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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
15章 黒の曲芸団
134/183

143.








 ◇



 スカビオサが真っ赤な顔で執務室に乗り込んできた。

 一人で書類とにらめっこしていた俺は顔を上げて応対しようとする、が、


「アイビーはどこ!?」


 とんでもなく怒っているようで、飲み物を出す間もなかった。俺としてはまず言う事がある。


「落ち着け。そんな調子で何を話すことがある」

「あいつが黒づくめの集団の中にいたのよ! あいつがやっぱり、魔王なの!」


 唾が飛ぶくらいの距離でまくしたてられた。


「……順を追って話せ」


 というわけで、スカビオサから事の次第を聞く。

 黒の曲芸団にアイビーのナイフ、フォールアウトを使用するやつがいたという。


「見間違い……ってわけじゃなさそうだな」

「間違えるはずがない。間違えていたら首を切って死ぬ」

「わかってる。そんな目をするな。……だとしても、納得はしづらいけどな」


 アイビーが黒の曲芸団の一員として、何をするというんだ。

 人類を救うために尽力している聖女だぞ。そりゃ、スカビオサとマーガレットには魔王としての姿を見せてないといけない理由はあるけれど、街に被害をもたらす理由がない。黒ずくめの集団といえば、魔物と共に放火などを繰り返すいかれたやつらだ。なんでアイビーが加担するんだ。


 かといって、こんな剣幕のスカビオサが嘘をついているとも思えない。

 アイビーがそんなことをする理由をいくつか考えていると、再び扉が勢いよく開いた。


「アイビーはどこです!」


 今度はマーガレット。

 こっちも同じく、顔を真っ赤にしている。


「なんだ、マーガレット。おまえもアイビーを見たのか?」

「はあ? 何の話ですか。私は、魔物を王都に送り込んでいるやつを見つけたんですよ」


 思わず眉が上がった。


「へえ」

「へえ、って何ですか! 首謀者を見つけたんですよ! もっと驚いてください!」

「驚いてるって。人ってのは驚きすぎると感情を失うもんだな。で、誰だったんだ?」

「例のごとく仮面でわかりませんでした。でも、方法は見ました。羽根を振って目の前に魔物を呼び寄せるんです。多分そういう霊装なんでしょうけど、何か心当たりはありますか?」

「いや、知らないな。そんな霊装があるのか」


 魔の森からここまで魔物を輸送しているといった感じなのか。霊装には無限の可能性がある。ありえないなんてことはない。


「なるほど。霊装の力で魔物は連れてこられているんだな。可能性は十分にある。となると、なんで人間がそんなことをしてるんだろうな。放火の件もそうだし、意味が分からない」

「それを確認するために、アイビーを探しに来たんです。魔の王である彼女なら、直接絡んではいなくても、何かを知ってるでしょう。貴方の霊装で喋らせてください。絶対に心当たりがあるはずです」


 確かに、その話を聞いて俺もアイビーに直接聞かないといけないと思った。


 黙って聞いていたスカビオサは口角を上げた。


「なるほどね。じゃあ犯人はアイビーで確定だ」

「何か補足できるんですか?」

「黒の曲芸団の一員に、アイビーがいた。私はそれを伝えるためにここに来たんだよ」


 二つの情報は、一つの結論を導き出す。

 魔王という存在、魔物を連れてきた方法、魔王が敵の組織に所属。

 全ては一人の少女を指し示した。


「――」マーガレットは息を飲んで、「確定です。リンク。貴方はここまで良くしてくれましたが、失策を犯しましたね。アイビーの処遇だけは大きく失敗しました。王冠の能力に抜けがあったのか、貴方が手心を加えてしまったのかはわかりませんが、もうアイビーを庇いたてさせませんよ」


