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トキノオリ  作者: 紫藤朋己
15章 黒の曲芸団
128/183

137.













「……これで三回目か」


 マリーの執務室でロイが重苦しく呟いた。


 また、魔物が現れた。この一月で三回目だ。

 流石に以前ほど慌てふためくことはないが、それでも緊張は走る。即座に騎士団員が駆けつけて魔物を切り殺したと報告を受けた。近くに居合わせた数名が負傷。今回は死者はいなかった。


 今回は。

 一回目。その時は十三人死んだ。


 誰も予期していなかった急な襲撃に対応できたのは誇るべき。

 しかし、周囲にたまたまとはいえ対抗できる人間がいた状況にも関わらず犠牲者が生まれてしまったというのは、反応が難しい。

 ゼロではない以上、恥じるべきだ。

 

 けが人の数は枚挙にいとまがなかった。


 どこに逃げればいいか、どう逃げればいいか、誰に頼ればいいか。何もわからない状態であったから、混乱した人々は蹂躙されるだけだった。


 鳴いて喚いて砕けて。

 人は尊厳を奪われた。


 すべてが終わった後も、涙が流れていた。

 終わったからこそ、流れる涙もあった。


 亡くなった人たちに向けての葬儀は厳かに行われた。マリーが主導し、国民全員で黙とう。もうこんなことが起こらないようにと天に祈った。


 王都外周部に設けられた墓場に、俺も華を添えにいかなければならない。



 あれからすぐ、王都に厳戒態勢が敷かれた。夜に外を出歩くことを禁じ、昼間も決められた大通りのみを通行することとした。その大通りを騎士団員、霊装使いが一定間隔で守り、魔物の接近を許さなかった。その甲斐あって、二回目では負傷者はあれど、死者はいなかった。 


 国民の中では不安が渦巻いている。


 いつ、どこで、何匹の魔物が現れるのかわからないのだ。魔の森は遠く、対岸の火事だと思い込んでいた王都の民は、寝耳に水な襲撃に恐れを抱いている。


 同時に、魔物に対する怒りもあった。反骨精神というのだろうか、来るなら来てみろと武装する人も現れた。人間だって殺されっぱなしではない。


 誰もが、魔物に対して真摯に向合っている。

 もう、他人事ではいられない。


 魔物の襲撃の一番の問題点は、出現個所の不明瞭さだ。

 それら情報はロイのところに集約されて、マリーに伝えられる。


「今回はどこから湧いて出たの?」

「王都西部だ。前回は東、その前は中心部。時間は夜、昼、夕方。一回目が魔物の総数としては一番多かったな。場所にも時間にも数量にも、今のところ規則性は見られない」

「……じゃあ、こちらでできる対策は守りしかないってことかしら。今のやり方を継続するしかないってことね」


 マリーの政策で死者は生まれなくなった。随所に配置された騎士団員や霊装使いが魔物の出現と共に迅速に対処することとしている。常に緊張が走っている状態だが、それゆえ、魔物が牙を剝いた際には同時に事が終わっている。最悪は起こる前に処理される。


 しかし、恐れは消え去らない。


 命を守るだけなら問題ではない。命を続けるためにはその他多くが必要になる。

 人々の移動も最低限になってしまって、閑古鳥が鳴いてしまっている店も多い。


「金の巡りを確認すると、食物しか売れていないな。売れすぎてると言っていい。貯蓄できる食べ物はどこの商店からも姿を消している」

「王都に限っては、食物は国で買い取ってからの販売とするわ。流通経路を押さえて」

「いいのか。国が私腹を肥やしていると問題になるぞ」

「全員にいきわたらないよりはマシよ。餓死者が出ることが一番の問題点。それ以外は些末事よ。この危機を乗り越えられるのなら、私は王を辞めたっていい」


 マリーは王座にはしがみついていない。

 それはこの場合、武器にもなった。


「私はどうなってもいい。後ろ指差されようが、私を貫くわよ」

「……」


 ロイが目を細めた。

 少しばかり眩しそうな目だった。


「他には? 何が足りない?」

「……あ、ああ、自衛用の武器も売れ行きがいい。逆に、それ以外の嗜好品関係は流通が滞っている。小売店が音を上げ始めていて、経済の悲鳴も大きい」

「……このままじゃ、色々と破綻するわね」


 マリーは大きくため息を吐いた。


 あれほどまでにいがみ合っていた兄妹。

 殺し合い、罵り合い、反目し合っていた存在。

 この二人が、より強大な敵を前にすると結託を見せているのが、不謹慎ながら少し面白かった。


 頭を切り替えて、俺も発言する。


「選挙の時や披露会の時と同じように、大通りに露店を構えるやり方をとるか。店が散在してるから守り切れないんだ。守る場所が少なければ、それだけ集中して人を集められる。多くの騎士団員や霊装使いが周囲を守れば、買い物に興じる余裕もできるんじゃないか」

