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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
15章 黒の曲芸団
133/183

142.








 ◆



 王都は混乱の最中にあった。

 たびたび訪れる魔物の発生と、そのうえで暗躍する黒ずくめの集団――黒い曲芸団。

 両方に対処するのは困難を極めていたし、その頻度が上がってきている。発生する魔物の数も場所も増えている。まるで今までのは肩ならしだとでもいうように。


 今日も今日とて、新しい魔物が街中を闊歩している。

 我が物顔で歩くそれを、スカビオサは何の感慨もなく切り捨てる。一匹一匹は大したことはないのだ。大勢にならなければ、一刀で足りる。


 大きく息を吐いた。


 剣が重い。

 敵のせいではなく、武器のせいではなく、自分だけが原因。


 リンクもマーガレットも、必死になってこの状況に対応しようとしている。

 しかし、この混乱の最中にあって、自分の中にそこまで悲観的な思いがないことは自覚していた。


 いいじゃないか、魔物がいつもと違う挙動を見せていたって。何人かが殺されてしまったって。

 今回で学びを得た。

 こういうことをするやつらがいる。そういう人間がいることがわかった。

 今回はそんなやつらの目的を聞き出し、存在を明らかにするところまでやろう。そして、次回でそいつらを取り締まった状態で、続けよう。


 そうすれば、魔物に殺された人も、眠れぬ夜を過ごす人もいなくなる。

 全員が幸せのまま、過ごすことができる。


 それこそが理想の世界。一番の世界。

 だからむしろ、魔物に対して、もっと暴れろと思う自分もいた。


 もっと滅茶苦茶にしてくれ。

 もっと無残な状態にしてくれ。


 リンクもマーガレットも今回を諦める様な、凄惨な世界にしてくれ。


 そうなれば、私の背中から重荷が消える。脳内に建てられた墓標が消え失せる。私は”人間”を殺してはいないことになる。


 ――浅ましい。


 そんな考えに至る自分を恥じる気持ちもある。

 二人とも、あんなに必死なのに。喉を枯らして、身体に鞭うって、頑張っているのに。

 私は二人と同じ歩幅で歩いてはいない。ともすれば、少しペースを遅らせて、足手まといになろうとも考えている。


 ――ああ、浅ましい。


 これは優しさではなく、甘さだ。

 他者への慈愛ではなく、自己への自愛だ。


 自己嫌悪は積み重なって、また気分が悪くなる。

 胃の中に何もないのに、吐き気がこみあげてきた。


 誰もいない路地裏に入ると、涎を零した。案の定、透明な液体の他には何も出てきはしなかった。


「私は……」


 何をしているんだろうか。


 ――こんな自分が嫌いだ。死んでしまいたい。この世界からいなくなってしまいたい。もう悩みたくも苦しみたくもない。今になれば、それを選んだリュカンが羨ましかった。


 自分の剣を見つめる。

 十字架に似たエクスカリバーという聖剣。これは誰のための十字架なのだろうか。


 足音がした。

 顔を上げると、ちょうと黒ずくめの人間が眼前を横切ったところだった。フードの奥に仮面が見える。その仮面の先、目と目が合った。


 相手は即座に目を逸らした。逃げるように。

 こっちは相手が誰か知らないが、あちらはスカビオサのことを知っている様子だった。


「誰だ!」


 スカビオサは叫んで、エクスカリバーを手にして走り出した。

 黒ずくめは走るペースを上げると、スカビオサから距離を取ろうとする。


「甘い」


 スカビオサは霊装セクエンスを手にした。放り投げる。

 この霊装には自動追尾の能力がある。どんなにぞんざいに扱っても、狙った相手を逃がさない。短剣は軽く放り投げたスカビオサの手を離れると、一直線に相手に向かっていった。


 舌打ちが聞こえ、黒ずくめは腰から剣を引き抜いて、それを弾いた。同時に、足が止まる。


 その一瞬の停止だけで、スカビオサには十分だった。

 一気に距離を詰めると、霊装カラドボルグを虚空より引き出す。


 相手の剣にぶつけると、その剣は遠くに弾き飛ばされていった。


「どこの誰か知らないけど、やりすぎ。私の前に顔を見せたのは失敗だったね」


 いまだ自分の行先は決まらない。

 だが、街を混乱に貶めている元凶を見てしまったなら、捕まえないという選択肢もなかった。


 黒ずくめは身軽な身のこなしで、スカビオサから距離をとろうとする。

 スカビオサは追撃する。エクスカリバーを振り抜く。剣先は相手の首を捉えていた。殺したら話を聞くことができない。途中で掻き消すつもりではあったが、脅しには有効だ。そのままビビって腰砕けになれ。


「――」


 スカビオサは”身内殺し”。人を切り殺すことに躊躇いはないとされている。実際、その一閃には殺意が乗っていた。

 だからよほどの死にたがりではない限り、何らかの行動を起こさないといけない。


 果たして、黒づくめは手にナイフを握った。懐から出したわけでもない。虚空から生み出して、掴んだ。

 それを後方に放り投げると、その場所へと身体の位置を変える。

 エクスカリバーが宙を切った。

 外した。

 消すのも忘れていた。

 それくらい、衝撃的な出来事だった。


「あなた……」


 口が乾いていた。

 その霊装を有しているのは、誰だったか。


「……アイビー」


 小柄な存在は、フードを深くかぶり直した。

 ナイフを上空高くに放り投げて、姿を消す。


 路地裏に一人残されたスカビオサは、茫然をそれを見送ることしかできなかった。


「……全然、制御できていないじゃない、リンク」


 やっぱり魔王は魔王だった。

 アイビーはアイビーで、この世界の終焉を願っている。

 どう足掻いたって、変わらないものがある。

 彼女の思惑が、一番の例だ。


 スカビオサの心に焔が沸き起こった。


「アイビぃぃぃぃぃ!!」










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