 ここまで必死にアイビーを守ってきた俺。

 しかし、ここでそんな裏切りをされてしまえば、流石にもう見限るタイミングだ。彼女はやっぱり魔王だったのだろうか。


「その話を聞いたら、確かに俺ももう庇い切れないな。アイビーを問い詰める」

「そもそもなんで魔王を庇っていたのか、理解に苦しみますけどね。やっぱり殺しておくべきだったんです」

「そうかもしれない。俺は間違えた。ごめんな」

「いや、そこまで殊勝にならなくても……。別に貴方を責めているわけではありません。貴方が尽力したことは確かですし。それで? アイビーはどこにいるんですか?」

「いや、俺も今日は見てないんだ。多分マリーと一緒にいるんだと思うけど……」


 再三、扉が開く。

 入ってきたのは部屋の主であるマリーだった。


「あーあ、会議ってのは疲れるわね。大臣たちの話って聞く意味あるの? 全部こっちで決めてしまった方がいいのに」

「まあまあ。皆頑張ってたから。人類のために何かしたいって気持ちで動いてるんだから、汲んであげようよ」


 ――と、アイビー。

 マリーの傍について、彼女の世話を焼いている。


 そこに容赦のない焔と剣が突き刺さった。


「な、なによ!」


 顔を両手で覆い、隣に本気の殺意が向けられたことに目を見開くマリー。

 剣と焔の勢いで、書類の山が舞った。しかし、焔が絨毯を焦がし、エクスカリバーが壁を穿ったその場所にアイビーの姿はない。


「あーあ。何してるんだよ。マリー女王にあたったらどうするのさ」


 アイビーの姿は執務室の机上にある。

 手にはフォールアウトを遊ばせて、にっこりと微笑んでいる。


「魔王め。罪状を数える必要はない。ここで死ね」


 スカビオサは自身の持つすべての霊装を展開する。それらを手にしたところからすべて放り投げた。壁に窓にあたり、すべてを薙ぎ倒していく。

 マーガレットも霊装を構えた。その焔の大きさは部屋を飲み込むほどであった。あんなもの放ったら、部屋が爆発する。


「”止まりなさい”!」


 執務室の風通しが大分良くなってから、マリーの声がスカビオサを制止した。王冠を頭に乗せて、憤怒の表情。


「何してるの! あんたたち、馬鹿じゃないの! ここを戦場にするつもり!?」

「馬鹿はそっち。魔王を飼おうとして、失敗して。無能な味方は邪魔なだけ」

「はあ? 何を言ってるのよ」

「こいつは今王都を襲っている黒の曲芸団に所属しているんです! 魔物も黒の曲芸団の一員が呼び寄せていました。つまりこいつは、いまだ魔王として行動しているんですよ。飼おうなととは考えずに、今ここで殺さないといけません」


 スカビオサとマーガレットは真剣そのもの。嘘をついている様子はない。

 マリーは困惑した顔で、アイビーではなく俺を見た。


「嘘よ。だって、それは……」


 そういうポーズだから。

 本当は聖女だけれど、二人の前では魔王を演じていないといけない。そうしないと、二人は何を恨めばいいかもわからない。

 俺が教えたことだったな。


「私は嘘つきだからね」


 アイビーは開いた壁からナイフを外に放り投げた。それはどこに落ちたかもわからない。


「改心したってのが嘘だよ。残念だね、マリー、リンク」


 マリーは顔を青くして、首を横に振った。


「ありえないわ……。私が信じたのは、貴方の背景じゃないの。性格でも、夢でも、環境でもなくて――だって、貴方は、リンクのことを愛しているでしょう。リンクを裏切ることなんか、絶対にありえない……。それだけは、絶対に」

「マリー! リンク! どっちでもいい! 早くあの女の霊装を止めて!」


 スカビオサの絶叫。

 アイビーがナイフを外に放った以上、彼女はこの場所からいつでも消えることができる。攻撃したって意味がない。止めるには、霊装を使わないように命令するしかない。


 しかし、俺もマリーも動かない。動けない。

 動けないんだ。そう、アイビーの裏切りに困惑してしまっているんだ。


「早くしてください!」


 マーガレットも叫ぶ。

 二人ともアイビーに掴みかからないのは、その瞬間にアイビーの姿が消えるとわかっているから。彼女を止める方法は王冠の能力しかない。


「リンク……。何が起きてるの? 私はどうすればいいの?」


 マリーが縋る様に俺を見てくる。

 久々に見た、弱弱しい顔つきだった。

 最近では女王らしく堂々とした姿しか見ていなかったから、少し懐かしさを覚えた。


「何もしなくていい、と言ったら、どうする?」

「こんな時にふざけないでよ。何か知ってるの?」

「何も知らないよ。だからどうすればいいかずっと考えているんだ」


 俺は腕を組んで外を見遣った。

 青空が綺麗な、良い日だった。


『リンク!』


 全員が俺の名を呼ぶ。

 そんなに重ねなくたって聞こえてるよ。


「もういい? 言いたいことは言い終わった?」

「……」

「じゃあね。私は私の使命を果たすことにするよ」


 そうこうしていると、アイビーの姿が掻き消えた。

 どこに落ちたかもわからないナイフに追随したのだろう。


 彼女の行方はわからなくなってしまった。それがわかった途端、スカビオサとマーガレットが俺に近づいてきて、二人して胸倉を掴んできた。


「貴方、何したかわかってるの?」

「何もできなかったんだ」

「それはどっちですか。本当に何もできなかったのか、何もする気がなかったのか。貴方は何を考えているんですか」

「今は何も考えられないな」


 二人の手を振りほどいて、俺は壁に近づいていった。炎で焦がれ、剣で傷ついてしまった。

 修繕にどれくらいかかるだろうか。


「リンク」


 振り返ると、マリーが頭に王冠を乗せた状態で立っている。


 口を開いて、閉じて、開いて、閉じて――乾いた笑いを漏らした。


「王冠について、貴方が多用しなかった意味、ようやくわかった気がする。これを使えばどうとできた場面がいくつもあったのに、貴方は結局、最後まで使わなかった」

「さて。意図なんかないけど」

「一度でも使ったら手放せなくなりそう。私はこれを使わないと人を信じられなくなってしまう」


 マリーの瞳は揺れる。

 その瞳に映る俺の姿も揺れていた。


「マリー。その霊装を使って、リンクの真意を聞いて。明らかにアイビーを逃がしてた」

「そうです。何を思ってるか、確認してください。この人は黙ってることが多すぎるんです」


 スカビオサとマーガレットの煽りにマリーは頷かない。


「私は貴方を信じていいの?」


 代わりに、俺に聞いてくる。

 マリーとして、聞いてくる。


 信じてくれというのは簡単だ。マリーはその言葉を飲み込んでくれる。

 自分で考えろってのも簡単だ。マリーはわかったわ、なんて頷くのだ。


「俺は魔物を殺す」


 だから俺が言うのは、ずっと言い続けていること。

 自分が自分としてそこにあるために掲げている目的。


 夢。


「それ以外は、いらない」


 その場にいる三人は、誰も何も言わなかった。





 アイビーは指名手配犯になった。

 生死問わずで、賞金首。各地に手配書が貼られることとなった。




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