「人員にも限りがあるわ。そこを分厚くすれば、カバーできないところが出てくる。そこに魔物が現れたら、対処に時間がかかってしまうわ」

「じゃあ、そこには俺が行く。俺は披露会で優勝した男だぜ。民衆もそれなりに安心してくれるんじゃないか」

「……あんたは私の傍に、」


 マリーは逡巡を見せた。

 結局は頷く。


「そうね。任せてもいい?」


 任された。

 俺にどこまでできるかはわからないけれど、やれるだけやってみよう。


「討伐隊の方はどうなんだ?」


 俺がロイに聞くと、彼はむっとした顔になった。


「なんで私が貴様の問いに答えねばならん」

「マリーの言う事は聞いていたではないですか」

「これは曲がりなりにも王だ。それなりに崇めなければ、国民にも示しがつかん。しかし、貴様は何者でもない。王子である私に気安く話しかけるな」


 何も間違ってないな。

 彼は王にはなれなかったが、由緒正しき王子なのだ。

 少しフランクに接し過ぎた。今までは敵だから良かったけど、味方になったら礼儀もしっかりしないとね。


「申し訳ございません」

「本当に思っているのか?」

「もちろんでございます」

「……ち。貴様と話していると調子が狂う」

「光栄でございます」

「褒めとらん」


 漫才はこれくらいにして、俺はさっきの答えを促した。ロイは不機嫌を隠そうともしなかったが、答えてくれた。


「討伐隊、ひいては魔の森は、今までと変わらない様子だ。報告では、この一月、特に魔物の数に増減はないそうだ。魔の森から外に出てくる魔物は問題なく対処できているとのこと。何人かに王都に戻ってきてもらっているが、数を増やすか」

「ええ、呼んでくれる? 魔の森の監視よりも今はこっちの守りの方が重要かも。そんなこと言って魔の森から魔物が一斉に飛び出して来たら、目も当てられないんだけど」


 魔物の動向が読めない以上、どちらが正解とも言い切れない。

 けれど、今は王都の守りに尽力するのが正しいと思う。討伐隊員にも守る戦いというものを学んでもらわないといけない。


「……本当に、何が起きてるのよ」


 目の下に隈を作った女王様は、疲弊しきったため息を吐き出した。


 

 ◇



 人の順応性は偉大だと言うべきだろうか。

 順応性が高いから、ここまで生き残ってきたのだろうか。


 マリーが露店の許可を出すと、多くの店舗から手が挙がった。そして、当日には多くのお客も姿を見せた。恐れゆえに人の出入りは少ないかなという俺の目論みはまんまと外れたわけだ。


 王城前の広場は人で賑わうことになる。

 俺もしっかり守護に努めなくては。


 そんな気持ちで大通りの露店を眺めていると、一際大きな悲鳴が上がった。

 白昼堂々、魔物が発生したらしい。


 都合四回目の襲撃。

 現場に向かうと、露店を構える店主が手にした剣で魔物を刺し殺したところだった。


 絶命している魔物を確認して、俺は思わず拍手してしまった。

 店主は照れたように笑う。


「自分の身は自分で守らなくちゃな」


 その言葉に感化されてか、その日の魔物の討伐の半分は普段は武器をとらない国民の手によって行われた。

 当然俺も討伐に参加したが、それ以上に彼らの意欲は高かった。


「てめえらのせいで商売あがったりだ!」「金がなくて飯が食えねえんだよ。餓死したらどうしてくれる!」「沸いてくるんじゃねえ。羽虫かてめえらは」


 彼らは日ごろの恨みをぶつけるように攻撃していた。


 反撃される可能性があるから本職に任せてほしいのはその通りなのだが、自衛が必要だとも思う。この結果は望ましかった。


 結局俺も、危なそうなところ以外は皆に任せてしまっていた。

 六匹とそこまで多くない魔物の死骸は、駆け付けた警備兵が運んでいった。


 死者はゼロ。

 店は再稼働を始める。

 かすり傷など、軽傷者が数名、病院の方に歩いていくのを見送ってから、俺は再び大通りの露店を眺める作業に戻った。


「こんな状況なのに楽しそうね」


 近づいてきたのはライだった。討伐隊の真紅の軍服が意外とよく似合っていた。

 手には箒。どうやら飛んで移動してきた後らしい。


「そう見えるか? この均衡がいつ崩れるかわからないから、流石にずっと冷や冷やしてるよ」

「そうなんだ。普段から締まりのない顔をしてるから間違えちゃうわ」

「ひどい」


 ライは俺に並んで、人々が商売を再開するのを眺めた。


「すごいわね。もう魔物のことなんか忘れたように商売してる」

「ああ。人はこうやって強くなるんだな」


 良くも悪くも、人は慣れる生き物。

 度重なる襲撃も、何とかこなせるようになっている。

 鈍感なのか、敏感なのか。

 両方を併せ持つのが、人という存在か。


「ここは大丈夫そうね」


 ライは箒を手に取ると、人々に背を向けた。


「マリー様に呼ばれているの。討伐隊の状況を教えてくれって」

「移動系の霊装はこういう時便利だよな」

「私の役回りはわかってるから」


 俺はその背中に声をかけた。


「ありがとうな」

「別に貴方のためじゃないわ。私がしたいから、しているの。御礼を言われると逆につまらなくなる」


 拗ねた様な顔で振り返って、


「頑張りましょうね。これは私たちじゃないと、きっとできないことだから」


 そのまま箒に跨って王城の方に飛んでいった。

 

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