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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
16章 主人公は
149/183

149.






 ◆



「……どういうことなんでしょうね。なんで急にあんなことをしたんでしょう」


 レフは王城の一部屋にてつぶやきを零した。

 零された相手は、それをレフの思うように受け取ろうとはしなかった。


「そういう人だったんだよ、最初から。リンクはそういう人間だった。本気で国を滅ぼそうとしているんだよ」


 剣呑な雰囲気のザクロ・デュランダルの様子を見て、レフは少しだけ息を飲んだ。


 リンク以下五名が国に反逆を起こして逃走したと聞いた時、一番動揺を見せていたのが彼だった。何かの間違いだと絶叫したが、事実が覆ることはなかった。

 同じく国に残っていたシレネに詰め寄ったが、彼女は内情を知っていたようで、「私は私のやるべきことがあるので」となしのつぶてだった。


 ザクロは自分が選ばれなかったことを悟った。それからの彼はどことなく冷たい雰囲気を有している。


「リンク君に限って、そんなこと考えないと思いますけど……」

「どこにその保証があるっていうんだ。現に彼は仲間を引き連れて人々に喧嘩を売ったじゃないか。もう何十人も死んでるんだ。冗談だったで済まされる状況じゃない。否定できないんなら、じゃあ、本気だったってことじゃないか」


 ザクロに反駁され、レフは答えに窮した。


 リンクにも事情があったのだ。何か、人の命よりも大切なものがあったんだ。

 そう思いたい。けど。

 あくまで、そう思いたいだけなのだ。

 事実として、リンクたちが人殺しとなったのは間違いがない。


「あとは誰が彼のお仲間かってことだよね。シレネは仲間だ。マリーはどうなんだろう。リンクと近しい人物だったし、僕は怪しいと思ってるけどね」


 レフも、マリーは知っていたのではないかと疑いもした。


 情報が錯綜している中、確信をもって王都での警備を撤収させた。

 リンクたちが人類の敵だと決めつけて、魔の森に軍隊を派遣する手はずを整えた。


 まだ時間もそこまで経過していないのに、マリーの指示が適切過ぎるのだ。この後に何が起こるのか、起こすべきなのかが明確にわかっている動き。


 レフはそこまで考えて、首を横に振った。

 あれほどまでに狼狽した姿を見たのだ。演技だとは思いたくない。


「……ライも、何も言わずに行ってしまいましたし」


 ライが悩んでいたことは知っている。

 それが同行に関係していたのだろうか。

 理由は何にせよ、彼女はリンクを選んだ。人類の敵を選んだ。ずっと一緒にいたのだ。少しくらい相談してくれても良かったのに。


 皆、いなくなってしまう。


「また置いていかれちゃったな……」


 天井を見上げるザクロ。

 何も言ってもらえなかったこと。同行の余地もなかったこと。

 それらは多大なショックを二人に与えていた。


「魔の森の行軍が近いうちに始まります。ザクロ君も行くんですか?」

「行くよ。彼らにもう一度会って、真意を聞かないといけない。魔物を殺そうとしていたのに、魔物に与するその行動の意味を問いたださないと、僕は前に進めない。状況によっては、僕が彼らを斬る」


 ザクロが眉根を寄せると、明確な圧力があった。 


「斬る、って……」

「殺すってことだよ。彼らが何を言おうとも、人を殺していい理由にはならない。何か目的があったとしても、もっと他に方法はあったはずなんだ。リンク君ならそれを考えられたはず。人を殺す選択をした時点で、殺されても文句は言えないんだ。友達として、僕が止めないと」

