだけでここまで来た。


「私は――間違ってないです」


 だけど、リンクたちが間違っているかと言えば、それは断言できなかった。


「……勝手に死ねばいいんです。貴方たちが勝手に命を捨てただけ。だったら私はその上を歩きますよ。踏みにじってやりますよ」


 彼らは罪人だ。

 だったら、その上を歩くべき。人の死体の上にしか道がないというのなら、そこを歩いてやる。


 ――人の死体の上にしか道はない、か。


 自分で考えたことだが、妙に納得できる響きだった。

 誰かがやらなければならないこと。リンクは迷いなくそこに飛び込んでいける人間で、実際にそうしたのだった。


「それを羨ましいとは思わないけれど」


 自分が生き残りたいという思いは変わらない。


 息を吐く。


 なんとなく、無駄にはしたくないと思った。

 間違いなく、有意義なものにしたいと思った。


 振り返る。

 シレネもマリーもスカビオサも、その他大勢の人間たちが、必死に動いている。明日を掴もうとがむしゃらになっている。


 アイビーが聖女だということを信じはしない。

 でも、確かに今の自分は誇れる自分ではなかった。


「全うしてやりますよ。……私は聖女ですからね」


 マリーと一緒に、軍の指揮に回ろう。

 国民を効率よく煽ることのできるのは、自分なのだ。

 私にできることは、聖女なのだ。


「聖女に、なるしかないんです」


 あてがわれた役割。

 それを十全にこなしてこそ、明日を拝めるというもの。

 生きて未来を手にするために、聖女となった。

 それは変わらない。変わったのは、足元に何があるか。一歩一歩の重み。


「リンク、貴方は馬鹿ですよ」


 人生は生きてこそ。

 自ら生をどぶに捨てる馬鹿がどこにいる。


「いいでしょう。私が貴方を殺してあげます。聖女として、人類の敵は罰さないといけません」

 

 少しだけ重くなった足で、しかし明確な目的をもって、一歩を踏み出した。


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