「……」


 ザクロがリンクのことを信頼しているのはよくわかった。

 裏切られてその信頼が逆転してしてしまったことも。


「私は……」


 どうすればいいのだろう。

 彼らに会って、何を話せるだろう。

 レフは怒るのも諭すのも哀しむのも、何もできそうになかった。


「レフはそのままでいて」


 ザクロは薄っすらと笑った。


「君が変わらないでいてくれれば、そこが僕らの帰る場所になる」


 帰る場所なんてあるのだろうか。

 ばらばらになってしまった、仲良したち。

 私たちが再び笑いあえる日なんて、もうきっと来ないのに。


 ザクロは一度息を吐くと、顔を前に向けて部屋を出ていった。

 楽しく話したのがつい先日のように感じられる。本当にザクロはリンクのことを斬るのだろうか。それができるのだろうか。


 レフも部屋を出る。

 廊下に出ると、ちょうどマリーが廊下を横切ったところだった。


「あ、レフ。どこにいたのよ。ちょうど良かった。今から大臣を集めて今後の方針を決めるの。一緒に来て」

「え、私も参加するんですか?」

「当たり前でしょ。あいつらがいない今、貴方が傍にいてくれないと困るわ」


 そう言われ、少しだけ気持ちが明るくなった。

 いなくなってしまった人がいれば、残っている人もいる。一緒にいることのできる人を大切にしよう。


 そして視線をマリーの背後に移して、「ひぇ」と思わず悲鳴を上げてしまった。

 そこにいたのは全身を真っ黒な甲冑で覆った”誰か”だった。誰が誰だか、女性なのか男性なのかすらわからない。


「な、え、誰ですか?」


「誰でもいいでしょう」とマリーはぞんざいに言う。


「……マリーさま。どうしてこのような仕打ちを?」


 女性の声が甲冑の隙間から漏れ出てきた。

 聞けば、最近よくマリーの近くにいるキーリの声だった。


「仕打ちとは失礼ね。別に罰でやってるわけじゃないわ。私の護衛をする以上、それなりの装備が必要だと思っただけよ」

「ここまでの装備がなくても、いえ、ない方が良い働きができると思いますが……」


 キーリが身じろぎするたびに金属と金属の接合部からみしみしと音がする。

 全身隙間なく覆われているから、かなり動きづらそうであった。


「じゃあ、貴方はあいつと同じ働きができるの? 霊装使い全員に勝てる?」

「それは……」


 マリーの言葉に、キーリは二の句が継げないでいた。


「その甲冑を装備することで、防御力は担保されるわ。私はね、私を守る、貴方を守りたいの。悪漢が来ても対応できるようにしてくれないと」

「私のことをそこまで考えてくれているのですね……! そうであれば私がこれ以上言う事はありません。この鎧で貴方を全力で守ります」

「ええ、ありがとう」


 艶やかに笑うマリーと使命感に燃えるキーリを交互に見て、「それでいいんですか……」とレフはため息を吐いた。

 全身甲冑はメリット以上にデメリットが多いように思えた。


「なに他人ごとに考えているの? 今度は貴方にも着てもらうんだから」

「え!? なんで!?」

「専属だった誰かがやらかしたせいで、私の護衛は流動的にするべきと兄から言われているのよ。キーリだけにはやらせられないの。騎士団員や霊装使いに声をかけて、その都度護衛の人間を変えるわ」

「ええ……? そうしたら逆に護衛の質にばらつきがでませんか? 私はあまり戦闘に自信がありませんし」

「いいのよ、それで。別に私に護衛なんか必要もないし。王冠がある以上、誰に後れを取ることもないわ。だから言ってしまえば護衛は飾りね。私を害せないと訴えかけないといけないわ。飾りなら豪華に着飾ってこそでしょう」

「そういうものですか……」


 レフは必死にこの鎧を着ないための言い訳を考えた。


「マリー様を気に入らない人間がこの甲冑を着てマリー様を襲ったら、誰が犯人だかわからなくなってしまいますよ」

「王冠があるから大丈夫よ。それに私、敵意には敏感だから」


 ほかに、何か反論できる言葉はないか。

 他に思いつかなかったので、諦めて項垂れることにした。


「そんなに落ち込まないでよ。レフに着せるのは後になりそうだから。意外と鎧を着たいって人が多いのよね」

「マリー様の護衛は身に余る光栄です。誰もがその栄誉に預かりたいと思います」


 鼻息荒いキーリ。

 恐らく、彼女はいの一番に手を上げたのだろう。


「そういう人たち優先にしてください」

「ええ。貴方はそのままで傍にいてくれた方がいいわね」


 マリーが慈母のように微笑んだのを見て、レフは逆に不安になった。


「えと、マリー様。大丈夫ですか? その、無理してませんか?」

「無理? 私が? どうして?」

「はっきりと言うのはあれですけど、その、」


 リンクがいなくなって、マリーのふさぎ込みは酷かった。

 かと思えば、ある一時から普段の調子を取り戻した。いや、以前よりも元気なように見える。

 その精神面の変化に大きな負荷が伴っていないか、不安が残った。


「終わってないからね」


 マリーは今度は快活に笑う。


「今度は私が努力する番よ。泣いている暇なんかないわ」


 確固たる意志のこもった瞳を見て、レフは自分の中にも火が灯るのを感じた。


 ぽっ、と。

 そう、諦めてはいけない。まだ本人たちから何も話を聞いてはいないのだ。

 まだどこに向かうのか、どう向かうのかもわからないけれど。

 マリーの言う通り、ふさぎ込んで大切なものを取り落としたくはないのだ。


「私も。頑張ります!」

「ええ。だからね、こんな護衛なんかで悩んでなんかいられないの。誰でもいいのよ」


 顔も背も体格も性別も、すべてを闇に葬り去る鎧。

 それを指で叩いて、マリーは妖艶に笑うのだった。


「だれでも、いいのよ」


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